不買運動があった頃

ストッキングメーカーのアツギは最近、エロ目線に迎合して大丈夫?とは思っていたが結局謝罪する羽目に…

不買運動と言って思い出すのは、昭和60年か61年頃の「サントリー不買運動」である。
これは、関西企業であるサントリーの佐治敬三社長が「東北熊襲くまその産地で文化程度が低いので首都移転など…」という発言をしたもの。
ちなみに熊襲くまそとは日本神話の時代に九州でヤマト王朝に抵抗した人々のことで、たぶん「蝦夷えみし」と言いたかったのではないだろうか。

とにかく関西からの目線で東北を蔑視した発言をしたのは確かである。
当時の岩手日報には、連日佐治社長を非難する投書が相次いだ。
それはまさに「炎上」だった。

当時の中村直岩手県知事も怒りを隠さず批判した。
東北各県では「サントリー製品は買うな」という運動が盛り上がった。

その「炎上」に対して、佐治社長は副社長を東北の各県庁を回らせて謝罪させようとした。
「『えらいひと』とは、謝罪も手下にやらせてふんぞり返るものなのか」幼心にそのように感じたものだ。

当然のこととして、中村知事はじめ東北各県の知事はそれを受け入れなかった。
不買運動も岩手日報の投書もまだ続いた。

結局、佐治社長が自ら東北各県の県庁を訪れて謝罪し、岩手日報投書欄にも「もうやめよう 不買運動」という投書が掲載され、子供心にもエキサイトした騒動は鎮静化していった。

当時はもう新幹線の新花巻や水沢江刺も開業しており、釜石線系統の急行列車は全て盛岡行きになっていた。

 

 

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