a盛岡・岩手郡・紫波郡 27 3月 1951 公衆電話に紙幣以外を入れる不心得者 昭和26年3月27日の「夕刊いわて」より。 2月における盛岡市内の使用回数は2,703回で、個々のボックスだと以下のようになっていたという。 【多い順】 内丸 96回 駅前 90回 夕顔瀬 61回 【少ない順】 青山町 26回 これに対し、収入は1,881円77銭で、821円が不足しているという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 27 3月 1951 盛岡市内各店舗の広告(S26.3.27夕刊いわて) 昭和26年3月27日の夕刊いわてを広げると、そこには当時の盛岡市民の暮らしを支えていた商店たちの活気ある息吹が閉じ込められています。 5つの広告が並ぶ中で特に目を引くのは、現在とは異なる街の風景です。タチバナ靴店には川徳前、京屋には川徳デパート向いという文字が刻まれています。当時の川徳は、昭和55年… 続きを読む