備考※3a-2AI

岩手県公会堂で「資源動員展覧会」(S17.7.7新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県公会堂で「資源動員展覧会」(S17.7.7新岩手日報)

昭和17年7月7日の新岩手日報には、戦時下の日本社会が直面した「資源不足」と、それをいかに乗り越えようとしていたかが伝わってくる記事が載っています。当時は戦争が長期化し、金属・ゴム・繊維などあらゆる物資が軍需優先となり、民間生活では代用品の使用や徹底した資源回収が国民の義務とされていました。 Scr…
厳美村から銃後の便り(S17.7.5新岩手日報) i一関・西磐井郡

厳美村から銃後の便り(S17.7.5新岩手日報)

昭和17年7月5日の新岩手日報には、当時の西磐井郡厳美村(現在の一関市)の「銃後」の様子が記されている。記事の冒頭には「第一線に御奮戦の皇軍の皆様ご苦労様です」という文言が置かれ、戦地への敬意を示す決まり文句として当時の新聞にしばしば見られた表現である。 Screenshot 記事の中心は、6月21…
翼賛選挙で非国民は誰?(S17.5.7新岩手日報) l全県

翼賛選挙で非国民は誰?(S17.5.7新岩手日報)

【昭和の記憶】新聞が問う「非国民は誰か?」— 昭和17年の翼賛選挙と無効票 昭和17年(1942年)5月7日。当時の地元紙『新岩手日報』の紙面に、現代の私たちからすれば背筋が凍るような見出しが躍りました。 「非国民は誰か?」 これは、同年4月30日に行われた第21回衆議院議員総選挙(いわゆる翼賛選挙…
翼賛選挙の選挙結果(S17.5.3新岩手日報) l全県

翼賛選挙の選挙結果(S17.5.3新岩手日報)

昭和17年5月3日 新岩手日報に見る「翼賛選挙」の深層 昭和17年(1942年)5月3日の「新岩手日報」の紙面は、まさに翼賛選挙(第21回衆議院議員総選挙)の開票速報と、「推薦候補圧勝」の文字で埋め尽くされています。 国家が「選別」した推薦候補の圧倒的優位 Screenshot この選挙の最大の特徴…
翼賛選挙「断然強い推薦候補!」(S17.5.3新岩手日報) l全県

翼賛選挙「断然強い推薦候補!」(S17.5.3新岩手日報)

【歴史を読み解く】昭和17年5月3日「新岩手日報」が伝える、翼賛選挙の熱狂と違和感 古い資料を整理していると、時折、教科書でしか見たことのない「歴史の分水嶺」が生々しい姿で現れることがあります。 今回ご紹介するのは、昭和17年(1942年)5月3日発行の「新岩手日報」。太平洋戦争開戦から半年、日本中…
映画配給社発足(S17.4.1新岩手日報) m県外・参考

映画配給社発足(S17.4.1新岩手日報)

紅系・白系じゃないの?昭和17年の新聞に見る映画配給「黄白」の謎 昭和17年(1942年)4月1日。この日は日本の映画史において、大きな転換点となった日です。 今回、当時の『新岩手日報』の紙面から、既存の映画史の記述とは異なる興味深い記述を見つけました。 1. 「映画配給社」の誕生と一元化 記事の見…
真珠湾攻撃のニュースを聞いた岩手では(S16.12.9新岩手日報) l全県

真珠湾攻撃のニュースを聞いた岩手では(S16.12.9新岩手日報)

【昭和16年12月9日】「血沸く110万県民」真珠湾攻撃、翌日の岩手 新岩手日報の紙面から紐解く、開戦前夜の記憶 1941年(昭和16年)12月8日、真珠湾攻撃。その衝撃的な第一報を受け、翌9日の『新岩手日報』は、紙面全体から熱気が立ち上るような特別な高揚感に包まれていました。 Screenshot…
岩手県産業奨励館が閉館(S16.11.25新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県産業奨励館が閉館(S16.11.25新岩手日報)

昭和16年11月25日の新岩手日報が伝える岩手県産業奨励館の閉館ニュースは、開戦直前の緊迫した時代背景を色濃く映し出しています。 Screenshot この記事は、明治から昭和にかけて岩手の近代化を牽引してきた象徴的な建物が、時局の波に押されて52年の歴史に幕を閉じる瞬間を記録したものです。 この施…
一関出身の女性がアメリカから引き揚げて帰郷(S16.11.25新岩手日報) i一関・西磐井郡

一関出身の女性がアメリカから引き揚げて帰郷(S16.11.25新岩手日報)

