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盛岡公共職業安定所に集まる日雇い労働者(S27.10.4岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡公共職業安定所に集まる日雇い労働者(S27.10.4岩手日報)

昭和27年10月4日付の岩手日報には、「朝の生態」というシリーズ記事が掲載されている。 この日のテーマは、盛岡職業安定所に集まる日雇い労働者たちの姿である。 Screenshot 記事によると、当時の盛岡職安は内丸に本所があり、太田橋や簗川にも支所が設けられていた。 朝のうちに仕事を得られるかどうか…
教育委員選挙の風景(S27.10.04岩手日報) g教育

教育委員選挙の風景(S27.10.04岩手日報)

昭和27年10月4日の岩手日報には、県内各地で熱を帯びていた「教育委員選挙」の様子が大きく紹介されています。現在の教育委員は首長による任命制ですが、この頃はまだ“住民が教育行政の担い手を選ぶ”という理想のもと、公選制が採用されていました。 Screenshot 紙面には選挙カーや街頭演説、農村での集…
盛岡では電話交換手にすら繋がらない(S26.8.7夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡では電話交換手にすら繋がらない(S26.8.7夕刊いわて)

昭和二十六年当時の盛岡では、現在のようにダイヤルを回せば自動的に相手につながる“自動式電話”はまだ普及していませんでした。 市内で主流だったのは 「共電式」 と呼ばれる方式。受話器を上げるとまず電話局につながり、交換手に相手の番号を告げて接続してもらう、という仕組みです。 Screenshot とこ…
盛岡・肴町商店街と警察・市役所が車馬通行をめぐって対立(S26.8.6夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・肴町商店街と警察・市役所が車馬通行をめぐって対立(S26.8.6夕刊いわて)

夜店計画に“待った” —— アーケード前夜の肴町商店街と交通問題 昭和二十六年八月六日付の「夕刊いわて」には、当時の盛岡市肴町商店街が直面していた“夜店問題”が大きく取り上げられている。 Screenshot 現在の肴町といえばアーケード街として知られ、歩行者がゆったり買い物を楽しめる空間が整備され…
「街の子」は盛岡にもいた(S26.8.3夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

「街の子」は盛岡にもいた(S26.8.3夕刊いわて)

昭和26年8月3日の夕刊いわてには、当時の世相を鮮明に映し出す興味深い一節が記されています。夏の名題歌集として紹介されているのは、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった美空ひばりさんの楽曲、私は街の子です。折しも1週間後の8月10日には盛岡市の岩手県公会堂で彼女のコンサートが予定されており、地元の人々にとって…
美空ひばりが岩手県公会堂で東北地方初公演!(S26.8.1夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

美空ひばりが岩手県公会堂で東北地方初公演!(S26.8.1夕刊いわて)

昭和26年8月1日の夕刊いわてに掲載された広告には、戦後日本のエンターテインメント史を象徴する瑞々しい活気が刻まれています。当時の右読み表記で突如来演と記されたその先には、弱冠14歳の美空ひばりの姿がありました。盛岡市の岩手県公会堂で8月10日に開催されたこの公演は、広告内に東北地方初公演という一文…
盛岡市内の時計店「5月6日よりサンマータイムですよ!」(S26.5.5夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市内の時計店「5月6日よりサンマータイムですよ!」(S26.5.5夕刊いわて)

昭和26年5月6日付の「夕刊いわて」に掲載されたこの広告は、戦後の日本が歩んだ一風変わった歴史を今に伝える貴重な資料です。紙面の中央には「5月6日よりサマータイム」という大きな文字が躍り、その下には当時の盛岡を代表する山田時計店、多田時計店、サワグチ、小枝時計店、大橋時計店という五つの商店が連名で広…
各町村長の顔ぶれ(S26.4.24夕刊いわて) l全県

各町村長の顔ぶれ(S26.4.24夕刊いわて)

昭和26年4月24日付の夕刊いわてを眺めていると、昭和の大合併という大きなうねりが押し寄せる直前の、岩手県がまだ数多くの小さな町村で構成されていた頃の熱気が伝わってきます。紙面の上半分を埋め尽くす町村長選挙の当選者一覧は、まさに地方自治の細かな鼓動を記録した貴重な史料です。今では市の一部となった懐か…
盛岡市議会選挙の結果(S26.4.24夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市議会選挙の結果(S26.4.24夕刊いわて)

昭和26年4月24日の夕刊いわてを眺めていると、戦後復興期の盛岡が持っていた熱気と、現代とは異なる街の輪郭が浮かび上がってきます。この記事の一面を飾るのは新人20名が進出したという市議選の開票速報で、当時の市民の政治に対する並々ならぬ関心が伝わってきます。投票率が85パーセントを超えている点からも、…
盛岡市内各店の広告欄(S26.4.23夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市内各店の広告欄(S26.4.23夕刊いわて)

