備考※3a-2AI

「ハハのんきだね」石田一松のガン闘病に同僚芸人が助け合い運動(S31.1.14岩手日報) m県外・参考

「ハハのんきだね」石田一松のガン闘病に同僚芸人が助け合い運動(S31.1.14岩手日報)

昭和31年1月14日の岩手日報に掲載された古い記事は、華やかな舞台の裏側にあった芸人たちの厳しい現実と、それを乗り越えようとした熱い人情を伝えています。この記事の中心となっているのは、のんき節で一世を風靡し、戦後は国会議員も務めた石田一松の悲劇的な最期です。彼は胃がんを患い、約1年半にわたる闘病生活…
昭和31年の元旦番組(S31.1.1河北新報岩手版) l全県

昭和31年の元旦番組(S31.1.1河北新報岩手版)

昭和31年元日。岩手県内ではまだテレビ放送は始まっておらず、正月の一日はラジオとともにあった。現在のIBC岩手放送は当時「ラジオ岩手」と呼ばれ、新聞に載った番組表は、そのままその年の芸能界の現在地を映す一覧でもあった。放送時間の順に追っていくと、そこには意図のある流れがはっきりと見えてくる。 Scr…
阿部知事・山本盛岡市長の年頭挨拶(S31.1.1河北新報岩手版) l全県

阿部知事・山本盛岡市長の年頭挨拶(S31.1.1河北新報岩手版)

昭和31年(1956年)1月1日付の河北新報岩手版には、新年を迎えるにあたっての岩手県知事および盛岡市長の信念挨拶が掲載されている。そこに並ぶ言葉は、華々しい成長宣言というよりも、戦後復興期を経た地方が直面していた現実と課題を率直に映し出すものだった。 阿部千一知事 ― 生活重視と財政再建を軸に 岩…
盛岡日活のこけら落としに「怒涛の男」「人生とんぼ返り」(S30.12.28岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡日活のこけら落としに「怒涛の男」「人生とんぼ返り」(S30.12.28岩手日報)

昭和30年12月28日の岩手日報に掲載された盛岡日活の開館告知は、当時の映画黄金時代の熱気と興奮を今に伝える貴重な資料です。翌29日の正午に産声を上げたこの映画館が、こけら落としの演目に選んだのは、力道山主演の怒濤の男と森繁久彌主演の人生とんぼ返りという、当時の娯楽の頂点を極めた豪華な2本立てでした…
八戸の副港を種市・八木港に(S30.6.13デーリー東北) c久慈・九戸郡

八戸の副港を種市・八木港に(S30.6.13デーリー東北)

昭和30年6月13日のデーリー東北が伝える八木港の整備完了というニュースは、単なる一漁港の近代化報告に留まらない、北奥羽地域が一体となって歩んできた歴史の証左と言えます。 Screenshot 当時の八戸港は、全国から押し寄せるサバ漁の「回来漁船」で溢れかえっており、その膨大な船団をすべて受け入れる…
九戸地区の巡回映画(S30.6.11デーリー東北) c久慈・九戸郡

九戸地区の巡回映画(S30.6.11デーリー東北)

昭和三十年六月十一日のデーリー東北には、岩手県ゆかりの話題として「巡回映画」の予定が掲載されていた。今回の巡回は久慈を中心に行われるもので、六月十七日までは久慈市、十八日から二十日までは種市町、二十一日は大野村、二十二日から二十八日までは軽米町、二十九日は山形村と続く。上映される作品は、稲作をテーマ…
トマト・ナス・瓜はライ麦畑の間に(S30.6.10デーリー東北) c久慈・九戸郡

トマト・ナス・瓜はライ麦畑の間に(S30.6.10デーリー東北)

昭和30年6月10日のデーリー東北に、いかにも北東北らしい興味深い記事が載っていました。 舞台は軽米町にあった岩手県農業試験場九戸分場です。 Screenshot 当時の同分場では、トマト・ナス・ウリ類の苗をライ麦畑の中で育てるという栽培試験を行い、その成績が良好だったと発表しました。ポイントは、背…
岩手県町村会館の竣工(S29.9.17岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県町村会館の竣工(S29.9.17岩手日報)