昭和16年11月25日付の岩手日報には、開戦直前の極めて緊迫した情勢下でアメリカから帰国した、一関出身の45歳の女性のインタビューが掲載されています。 Screenshot 彼女はアメリカのシアトルやタコマ、そしてウィラパといった地域で33年にわたりクリーニング業を営んできました。12歳で渡米して以…
千厩に「たばこ神社」(S16.11.1新岩手日報) j東磐井郡

千厩に「たばこ神社」(S16.11.1新岩手日報)

岩手県東磐井郡千厩町において1941年11月1日に執り行われた煙草神社の鎮座祭についてお伝えします。当時の新岩手日報の紙面には、県南の耕作者たちによる報恩感謝の念が結実し、まさに新聞発行の当日である11月1日午前10時から厳かな儀式が執行される様子が報じられています。 Screenshot この神社…
石油が無いので漁業にもランク付け(S16.9.14新岩手日報) l全県

石油が無いので漁業にもランク付け(S16.9.14新岩手日報)

【歴史秘話】昭和16年9月14日「新岩手日報」を読み解く:戦時下の三陸漁業と食糧統制 真珠湾攻撃のわずか3ヶ月前、昭和16年(1941年)9月14日の「新岩手日報」。そこには、戦時体制へと急速に傾斜していく岩手の緊迫した空気と、食卓を襲う厳しい現実が刻まれていました。 Screenshot 特に注目…
県は米・稗・昆布の「三穀飯」を推奨(S16.8.7新岩手日報) l全県

県は米・稗・昆布の「三穀飯」を推奨(S16.8.7新岩手日報)

昭和16年、戦時下の知恵?岩手県が推奨した「三穀飯」とは 〜新岩手日報のアーカイブを読み解く〜 こんにちは。本日は、古い新聞記事から、今から80年以上前の岩手県の暮らしを覗いてみたいと思います。 Screenshot 今回ご紹介するのは、昭和16年(1941年)8月7日付の『新岩手日報』(現在の岩手…
県公会堂で神職の常会(S16.8.6新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

県公会堂で神職の常会(S16.8.6新岩手日報)

【歴史発掘】昭和16年、岩手県公会堂で交わされた「神職たちの苦悩」 先日、貴重な史料を入手しました。昭和16年(1941年)8月6日付の『新岩手日報』です。 Screenshot 太平洋戦争開戦のわずか数ヶ月前。当時の岩手県公会堂では、県内の神職が集まり「常会(定期総会)」が開かれていました。紙面か…
アメリカが対日石油輸出停止(S16.8.3新岩手日報) m県外・参考

アメリカが対日石油輸出停止(S16.8.3新岩手日報)

【歴史の断片】昭和16年8月3日、運命の「石油禁輸」が報じられた日 今回、昭和16年(1941年)8月3日付の「新岩手日報」の紙面を入手しました。 真珠湾攻撃のわずか4ヶ月前、日本が国際的な孤立を深め、太平洋戦争へと突き進んでいく緊迫した時代の空気が生々しく伝わってきます。 Screenshot 当…
水害復旧にソバを植えよう!(S16.7.28新岩手日報) l全県

水害復旧にソバを植えよう!(S16.7.28新岩手日報)

【昭和の記憶】水害からの復旧と「そば」の植付 — 昭和16年、戦時下の岩手を襲った豪雨 昭和16年(1941年)7月28日付の『新岩手日報』。太平洋戦争開戦を数ヶ月後に控えたこの時期、岩手県内は記録的な大雨による水害に見舞われていました。 Screenshot 当時の紙面からは、物資不足という逆境の…
オランダ・メキシコも対日資産凍結令(S16.7.28新岩手日報) m県外・参考

オランダ・メキシコも対日資産凍結令(S16.7.28新岩手日報)

【歴史遺産】昭和16年7月28日「新岩手日報」が伝える、開戦直前の緊迫 今回入手したのは、今から80年以上前、昭和16年(1941年)7月28日付の「新岩手日報」の紙面です。 Screenshot 真珠湾攻撃のわずか4ヶ月前。世界が、そして日本が決定的な破局へと突き進んでいたその瞬間の「空気」が、こ…
アメリカ資産凍結令に対抗措置(S16.7.27新岩手日報) m県外・参考

アメリカ資産凍結令に対抗措置(S16.7.27新岩手日報)

歴史の断片:昭和16年7月27日 【新岩手日報】開戦4ヶ月前、世界が凍りついた日の記録 今回ご紹介するのは、今から80年以上前、昭和16年(1941年)7月27日発行の「新岩手日報」の一面です。 Screenshot この日付は、歴史的に極めて重要な意味を持ちます。太平洋戦争(真珠湾攻撃)が始まるわ…
アメリカ対日資産凍結令(S16.7.27新岩手日報) m県外・参考

アメリカ対日資産凍結令(S16.7.27新岩手日報)

