h水沢・江刺・胆沢郡 2 7月 1950 県南バスに35人乗りの大型バス(昭和25年7月2日) 昭和25年7月2日の岩手新報より。 岩手県南バスでは35人乗りのいすゞの大型バスを導入するという。 ちなみに180万円とのこと。… 続きを読む
0_せっこぎ君 2 7月 1950 せっこぎ君(S25.7.2)戦後地銀・東北銀行への期待 これまでは戦時統合で「一県一行主義」で岩手殖産銀行(現在の岩手銀行)しかなく中小企業や商店主には敷居が高かった。それに興産無尽(北日本銀行)も個人向けの互助組織。しかし東北銀行の設立でそんな状況も変わるだろうと。… 続きを読む
l全県 2 7月 1950 ハエ取り週間で伝染病を予防しましょう!(昭和25年7月2日) 昭和25年7月2日の岩手新報より。 岩手県の衛生当局ではハエ取り週間を設け伝染病の予防にこれ努めている。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 7月 1950 暑波襲来(S25.7.2岩手新報) 盛岡に夏が訪れ、「オフィス・ガール」も日傘を差して歩いている。 おそらくは旧県立図書館のところから中の橋を望んだ写真。 向こうは現在の岩手銀行赤レンガ館。 … 続きを読む
l全県 2 7月 1950 新しくできる「東北銀行」に寄せる県内各地の期待(S25.7.2岩手新報) 昭和25年7月2日の岩手新報の紙面を埋め尽くす熱狂的な記述からは、当時の岩手県民が東北銀行の設立にいかに大きな希望を託していたかが痛いほど伝わってきます。終戦から5年が経過したこの時期、日本経済はドッジ・ラインによる強烈な引き締め政策の渦中にあり、深刻な現金不足とデフレが地方の隅々まで襲っていました… 続きを読む