昭和29年9月17日付の岩手日報には、「岩手県町村会館 祝・新築落成」と大きく銘打たれた広告が掲載されている。紙面中央には、新しく完成した町村会館の堂々とした建物のイラストが描かれ、右側には祝賀式典の案内、左側には岩手県市長会の名簿が並ぶ、いかにも「節目」を意識した紙面構成だ。 Screenshot…
東大通のバラック街をどうする?(S29.9.17岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

東大通のバラック街をどうする?(S29.9.17岩手日報)

昭和29年9月17日付の岩手日報は、盛岡の中心部、岩手公園の「お膝元」で起きていた都市整備をめぐる対立を大きく伝えている。 現在の東大通り一帯、桜山神社の周辺は、戦後しばらくの間、引揚者たちによるバラック街が広がっていた場所だった。終戦直後の混乱期に生まれたこの市街地は、生活の場として定着する一方で…
第6回県民体育大会(S29.7.3岩手日報) hスポーツ

第6回県民体育大会(S29.7.3岩手日報)

昭和29年7月3日付の岩手日報は、初夏の緑に包まれた盛岡市を舞台に、県民のスポーツ祭典である第6回県民体育大会が華々しく幕を開けた様子を伝えています。 Screenshot 大会の中心となったのは盛岡市上田にあった県営グランドで、開会式には県内各地から22の郡・市別に代表が送られ、約5000人の若き…
「岩手県警」が発足、200名の人事異動(S29.7.1岩手日報) l全県

「岩手県警」が発足、200名の人事異動(S29.7.1岩手日報)

昭和29年7月1日、岩手の警察史のみならず、日本の治安制度が根底から覆った歴史的な1日の様子を、当時の岩手日報は熱を帯びた筆致で伝えています。この日を境に、戦後の混乱期を支えた複雑な警察体制は終焉を迎え、現在の岩手県警察が産声を上げることとなりました。 Screenshot それまでの警察組織は、現…
シベリア抑留からの第2次帰還者が盛岡に到着(S29.3.24岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

シベリア抑留からの第2次帰還者が盛岡に到着(S29.3.24岩手日報)

昭和29年3月25日付の岩手日報は、シベリア抑留という長い苦難を経て、第2次ソ連帰還者たちが故郷の土を踏んだ日の様子を克明に伝えています。 Screenshot 帰還者たちは、3月23日の22時49分に上野駅を出発した準急209列車に乗り、翌24日に盛岡駅へと到着しました。深夜のホームで彼らを待って…
一関市内の電器店「5球スーパーラジオ入荷!」(S29.1.15岩手日日) i一関・西磐井郡

一関市内の電器店「5球スーパーラジオ入荷!」(S29.1.15岩手日日)

昭和29年1月15日の岩手日日に掲載されたこの広告は、当時の岩手の人々が抱いていた新しい時代への憧れを鮮烈に伝えてくれます。素晴らしいという威勢の良い感嘆符とともに紹介されているのは、ナショナル製のプラスチック五球スーパー、DX-330型です。当時はまだ木製の重厚なラジオが主流だった中で、最新素材で…
一関の醸造メーカーが味噌・醤油を大売出し(S29.1.14岩手日日) i一関・西磐井郡

一関の醸造メーカーが味噌・醤油を大売出し(S29.1.14岩手日日)

昭和29年1月14日の岩手日日の紙面を眺めていると、一関の暮らしの息吹が伝わってくるような興味深い広告が目に留まりました。一関駅前にあった醸造発売元である塩彌が掲載したもので、新発売を記念した大サービスの大売り出しを知らせる内容です。 皆様のお台所に醸造元が直接お送りするという心強いキャッチコピーか…
昭和29年型のくろがねオート三輪売ってます(S29.1.12岩手日日) i一関・西磐井郡

昭和29年型のくろがねオート三輪売ってます(S29.1.12岩手日日)

