b二戸・二戸郡 5 5月 1956 福岡(二戸)で花見帰りのバスが崖から転落(S31.5.5岩手日報) 九戸村戸田部落の青年会を乗せた県北バスが、福岡町で転落したという。 奇跡的に死者はいなかったようだ。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 22 4月 1956 交通安全足もと見れば(昭和31年4月22日) 昭和31年4月22日の岩手日報より。 交通安全に関する写真記事ではあるが、当時の盛岡の道路の様子がわかってもらえるだろう。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 5月 1955 「修学旅行怖い」と中止する学校続出 紫雲丸の沈没事故、北上の飯豊橋のバス事故と全国的に修学旅行生が死ぬ事故が続発し、「怖いので修学旅行を中止する」という学校が続出する。 盛鉄局では年間70万人の修学旅行生を輸送していたのだという。 盛鉄局管内で修学旅行を中止したのは以下の通り。 青森市立長島小各校(5年生290名) 青森市立橋本小学校… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 14 5月 1955 バス転落事故の現場を見に行こうとした野次馬のオート三輪が転落し死傷(昭和30年5月14日) 稗貫郡花巻町が市になって翌年の花巻市内のダンスホールにて。 「おい、バスが橋から落ちたんだってよ!」 「ほんとに!?どこで!?」 「飯豊橋だって」 「北上に行く方の!?」 「行ってみるべ!」 31歳のマダムと25歳の客は、後輩になる22歳の八百屋の店員にオート三輪を出させて夜の4号線を北上に向かって… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 14 5月 1955 北上バス転落事故(昭和30年5月14日) 瀬戸内海で宇高連絡船紫雲丸が沈没し多くの修学旅行生が犠牲になって3日後の昭和30年5月14日のこと。 稗貫郡石鳥谷町の八日市小学校の修学旅行帰りの小学生を乗せ松島から来たた花巻電鉄の貸切バスは、夜の国道4号線を北に上り学校に戻ろうとしていた。 飯豊橋のあたりで向こうから藁を満載したお百姓さんの自転車… 続きを読む
事故 11 5月 1955 【参考】宇高連絡船紫雲丸沈没事故 岩手県のニュースではないが、この沈没事故の3日後に、岩手県で北上バス転落事故が発生する。 とかく修学旅行生に難が発生し、全国的に議論になっている時期であった。 そのような事代相の参考として掲載する。 https://youtu.be/A-3Zc-rfvo4… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 24 2月 1955 第27回衆議院選挙:日詰で演説中に酔っ払いオート三輪に突っ込まれ即死 昭和30年8月24日の夜9時前のこと。 衆議院選挙で岩手1区から立候補していた似鳥吉治候補(62歳 無所属 岩手新報社長)は、紫波町日詰のヒノヤタクシーの前で演説していた。 そこへ、盛岡市内の某商会のオート三輪が演説会の中に突っ込んできて、候補は頭を打ち、日詰病院に収容されたが間もなく死亡してしまっ… 続きを読む
i一関・西磐井郡 15 8月 1953 荷馬車がパンクして車輪が飛びリンゴ売りの女性が死亡(昭和28年8月15日) 昭和28年8月16日の岩手日日より。 一関市大町の石橋ホテル前で、鉄屑を満載した荷馬車が通行していた所突然パンクして車輪がもげてしまった。 そのもげた車輪は勢いよく飛び出し、路上でリンゴ売りをしていた44歳の女性の胸部に当たったからたまらない。 直ちに磐井病院に収容はされたものの、胸部打撲と肋骨骨折… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 2 3月 1953 綾里村で2歳の子が急性アルコール中毒で死亡(昭和28年3月2日) 昭和28年3月3日の読売新聞岩手版より。 気仙郡綾里村のある農家で、2歳の女の子が突然苦しみだし、ついには死んでしまった。 死因を調べたところ、前の日の夜、父親が飲んでいた焼酎をそのままにしていたものを誤って飲んだらしい。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 9月 1952 見前村三本柳の国道でトラックが松の木に衝突して2人死亡(S27.9.30岩手日報) 紫波郡見前村三本柳の一級国道4号線でトラックが松の木に衝突して2名が死亡したという。 東京で買ったトラックを札幌に陸送している最中で、青函連絡船の時間に間に合うように休憩も取らず走って降り居眠り運転であったという。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 23 9月 1952 釜石からサンマを積んで来たトラックが徳田村で軒先に突っ込む(S27.9.23岩手日報) 釜石から盛岡へサンマを積んできて、釜石へ帰る予定だったトラックが紫波郡徳田村高田(現在の矢巾町)でハンドル操作を誤って民家の軒先に突っ込み小学生たちが重軽傷というニュース。 