前沢の牛馬商が宮城で殺される(S26.4.2新岩手日報)

【昭和26年】電報に誘い出された悲劇―前沢・自由党支部長殺害事件


事件の端緒:米谷局からの「甘い誘い」

昭和26年(1951年)4月2日の『新岩手日報』は、岩手県前沢町(現:奥州市)の有力者が犠牲となった衝撃的な強盗殺人事件を報じています。

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被害に遭ったのは、当時の自由党前沢支部長であり、牛馬商を営んでいた鈴木氏(66)。地域の名士として知られた鈴木氏を襲ったのは、極めて計画的な罠でした。

3月29日の晩、鈴木氏宅を訪れた自称・宮城県涌谷町出身の千葉某という男。彼はその後、米谷(まいや)郵便局から一本の電報を発信します。

「牛を五、六頭買ってある。すぐに三十万円持ってきてほしい」

この電報を信じた鈴木氏は、3月31日午前4時、現金23万円を携えて犯人と共に一番列車で宮城県へと向かいました。これが、家族との最期の別れとなりました。

凄惨な現場:錦織村の山林

夕方4時を過ぎても帰宅しない鈴木氏を案じ、家族が捜索に動こうとした4月1日、悲報が届きます。

宮城県登米郡錦織(にしこおり)村(現:登米市東和町錦織)の山林付近で、無残な姿となった鈴木氏の遺体が発見されたのです。記事によれば、頭部には鋭利な刃物による傷があり、首にはハンカチのようなものが巻き付けられていたといいます。

持参していた現金23万円(現在の価値で数百万円相当)はすべて奪い去られており、当初から所持金を狙った計画的な凶行であったことを物語っています。

地理的背景:現在の登米市周辺

今回の事件の舞台となったのは、現在の宮城県登米市周辺です。

  • 錦織村:現在の宮城県登米市東和町錦織。
  • 米谷町:現在の宮城県登米市東和町米谷。

当時は牛馬の取引が盛んであり、電報という手段が信頼の証でもあった時代。犯人はそうした社会背景や被害者の仕事への熱意を悪質に利用しました。

おわりに

この新聞報道の時点では犯人は逃走中でしたが、紙面には茶褐色のオーバーに中折帽という犯人の服装が克明に記され、市民に注意を促しています。地方政治や農協の発展に尽くした名士の非業の死は、当時の岩手・宮城両県に大きな衝撃を与えました。

出典:昭和26年4月2日付 新岩手日報「鈴木氏 甘言に誘い出されて殺さる」


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