昭和29年1月12日の岩手日日新聞に掲載された広告には、当時の活気あふれる一関の空気感が凝縮されています。紙面の中央でひときわ目を引くのは、1954年新型車として紹介されている「くろがね」の三輪車です。戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、日本の物流を支えたオート三輪の力強い姿が独特のタッチで描か…
一関・新星劇場で「G.Iジョー」を公開(S29.1.11岩手日日) i一関・西磐井郡

一関・新星劇場で「G.Iジョー」を公開(S29.1.11岩手日日)

昭和29年1月11日の岩手日日新聞をめくると、当時の一関の活気を伝える1枚の映画広告が目に飛び込んできます。紙面の中央で力強い文字を躍らせているのは、名匠ウィリアム・A・ウェルマン監督による戦争映画の傑作、G・I・ジョーです。主演には当時売り出し中だったロバート・ミッチャムの名が記されており、最高の…
一関映画案内(S29.1.11岩手日日) i一関・西磐井郡

一関映画案内(S29.1.11岩手日日)

昭和29年1月11日の岩手日日新聞に掲載された、一関市内の映画案内。そこには「新星」「オリオン座」「文映」「一関映劇」という四つの映画館が競うように豪華なラインナップを並べており、当時の娯楽の王様だった映画の熱気が紙面から溢れ出しています。 まず、新星劇場で上映されていたのは、戦後の日本中を熱狂させ…
一関・新星劇場で「犯罪都市」を公開(S29.1.3岩手日日) i一関・西磐井郡

一関・新星劇場で「犯罪都市」を公開(S29.1.3岩手日日)

昭和29年1月3日の「岩手日日」をめくっていると、一関の街に流れていた当時の熱気がそのまま立ち上がってくるような、一枚の映画案内に出会いました。一関・新星劇場。この場所はかつて、地元の世嬉の一酒造の倉庫を改修して作られた映画館で、あの中学生時代の井上ひさし氏が切符切りのアルバイトをしていた場所として…
一関市内の呉服店も初売り(S29.1.1岩手日日) i一関・西磐井郡

一関市内の呉服店も初売り(S29.1.1岩手日日)

昭和29年元旦の岩手日日に掲載された相川屋の広告には、戦後の混乱から立ち上がり、新しい時代へと向かう当時の暮らしぶりが凝縮されています。まず目を引くのは、商品の分量を表す単位の混在です。和服一着分を基準とする伝統的な反という単位と、ヤード・ポンド法に基づいた碼(ヤール)という単位が同じ紙面に並んでい…
漫画「ウマ年の初荷」(S29.1.1岩手日日) i一関・西磐井郡

漫画「ウマ年の初荷」(S29.1.1岩手日日)

昭和29年元旦の岩手日日新聞に掲載されたこの漫画は、トラクターや軽トラックが普及する前の岩手において、馬がどれほど身近で大切な存在だったかを今に伝えています。 物語は午年を迎えた一頭の馬が、今年は自分の年だと意気込むところから始まります。最初は正月らしくのんびり遊ぼうと考えていた馬くんですが、近所の…
官公庁ゼネスト状態(S28.12.3岩手日報) l全県

官公庁ゼネスト状態(S28.12.3岩手日報)

昭和28年12月3日の岩手日報の紙面状況を詳細に確認すると、これは実態として「官公庁によるゼネスト(総同盟罷業)」と言って差し支えない状態です。 Screenshot 当時の記事には、全官公(全国官公労働組合協議会)による年末攻勢が最高潮に達し、鉄道、通信、現業部門が同時に実力行使に踏み切っている様…
全国的な国鉄ストは岩手でも急行「北斗」「北上」「みちのく」に影響(S28.12.3岩手日報) l全県

全国的な国鉄ストは岩手でも急行「北斗」「北上」「みちのく」に影響(S28.12.3岩手日報)

昭和二十八年十二月三日の岩手日報の紙面を広げると、そこには戦後日本の進むべき道を巡る激しい熱気が記録されています。当時の社会を最も大きく揺るがしていたのは、国鉄労働組合による大規模な闘争でした。紙面には、東海道線がマヒ状態に陥り、千本を超える列車が運休し、東北本線の急行北斗も遅延を余儀なくされたとい…
一ノ関駅の夏の営業成績は旅客が低調、貨物が好調(S28.9.4岩手日日) i一関・西磐井郡

