日: 1934年9月2日

与の字橋際のカフェーの名物女の急死(S9.9.2岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

与の字橋際のカフェーの名物女の急死(S9.9.2岩手日報)

和9年9月2日の岩手日報を開くと、当時の盛岡で一際異彩を放っていた女性の訃報が、記者の感傷が混じった独特の筆致で綴られています。亡くなったのは、紺屋町の与ノ字橋の袂に店を構えていたカフェー彼女のマダム、よしえさんです。現在では東北電力岩手支店や紺屋町番屋、白沢せんべい店などが立ち並ぶあの界隈は、当時…
雫石川改修は進み沢田橋も着工(S9.9.2岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

雫石川改修は進み沢田橋も着工(S9.9.2岩手日報)

昭和9年9月2日の岩手日報に掲載されたこの記事は、当時の盛岡で進められていた雫石川改修工事の壮大さを物語る貴重な記録です。記事には澤田橋の橋脚が完成したことが誇らしげに記されていますが、現在の盛岡市民にとって馴染み深いのは簗川に架かる沢田橋の方かもしれません。実は、このニュースに登場する澤田橋こそが…
広告欄(S9.9.2岩手日報) l全県

広告欄(S9.9.2岩手日報)

昭和9年9月2日の岩手日報を開くと、現代の感覚からすると少し奇妙な光景が広がっています。地方紙でありながら、広告欄には岩手県内企業の名前がただの一つも見当たらないのです。そこに並んでいるのは、大阪や東京、広島といった都市部の大資本による「全国ブランド」ばかり。当時の地方都市が、いかに中央の消費文化に…
和賀川下流で流木を拾った住民が次々検挙(S9.9.2岩手日報) g北上・和賀郡

和賀川下流で流木を拾った住民が次々検挙(S9.9.2岩手日報)

昭和9年9月2日付の岩手日報には、当時の社会情勢を伝える興味深い記事が並んでいます。 最も大きな記事は、和賀川の下流で起きた流木の持ち出しに関する事件です。昭和9年7月29日の増水に際し、江釣子村、三ヶ尻村、岩崎村の河岸に大量の木材や薪が漂着しました。これらを付近の住民が持ち去ったため、黒沢尻署が捜…