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北日本観光物産展第1日目の盛況(S11.5.6岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

北日本観光物産展第1日目の盛況(S11.5.6岩手日報)

【郷土史の断片】昭和11年、盛岡を熱狂させた「北日本銘産観光展」 投稿日:2024年11月13日(史料:昭和11年5月6日付 岩手日報) 先日、昭和11年(1936年)5月6日の岩手日報の紙面を手にする機会がありました。そこには、当時の盛岡市民がいかに新しい催しを待ち望み、活気に溢れていたかを物語る…
肴町の川徳で北日本銘産観光展(S11.5.5岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

肴町の川徳で北日本銘産観光展(S11.5.5岩手日報)

昭和11年5月11日の岩手日報を読み解くと、1936年当時の岩手県における初夏の活気と社会情勢が鮮明に浮かび上がってきます。紙面の大部分を占めているのは北日本観光銘産展の出品総目録です。これは岩手日報社が主催し、川徳ホールと川徳本店を会場に5月5日から5月11日まで開催された大規模な催しでした。目録…
盛岡・川徳「土日は大売り出し!」(昭和11年5月2日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・川徳「土日は大売り出し!」(昭和11年5月2日)

昭和11年5月2日の岩手日報より。 川徳デパートでは土日に大売り出しをするという。 ちなみにこの当時、5月3日は憲法記念日という訳ではなかった。 また、5月5日の「こどもの日」もまた昭和23年に制定されているので、ゴールデンウィークというのは戦前にはない。    …
盛岡観光祭1日目の様子(昭和11年5月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡観光祭1日目の様子(昭和11年5月1日)

昭和11年5月2日の岩手日報より。 当時は、桜の季節に「 盛岡観光祭」が行われていたようで、その時の様子が写真記事となっている。   ちなみに、気象庁のホームページ気象庁のホームページによれば、桜の開花の観測は昭和28年から開始されているようであるが、昭和20年代だと開花は4月の下旬ごろだ…
李承喜の撮影会にカメラマン200名(昭和11年5月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

李承喜の撮影会にカメラマン200名(昭和11年5月1日)

昭和11年5月1日の岩手日報より。 朝鮮半島出身のダンサー・李承喜の撮影会が岩手県公会堂で行われ、盛岡内外から200名のカメラマンが集まった。 中には、唐たけし写場やライト写真館など、戦後なお有名な写真館からも来たようである。 その様子を、記事では「甘きに集まる蟻のように」と表現している。 &nbs…
有名ダンサー・崔承喜が来盛(昭和11年5月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

有名ダンサー・崔承喜が来盛(昭和11年5月1日)

昭和11年5月2日の岩手日報より。 5月1日の1時過ぎ、有名なダンサーである崔承喜が、この日の夜に岩手県公会堂で行われる新作舞踏会に出演のため、一行9人を引き連れて盛岡駅に降り立った。 そして岩手日報本社に訪れ、「5尺4寸(162cm)の長躯」で挨拶をしたという。 いわく「盛岡には7年前に石井(漠?…
三陸大津波2周年で県庁で避難演習(昭和10年3月3日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

三陸大津波2周年で県庁で避難演習(昭和10年3月3日)

昭和10年3月3日の岩手日報より。 昭和8年3月3日、三陸大津波は岩手県にも甚大な被害を及ぼした。 そこから2年が経過し、岩手県庁では避難演習をしたのである。 想定としては「上閉伊郡釜石港に津波の襲来があり、本県海岸一帯人畜家屋の被害甚大、盛岡市内赤十字病院裏手より発火し目下北風にあおられて延焼中」…
盛岡の早春はめちゃめちゃな道路(昭和10年3月3日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡の早春はめちゃめちゃな道路(昭和10年3月3日)

昭和10年3月3日の岩手日報より。 冬が去り、水がぬるんできたが、それと同時に盛岡の道はぬかるみでめちゃくちゃになっていた。 当時は、舗装していない道路がほとんどであった。 最もひどいのは、加賀野、天神町、上田、木伏、仙北町方面であったと言う。 この当時、水道工事も進んでおり、水道管の埋設工事のため…
樹齢550年の杉の大木が斬られて材木商で売られる(昭和10年3月2日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

樹齢550年の杉の大木が斬られて材木商で売られる(昭和10年3月2日)

昭和10年3月2日の岩手日報より。 内丸通りであるとのこと。 紫波の水分神社から、盛岡市本町の木材商で買った杉の大木は、数間ずつに切られて荷馬車で運ばれていったと言う。 この次の大木、根元は6尺5寸であり、高さは120尺位であり、値段は1200円だったと言う。 記事では、「550年前にこの件雨を出し…
与の字橋際のカフェーの名物女の急死(S9.9.2岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

与の字橋際のカフェーの名物女の急死(S9.9.2岩手日報)

和9年9月2日の岩手日報を開くと、当時の盛岡で一際異彩を放っていた女性の訃報が、記者の感傷が混じった独特の筆致で綴られています。亡くなったのは、紺屋町の与ノ字橋の袂に店を構えていたカフェー彼女のマダム、よしえさんです。現在では東北電力岩手支店や紺屋町番屋、白沢せんべい店などが立ち並ぶあの界隈は、当時…
雫石川改修は進み沢田橋も着工(S9.9.2岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

雫石川改修は進み沢田橋も着工(S9.9.2岩手日報)

昭和9年9月2日の岩手日報に掲載されたこの記事は、当時の盛岡で進められていた雫石川改修工事の壮大さを物語る貴重な記録です。記事には澤田橋の橋脚が完成したことが誇らしげに記されていますが、現在の盛岡市民にとって馴染み深いのは簗川に架かる沢田橋の方かもしれません。実は、このニュースに登場する澤田橋こそが…