一ノ関駅の夏の営業成績は旅客が低調、貨物が好調(S28.9.4岩手日日)

昭和28年の夏――戦後復興も本格化しつつあるこの時期、岩手県南の交通の要衝・一ノ関駅では、旅客数は前年より微増したものの、期待されたほどの賑わいには至らなかったようだ。 7月から8月にかけての乗降客数は以下の通りとなっていた: 7月 乗車:123,550人(前年115,127人) 降車:120,50…
放火で逮捕された29歳の男「好きな女性(51歳)が冷たくて…」(S28.8.28胆江日日新聞) h水沢・江刺・胆沢郡

放火で逮捕された29歳の男「好きな女性(51歳)が冷たくて…」(S28.8.28胆江日日新聞)

昭和28年8月28日の胆江日日新聞は、1人の男の歪んだ執着が引き起こした凄惨な事件を報じています。 Screenshot 事件の舞台となったのは、現在の奥州市前沢にあたる岩手県東磐井郡生母村。8月16日の夜、この地で発生した大火は、当初から放火の疑いが持たれていました。前沢地区署による懸命の捜査が進…
三船十段は一関中学(現:一関一高)に在学していたことが判明(S28.8.25岩手日日) hスポーツ

三船十段は一関中学(現:一関一高)に在学していたことが判明(S28.8.25岩手日日)

昭和の柔道界を代表する伝説の柔道家・三船久蔵十段が、実は少年時代に一関で暮らしていた――そんな事実が昭和28年、柔道の交流戦を前にして明らかになりました。 昭和28年8月30日、一関小学校で「岩手宮城対県柔道試合」が開催される予定でした。その審判長として招かれていたのが、講道館柔道十段という極めて高…
渇水期は停電の季節(S27.10.10岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

渇水期は停電の季節(S27.10.10岩手日報)

昭和27年10月10日の岩手日報を開くと、そこには現代の私たちが忘れてしまった切実なエネルギー事情が刻まれています。当時の東北地方において、電力供給の主役は水力発電でした。そのため、秋から冬にかけての渇水期はそのまま深刻な電力不足に直結する季節であり、紙面には果敢ないお天気任せといった言葉や、貯水計…
ヘルシンキ五輪のメダリストが岩手に来て「盛岡オリンピック」(S27.10.10岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

ヘルシンキ五輪のメダリストが岩手に来て「盛岡オリンピック」(S27.10.10岩手日報)

昭和27年10月10日の岩手日報を開くと、当時の岩手県民がどれほどの熱量で世界のスターたちを待ちわびていたかが鮮烈に伝わってきます。この記事が報じているのは、ヘルシンキ五輪で輝かしい成績を収めた外国人選手たちの来県という、当時の地方都市としては破格のニュースです。 Screenshot 特に注目すべ…
県内で「おせり」(馬市)盛ん(S27.10.9岩手日報) l全県

県内で「おせり」(馬市)盛ん(S27.10.9岩手日報)

昭和27年10月9日の岩手日報に掲載された写真記事は、まさに「馬とともに生きた岩手」の空気を閉じ込めた一枚でした。 いまではトラクターが当たり前になりましたが、戦後まもないこの時代、農家にとって馬はかけがえのない家族であり、働き手であり、暮らしを支える存在でした。 岩手と馬文化 岩手には古くから“馬…
教育委員選挙:最後のお願い(S27.10.4岩手日報) l全県

教育委員選挙:最後のお願い(S27.10.4岩手日報)

昭和27年の秋、岩手の町や村では教育委員の選挙が行われていた。 今では考えにくいが、当時は教育委員も公選制で、「先生を選ぶ人を選ぶ」時代である。翌日に投票を控え、候補者たちは「最後のお願い」に駆け回っていた。 Screenshot だがその光景は、いささかカオスだった。 ある村では、「誰が出るのか」…