昭和26年4月23日発行の夕刊いわてを広げると、そこには終戦から数年が経ち、復興へと向かう盛岡の活気ある日常が鮮やかに描き出されています。 紙面の下部に並ぶ広告を眺めてみると、まず目に飛び込んでくるのは春を謳歌する力強い言葉です。肴町の「花王堂」は、春だサクラの装飾だと景気の良いコピーを掲げており、…
今晩のラジオ(S26.4.1夕刊いわて) l全県

今晩のラジオ(S26.4.1夕刊いわて)

昭和26年4月1日の夕刊いわて。そこにはテレビ放送が始まる前の、人々の生活に寄り添っていたラジオ番組の熱気が凝縮されています。当時のラジオは第一放送と第二放送で役割が分かれ、夕方から夜にかけて実に多様なコンテンツが並んでいました。 番組表を詳細に読み解くと、当時の岩手の夜を彩った放送内容が鮮明に浮か…
盛岡市内各店舗の広告(S26.3.27夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市内各店舗の広告(S26.3.27夕刊いわて)

昭和26年3月27日の夕刊いわてを広げると、そこには当時の盛岡市民の暮らしを支えていた商店たちの活気ある息吹が閉じ込められています。 5つの広告が並ぶ中で特に目を引くのは、現在とは異なる街の風景です。タチバナ靴店には川徳前、京屋には川徳デパート向いという文字が刻まれています。当時の川徳は、昭和55年…
弘前無尽では「宝来定期預金」を募集中(S26.3.21夕刊いわて) m県外・参考

弘前無尽では「宝来定期預金」を募集中(S26.3.21夕刊いわて)

昭和26年3月21日の「夕刊いわて」紙面に掲載された、弘前無尽による「宝来定期預金」の広告は、戦後の庶民金融と夢を結びつけたユニークな預金商品を伝えています。 この「宝来定期預金」は、昭和26年3月1日から4月30日までの期間に募集されたもので、1口1,000円から預け入れ可能。満期は8ヶ月後に設定…
今晩のラジオ(S26.3.13夕刊いわて) l全県

今晩のラジオ(S26.3.13夕刊いわて)

昭和26年3月13日の「夕刊いわて」を広げると、そこには今から70年以上も前の岩手の夜が鮮やかに刻まれています。この時代の岩手には、まだ民放のラジオ岩手(現在のIBC岩手放送)は存在せず、人々の耳を独占していたのはNHK盛岡放送局だけでした。特筆すべきは、番組表に「第一」と「第二」の二つの放送が並ん…
岩手でも報じられた築地八宝亭事件(S26.3.11夕刊いわて) m県外・参考

岩手でも報じられた築地八宝亭事件(S26.3.11夕刊いわて)

昭和26年の築地八宝亭事件は。アプレゲール犯罪として、後世に語り継がれるほどの事件であった。 この事件の犯人の自殺は、小さい扱いながらも岩手県内でも報じられていた。 昭和26年3月11日付の「夕刊いわて」の紙面には、戦後の犯罪史上でも特に有名な築地八宝亭一家殺人事件の幕引きが記されています。この事件…
昭和の大合併はどうなる?(S26.2.7岩手新報) l全県

昭和の大合併はどうなる?(S26.2.7岩手新報)

昭和26年2月7日付の岩手新報を読み解くと、そこには「昭和の大合併」という大きな時代の転換点に直面した人々の葛藤が克明に記録されています。当時の新聞紙面を飾っているのは、市町村合併の実現を阻むのは何よりも「感情問題」であるという、極めて人間味のある見出しです。戦後の地方自治を安定させるために進められ…
九戸郡の寒村から給費生を久慈高校に送って岩大の教育学部に!(S26.2.6岩手新報) c久慈・九戸郡

九戸郡の寒村から給費生を久慈高校に送って岩大の教育学部に!(S26.2.6岩手新報)

昭和26年2月6日付の岩手新報を広げると、戦後の混乱から立ち上がり、未来を切り拓こうとする人々の力強い息吹が伝わってきます。 Screenshot この日の紙面で最も大きな注目を集めたのは、九戸郡が打ち出した無資格教員の一掃という教育改革の断行でした。当時の地方では、正規の免許を持つ教員が圧倒的に不…
弘前無尽が増資新株式募集(S25.12.3岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

弘前無尽が増資新株式募集(S25.12.3岩手新報)

昭和25年12月3日の岩手新報に掲載された広告によれば、弘前無尽株式会社では増資にともない新株式の募集を行っていた。 この「弘前無尽」は、のちに弘前相互銀行を経て現在のみちのく銀行へと発展した金融機関である。無尽会社とは、現在の信用金庫や相互銀行の前身にあたるような地域密着型の金融業態で、相互扶助的…
弘前無尽「無尽契約30億円達成御礼!」(S25.12.1岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

弘前無尽「無尽契約30億円達成御礼!」(S25.12.1岩手新報)

昭和25年12月1日の岩手新報より。 当時の弘前無尽(現在のみちのく銀行)は、無尽契約の累計が三拾億円(30億円)に達したことを記念し、感謝広告を紙面に掲載している。これは昭和25年10月末時点での記録であり、「東北無尽業界に新記録をつくるにいたりました」と誇らしげに記されている。 広告文面では、地…
新しくできる「東北銀行」に寄せる県内各地の期待(S25.7.2岩手新報) l全県

