e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 25日 1962 釜石製鉄所構内で姿を消す蒸気機関車(昭和37年7月25日) 昭和37年7月25日の岩手東海新聞より。 この時期、日本の鉄鋼業界は、経済不況によって合理化足踏み状態になっていたのだと言う。 そのような中でも、釜石製鉄所の構内を走る鉄道路線は、蒸気汽関車からディーゼルに変わっていた。 釜石製鉄所に初めてディーゼル機関車が導入されたのは、昭和30年10月の事なのだ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 25日 1962 釜石・第一劇場で「穴」「昼下がりの決斗」を公開!(昭和37年7月25日) 昭和37年7月24日の岩手東海新聞より。 釜石・第一劇場では「穴」「昼下がりの決斗」を公開する。 「穴」(原題:Le trou)は、昭和35年のフランス映画。日本での初公開は昭和37年4月7日。昭和22年に実際に起きた脱獄事件をモデルに描いているのだと言う。 「昼下がりの決斗」(原題:Gun in … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 24日 1962 電気熔接機は150アンペア34,000円から!(昭和37年7月24日) 昭和37年7月24日の岩手東海新聞より。 広告欄には、電気溶接機などと言うものが出ている。 150アンペアで34,000円からと言うが、こんなのが売れるのは、釜石ぐらいのものではないだろうか。 また、50ヘルツと60ヘルツの値段が書いているが、釜石はもちろん50ヘルツしかない。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 7月 16日 1962 水沢・岩谷堂映画案内(昭和37年7月16日) 昭和37年7月16日の胆江日日新聞より。 水沢や岩谷堂の映画案内。 直営館のない日活はみその東宝で上映していた模様。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 16日 1962 8月13日にこまどり姉妹が釜石に来ます!(昭和37年7月16日) 昭和37年7月16日の岩手東海新聞より。 広告欄では、東殖デパートが「こまどり姉妹ショーにご招待」という広告を打っている。 8月13日に錦館で予定されており、特に16歳以上の双子は無料で招待するという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 16日 1962 7月28日に大鵬や柏戸が釜石に来ます!(昭和37年7月16日) 昭和37年7月16日の岩手東海新聞より。 7月28日に大相撲釜石準場所が予定され、大鵬や柏戸が釜石に来るという。 また、前田川など郷土力士も来るということで期待された。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 13日 1962 及新百貨店の5階展望食堂の土曜日の午後(昭和37年7月13日) 昭和37年7月13日の岩手東海新聞より。 広告欄には及新デパートの5階展望食堂。 いわく「及新5階展望食堂の一隅より流れている笑い、会話の中心は代表的なオフィスマンスタイルのセミスリーブの彼です」 そういえばこの頃は土曜日は「半ドン」だった。 ところで、この「オフィスマンスタイルのセミ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 11日 1962 釜石の赤提灯「清酒50円!モツ串10円!」(昭和37年7月11日) 昭和37年7月11日の岩手東海新聞より。 釜石市内の新街通の赤提灯では、清酒が50円でモツ串が10円であるという。 製鉄所の勤務を終えた工員で賑わったのではないだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 10日 1962 釜石でも電話を自動化したいが・・・(S37.7.10岩手東海新聞) 全国的に、電話は交換手がつなぐ方式から自動電話に切り替わろうとしていた。 釜石も例外ではなかったが、用地がなかなか確保できないというニュース。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 5日 1962 女性が薄着で歩くと痴漢が増えますよ!(昭和37年7月5日) 昭和37年7月5日の岩手東海新聞より。 釜石は、前年に市役所女性職員殺害事件が発生するなど、女性にとっても全く恐ろしい町となっていた。 岩手県警本部では「普段から注意してスキを与えないように」と呼びかけていた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 5日 1962 3年間死亡事故皆無のモデル鉱山・釜石鉱山(昭和37年7月5日) 昭和37年7月5日の岩手東海新聞より。 釜石鉱山では、3年間死亡事故がなく、モデル鉱山としての誉れを恣にしていた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 4日 1962 釜石ユネスコ協会で英会話教室(S37.7.4岩手東海新聞) 釜石ユネスコ協会では、市内の教会で英会話教室を行った。 人気は上々であったと言う。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 4日 1962 盛岡の非行少女を大槌のカフェーに売り飛ばす(S37.7.4岩手東海新聞) 釜石警察署は、大槌町内のカフェの女店主を逮捕した。 