hスポーツ 3 9月 1931 人見絹枝嬢の死因は過労と!運動の季節に注意!(S6.9.3岩手日報) 昭和6年9月3日の岩手日報に掲載された広告。女子陸上競技の先駆者であり、日本人女性として初めてオリンピックに出場した人見絹枝が亡くなったのは、この1か月前のことだった。死因は過労とされ、その衝撃は大きかった。 広告ではこの出来事に触れつつ、「過労は短命のもと」と警告。体力を回復させるには薬の服用が有… 続きを読む
b二戸・二戸郡 4 3月 1930 「東北のサンモリッツ」田山スキー場が開場(S5.3.4岩手日報) 岩手県北部、秋田県境に近い田山村(現・八幡平市)に、スキー場が開かれた。新聞では「東北のサンモリッツ」と称され、村を挙げての開場行事となったことが報じられている。 田山村は行政上は岩手県に属するが、実際には秋田県花輪とのつながりが深く、小学校長も江刺郡出身ながら花輪経由で赴任していたという。交通の便… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 9月 1929 横綱・宮城山が郷土で土俵入り(S4.9.2岩手日報) 昭和4年9月、郷土・岩手が生んだ横綱・宮城山が盛岡に凱旋し、大相撲巡業の開催に先立って、盛岡市の大慈寺境内にある原敬の墓所前にて、厳かに四股を踏んだ。 この土俵入りは、郷土出身の横綱による特別な儀式として行われたものであり、政界の巨星であった原敬に対する敬意を込めた所作でもあった。神前にも似た静けさ… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 1 9月 1929 宮城山、照錦が石鳥谷で凱旋興行(S4.9.1岩手日報) 昭和4年(1929年)晩夏、現在の花巻市石鳥谷町に、かつてない熱気が渦巻いていた。地元出身の力士たちによる大相撲の凱旋興行が行われたのである。 この日、石鳥谷に姿を現したのは、当時すでに横綱として君臨していた宮城山福松。その名に「宮城」の字を冠する通り、岩手県和賀郡出身の力士であり、郷土の英雄として… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 9月 1928 岩手師範対日詰の野球試合(S3.9.1岩手日報) 昭和3年9月1日付の岩手日報には、岩手師範学校と日詰チームとの野球試合の結果が掲載されている。 試合は8月29日の午後4時から、紫波郡日詰町(現在の紫波町)にあった日詰小学校の校庭にて行われた。岩手師範が先攻、地元・日詰チームが後攻というかたちで始まり、結果は5対3で岩手師範が勝利した。 日詰側は町… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 27 12月 1926 スキーのシーズン来る!ウインタースポーツメンは花巻温泉スロープへ!(S元.12.27岩手日報) 昭和元年12月27日の岩手日報には、花巻温泉のスキー場が掲載した興味深い広告が載っていました。 「花巻温泉スロープ」と銘打たれたこの広告では、冬の到来とともに「ウィンタースポーツメンを歓迎します」とうたい、温泉地ならではの新たな魅力としてスキー場の整備をアピールしています。なお、当時は「ゲレンデ」と… 続きを読む