新しくできる「東北銀行」に寄せる県内各地の期待(S25.7.2岩手新報)

昭和25年7月2日の岩手新報の紙面を埋め尽くす熱狂的な記述からは、当時の岩手県民が東北銀行の設立にいかに大きな希望を託していたかが痛いほど伝わってきます。終戦から5年が経過したこの時期、日本経済はドッジ・ラインによる強烈な引き締め政策の渦中にあり、深刻な現金不足とデフレが地方の隅々まで襲っていました…
盛岡市内各校は卒業シーズン(S25.2.20新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市内各校は卒業シーズン(S25.2.20新岩手日報)

昭和25年(1950年)2月20日付の新岩手日報には、盛岡市内の学校に卒業シーズンが訪れた様子が、写真入りで紹介されている。 Screenshot 戦後間もない時代、まだ物資も十分とは言えない頃だが、紙面からは学び舎に満ちる若い息吹と、新たな門出を迎える高揚感が伝わってくる。 白百合高校 ― 卒業の…
ドッジ不況で盛岡市内に貸間・売家が続出(S25.2.19新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

ドッジ不況で盛岡市内に貸間・売家が続出(S25.2.19新岩手日報)

昭和25年(1950年)2月19日の『新岩手日報』より 戦後の盛岡市では営業不振が相次ぎ、店舗や事務所を貸間に転用する動きが急増していた。 ある木材会社では、2階建て約90坪の建物を70〜80万円で売り出し、さらに東大通りとみられるマーケットのバラック小店舗も20万円で売却に出されたという。 Scr…
アメリカ赤十字青少年部から岩手の子供達にギフトボックス(S25.1.15岩手新報) l全県

アメリカ赤十字青少年部から岩手の子供達にギフトボックス(S25.1.15岩手新報)

昭和25年(1950年)1月15日付の岩手新報に、戦後の空気をよく伝える小さな国際ニュースが載っている。 アメリカの少年少女から贈られた 65個のギフトボックス が、米国赤十字社を通じて日本赤十字社本部に渡り、さらに岩手県支部へと届けられたという記事だ。 Screenshot この贈り物の原資となっ…
釜石みそ・しょうゆ販売登録店ご挨拶(S25.1.14岩手新報) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石みそ・しょうゆ販売登録店ご挨拶(S25.1.14岩手新報)

昭和25年1月14日付の岩手新報に掲載されたこの広告は、当時の釜石における味噌と醤油の小売店登録に関する挨拶文です。戦後の混乱期を経て、物資の流通を管理していた需給調整規則が改正されたことに伴い、改めて「指定店」として登録を受けた店主たちが連名で広告を出したものです。 文面からは、指定店としての誇り…
入院中の皆さん!GHQのお達しにより必ず病院給食を食べましょう!(S25.1.14岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

入院中の皆さん!GHQのお達しにより必ず病院給食を食べましょう!(S25.1.14岩手新報)

昭和25年1月14日の岩手新報に掲載されたこの公告は、現代の私たちにとっては当たり前の存在である病院給食が、実はGHQ主導による医療改革の大きな転換点であったことを物語っています。 当時の日本では、入院患者の食事は家族が付き添って調理したり外部から持ち込んだりする自炊制度が一般的でした。しかし、この…
盛岡は5年後こうなる(S25.1.14岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡は5年後こうなる(S25.1.14岩手新報)

昭和25年1月14日の岩手新報の紙面を眺めていると、終戦からわずか5年という激動の時代に、当時の盛岡の人々が抱いていた熱い情熱がダイレクトに伝わってきます。 Screenshot 紙面の中央を飾る県都五年後の夢という言葉には、戦後の混乱を乗り越え、新しい都市を自分たちの手で築き上げようとする強い意志…
岩手県公会堂で「空気のなくなる日」上映(S25.1.14岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県公会堂で「空気のなくなる日」上映(S25.1.14岩手新報)

昭和25年1月14日の岩手新報の紙面を眺めていると、当時の盛岡の日常が鮮やかに蘇ってくるような小さな広告に出会いました。それは内丸にある岩手県公会堂で開催された、映画上映のお知らせです。 会場となった公会堂は、現在も県庁の隣にその威容を残す、盛岡の歴史を象徴する建物です。昭和2年の開館以来、地域の文…
富士銀行盛岡支店「強盗に来る?なら死ぬつもりで来いや」(S25.1.14岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

富士銀行盛岡支店「強盗に来る?なら死ぬつもりで来いや」(S25.1.14岩手新報)

昭和25年1月14日付の岩手新報を広げると、戦後間もない時代の熱量と殺伐とした空気が混ざり合った、驚くような事件が目に飛び込んできます。 紙面の中心を飾るのは、盛岡市紺屋町にある富士銀行盛岡支店に掛かってきた1本の怪電話です。前日の午前11時頃、若い関東弁の男から今夜6時30分頃に強盗に行くから十分…