片手運転でタバコに火をつけたのだというが、パワステのない重ステの時代にこれは無謀。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 2 3月 1952 一関で県南バスが磐井川に転落 昭和27年3月2日朝8時過ぎ、西磐井郡萩荘村黒沢字本町の県道で萩荘行きの県南バスが、前方に止まっていたリヤカーを避けようとして右にハンドルを切ったら雪で滑り磐井川に転落、重軽傷者12名を出した。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 5月 1949 岩手山遭難の盛高生の遺体発見(昭和24年5月3日) 昭和24年5月3日の新岩手日報より。 岩手山に登り遭難死した盛岡高校生の死体が収容された。 当時は、死体画像でも平気で掲載していたようである。 また、盛岡高校は旧制盛岡中学・盛岡高女・盛岡商業の3校が統合して発足したが、程なくして盛岡一高・盛岡二高・盛岡商業に分離している。  … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 18 1月 1949 山田線の不通区間の保線用モーターカーへの便乗は禁止(昭和24年1月18日) 昭和24年1月18日の岩手日報より。 この時期、山田線は昭和23年9月16日のアイオン台風で平津戸~蟇目間が不通になっていた。 しかし、職員が復旧作業用に保線用モーターカーを走らせていた所へ、乗客がこっそりそれに便乗させてもらっていたのである。 しかし、そもそも正規の旅客輸送ではなく傷害事故が10件… 続きを読む
i一関・西磐井郡 17 1月 1949 東北本線山目駅で貨車が脱線しダイヤ混乱(昭和24年1月17日) 昭和24年1月18日の岩手日報より。 1月17日の昼下がり12時半ごろ、東北本線の山目駅で下り貨物列車の27両目が脱線して、それに続く4両も脱線してしまった。 それで東北本線は上下線とも支障をきたし、上り1202列車は2時間遅れ、盛岡19:19発上り急行列車は1時間遅れ、16:31発一関行き普通列車… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 17 1月 1949 暖冬のために高松の池で氷が割れてスケートの中学生が溺死(昭和24年1月17日) 昭和24年1月18日の岩手日報より。 当時、高松の池はスケートのメッカであり、スケートやホッケーの競技会も行われていた。 そして市民のスケート遊びの馬でもあった。 1月17日の朝10時ごろ、スケートで遊んでいた下小路中学校1年生と、その友人の下橋中学校3年生が、池の真ん中の氷の薄くなっていた所が割け… 続きを読む
c久慈・九戸郡 31 8月 1931 市日の久慈で巡査がちょっと自動車を運転してみたら大惨事(昭和6年8月31日) 昭和六年八月三十一日──その日は久慈町の「市日」で、二十八日町は近郷近在からの買い物客でごった返していた。 そんな雑踏のさなか、突如として乗合自動車が群衆をなぎ倒す。 ナンバー「岩二九」のその車両は、軽米自動車組合のものであり、本来であれば軽米〜久慈間を運行しているはずのバスであった。 しかし、事件… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5 9月 1929 立川飛行場の陸軍機が厨川村の雫石河畔に不時着(S4.9.5岩手日報) 昭和4年9月5日の岩手日報に掲載されたニュースによれば、立川飛行場所属の陸軍機が厨川村の雫石川河畔に不時着するという事故が発生した。 この陸軍機は弘前から立川へ戻る途中だったが、厨川村上空で何らかの事情により飛行を続けることが困難となり、最終的には雫石川の高圧電線に接触。そのまま川の河原に不時着した… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 5 9月 1929 川井と花巻で自動車事故(S4.9.5岩手日報) 昭和4年(1929年)9月3日、小国村で行われた早池峰神社の祭典に関連し、2件の自動車事故が報じられました。 ひとつは、小国村と江繋村の境界付近で発生した事故です。参詣者を満載したトラックに乗っていた34歳の男性が、酒に酔った勢いで走行中に突然車外へ飛び降りました。ちょうど後続していた車の進路に滑り… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 1月 1927 貨車の連結手は危険な仕事だった(S2.1.8岩手日報) 昭和2年1月8日の岩手日報に、盛岡駅構内で発生した痛ましい鉄道事故が報じられています。 事故が起きたのは、盛岡駅の北側に位置する貨物列車の入換線でのことでした。まだ19歳という若さの連結手が、10両編成の貨車に飛び乗ろうとした際、厳寒の気候が災いし、足を滑らせて線路上に転倒してしまいました。不運なこ… 続きを読む