盛岡のシンナー中毒者の殺人(S47.6.29)
1972年6月29日
2025年10月7日
昭和47年6月29日、岩手県盛岡市高松の池近くにある榊山稲荷神社で、若い男性が血まみれの状態で助けを求め、境内の太鼓橋で倒れ込みました。その場で作業をしていた庭師が発見し、急遽救急車が手配されましたが、男性は搬送先の岩手医科大学病院で死亡しました。死因は胸部を刺されたことによる失血死でした。
被害者は盛岡市北山に住み、スナックバーで働いていた20代の男性でした。彼の住居は若者たちが集まりシンナー吸引などを行う場所として知られ、近隣住民からたびたび通報がありました。事件当日は住居内に血痕が残されており、殺害現場と判断されました。
捜査の結果、被害者の友人グループに属する20代の男性が容疑者として浮上しました。この男性は犯行当日に愛人宅を訪れた際、「一人殺すも二人殺すも同じだ」と発言しており、さらに父親に対して「被害者を刺してきた」と話していたことが判明しました。
容疑者は、被害者の部屋で酒を飲んでいる際に叱責され、腹を立てて果物ナイフで刺したと供述しました。容疑者は幼少期から家庭環境に問題を抱えており、シンナー吸引などの影響もあって精神的に不安定な状態でした。
この事件では、社会的背景や精神的な問題が動機に複雑に影響しており、理解が難しいものでした。昭和48年、裁判で懲役6年の判決が下されました。