作文「すずきぜんこうせんせいをおむかえして」

こう見えて岩手県は日本有数の「総理大臣輩出県」でもある。

  • 第19代総理大臣 原敬
  • 第30代総理大臣 斎藤実
  • 第37代総理大臣 米内光政
  • 第70代総理大臣 鈴木善幸

で、この先代の大平正芳の急死を受け、昭和55年7月に首相に就任した鈴木善幸であるが、大槌の隣の山田町出身なのである。
東北新幹線が仙台ではなく、盛岡まで開業したのも、この鈴木善幸の利益誘導であるとも言われている。
国際的には「Zenko who?」とまで言われた影の薄い、消去法的に選出された自民党総裁であるとはいえ、その調整能力は抜群であったといわれる。

で、その鈴木善幸先生がお国帰りすることになった。
それは自分が小学校1年生の頃だと思うので、きっと昭和57年だろう。

昭和57年の6月には東北新幹線が開業しているので、そのタイミングだったのかも知れない。

東北新幹線を岩手まで開業させてくれた鈴木善幸先生がお国帰りされるというので、町の中心部の国道45号線の沿道は日の丸で埋め尽くされることになった。

大槌小学校の児童も、小学校の前の歩道橋からお出迎えすることになった。

別に「鈴木善幸先生」がいつ、どのタイミングで通過したのかは分からなかったが、当時木造だった大槌小学校の教室に戻ると、「鈴木善幸先生をお迎えして」という作文を書くことになった。

その作文をどんなふうに書いたのかは忘れたが、あの時歩道橋の上で思っていたのは「野球のスポーツ少年団に入りたい」ということだったと思う。

 

 

showa
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