盛岡市内の中学校を卒業した3人の少女を働かせていたのだという。 この少女たちは、中学校にも碌に行かない非行少女であったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 4日 1962 大槌川と小鎚川に簡易プールを設置(昭和37年7月4日) 昭和37年7月4日の岩手東海新聞より。 大槌小学校や大槌中学校では、水泳の授業のために近くの大槌川や小鎚川に簡易プールを設置することを要求していた。 それが設置される見込みとなったのだ。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 4日 1962 盛鉄局管内の貨物扱い1位は釜石駅(昭和37年7月4日) 昭和37年7月4日の岩手東海新聞より。 盛岡鉄道管理局は、管内の旅客と貨物の扱い量の番付を発表した。 旅客では、東北本線と奥羽本線と青函連絡船の交わる青森駅がトップで、その次が盛岡駅。 貨物では、釜石製鉄所と魚市場のある釜石駅がトップとなっていた。 2位が青森駅であり、3位がセメント工場のある陸中松… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 4日 1962 ハリキリさん「電車で隣に座った美人」(昭和37年7月4日) 昭和37年7月4日の岩手東海新聞より。 この当時東海新聞に連載されていた4コマ漫画は「ハリキリさん」。 今回は電車の中。 主人公の隣に美人が座ってきて、もたれかかってくる。 なかなかラッキーな瞬間であるように思えるが、帰宅すると財布がない。 つまりあの美人は女スリだったのだ! ところで… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 4日 1962 釜石・錦館で「赤い蕾と白い花」「どぶ鼠作戦」「帰って来た旋風児」を公開(昭和37年7月4日) 昭和37年7月3日の岩手東海新聞より。 釜石の錦館では「赤い蕾と白い花」「どぶ鼠作戦」「帰って来た旋風児」を公開する。 「赤い蕾と白い花」は、昭和37年6月10日初公開の日活映画で、主演は浜田光夫と吉永小百合。 「どぶ鼠作戦」は、昭和37年6月1日初公開の東宝映画で、出演は加山雄三・夏木陽介など。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 3日 1962 自民党釜石支部に選挙違反で手入れ(S37.7.3岩手東海新聞) 選挙戦が終わり、自民党釜石支部に警察の手入れがあった。 この当時は、自民党相手でも警察が平気で手入れをしたのだ。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 3日 1962 釜石には無許可住宅が130戸(昭和37年7月3日) 昭和37年7月3日の岩手東海新聞より。 釜石では、大渡川や甲子川の河川敷に無許可住宅がたくさんあったようで、その数は130戸に上ると言う。 しかし、このときの釜石は、住宅難であり、無碍にもできない状態であったと言う。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 7月 3日 1962 大船渡・釜石・宮古でスズキ・スズライトの巡回健康診断をします!(昭和37年7月3日) 昭和37年7月3日の岩手東海新聞より。 盛岡の藤健自動車が、大船渡・宮古・釜石でスズライトの巡回健康診断をするという。 スズライトはスズキ自動車の軽自動車。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 2日 1962 北洋サケ・マス漁はマグロ漁に衣替え(昭和37年7月2日) 昭和37年7月2日の岩手東海新聞より。 北洋のサケ・マス漁は今度はマグロ漁に衣替えするべく船体を整備していた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 2日 1962 ハリキリさん(昭和37年7月2日) 昭和37年7月2日の岩手東海新聞より。 当時の岩手東海新聞では「ハリキリさん」と言う4コマ漫画を連載していたようである。 親子がちゃぶ台を囲んで食事をしている。 息子の方がテレビを見ながら食事をしている。 それに対し、お父さんは「テレビを見ながら食事をするんじゃない」と叱る。 しかし、そのお父さんは… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 2日 1962 釜石繊維同友会加盟店の定休日変更について(昭和37年7月2日) 昭和37年7月2日の岩手東海新聞より。 釜石繊維同友会に加盟している各店舗は当時の釜石市内でも、名だたる大規模店舗であったようだが、これまで毎週金曜日を定休日としていたようだ。 しかし、7月から8月の金曜日は、従業員の交代休暇をとって、平常通り営業するようである。 &nb… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7月 2日 1962 大槌で時ならぬマンボウザメの解体ショー(昭和37年7月2日) 昭和36年7月2日の岩手東海新聞より。 岩手県の太平洋沿岸も、本格的な夏漁を迎える。 そんな大槌の浜に、直径約1メートル、体重約45キロのまんぼうザメが水揚げされた。 そのマンボー鮫は、大槌町の中心地でである御社地のある鮮魚店に身売りされることになった。 浜っ子の大槌の子供たちでも、珍しい魚であるよ… 続きを読む