【歴史の断片】昭和16年7月27日、新聞が伝えた「開戦前夜」の緊迫 先日、非常に貴重な歴史的資料を目にする機会がありました。昭和16年(1941年)7月27日付の「新岩手日報」です。 Screenshot 同年12月の真珠湾攻撃まであと半年足らず。日米関係がいよいよ破局へと向かう、まさに「開戦前夜」…
県下3番目の宮古市発足(S16.2.11新岩手日報) d宮古・下閉伊郡

県下3番目の宮古市発足(S16.2.11新岩手日報)

昭和16年2月11日の紀元節に発行された新岩手日報の紙面は、宮古市が産声を上げた瞬間の熱狂を詳細に伝えています。 Screenshot 明治22年の盛岡市、昭和12年の釜石市に続く岩手県内3番目の市として誕生した宮古市に対し、新聞は海陸無限の宝庫や世紀の発足、三陸沿岸の心臓といった力強い言葉を冠して…
東京私立学校案内(S16.2.5新岩手日報) m県外・参考

東京私立学校案内(S16.2.5新岩手日報)

昭和16年2月5日付の新岩手日報に掲載されたこの紙面は、当時の教育情勢と受験生の熱気を今に伝える貴重な資料です。中央に大きく掲げられた推奨校という題字を囲むように、東京を中心とした全国の名門大学や専門学校の広告が隙間なく並んでおり、その圧倒的な情報量からは当時の社会が教育に対して抱いていた期待の大き…
岩手医専・岩手病院で防空演習(S16.2.5新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手医専・岩手病院で防空演習(S16.2.5新岩手日報)

昭和16年2月という時期は、その年の12月に控えた太平洋戦争の開戦から遡ることわずか10ヶ月前という非常に緊迫したタイミングでした。当時の日本は前年に日独伊三国同盟を結び、アメリカとの対立が抜き差しならない状況にありましたが、その一方で駐米大使が交渉のために現地へ到着するなど、外交による破局回避を模…
大政翼賛会岩手県支部発足(S15.12.24新岩手日報夕刊) l全県

大政翼賛会岩手県支部発足(S15.12.24新岩手日報夕刊)

皆さん、こんにちは。 今日は、歴史の1ページを紐解く貴重な資料をご紹介します。 Screenshot 今から84年前、昭和15年(1940年)12月24日付の『新岩手日報』夕刊(実際の発行は23日)です。 この日の紙面を埋め尽くしているのは、岩手県における戦時体制の大きな転換点、**「大政翼賛会 岩…
紀元2600年聖戦博覧会の地鎮祭(S15.8.4新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

紀元2600年聖戦博覧会の地鎮祭(S15.8.4新岩手日報)

昭和十五年八月四日の『新岩手日報』には、紀元二千六百年を祝う「聖戦博覧会」の地鎮祭の様子が報じられている。 会場となったのは、盛岡市内丸の商品陳列所前の広場。桜山神社の宮司を招き、盛大に執り行われたという。 Screenshot 記事の見出しには「豪華殿堂輝やく礎」「聖戦博の地鎮祭」とあり、戦時色が…
興亜奉公日で観光地の客足は?(S15.8.3新岩手日報) l全県

興亜奉公日で観光地の客足は?(S15.8.3新岩手日報)

S15(1940)年8月3日付『新岩手日報』より。 紙面には「遠出組も遠慮して温泉地も期待外れ」と題された記事が掲載されている。見出しには「改札口で湯に誘う興亜奉公日」とあるが、その内容を読むと妙な違和感を覚える。 Screenshot 当時はすでに戦時体制が急速に整えられつつあり、「興亜奉公日」と…
日支事変2周年で飲食店ではアルコール自粛(S14.7.8岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

日支事変2周年で飲食店ではアルコール自粛(S14.7.8岩手日報)

昭和14年7月8日付の岩手日報には、日中戦争の開戦から2周年を迎えた前日の岩手県内の様子が詳細に記されています。昭和12年7月7日の盧溝橋事件に端を発した事変の記念日として、県内では酒類の販売や飲酒を自粛する動きが徹底されました。 Screenshot 記事の冒頭では、盛岡警察署管内において酒のサの…
朝香宮殿下は花巻・黒沢尻(北上)から釜石へ(S14.7.4新岩手日報) e釜石・遠野・上閉伊郡

朝香宮殿下は花巻・黒沢尻(北上)から釜石へ(S14.7.4新岩手日報)

昭和14年7月4日の新岩手日報の紙面を紐解くと、当時の岩手県が国策の重要拠点としていかに緊張感と活気に満ちていたかが鮮明に浮き彫りになります。 Screenshot この日の報道の中心となっているのは、昭和天皇の叔父にあたる朝香宮鳩彦王殿下の県内視察です。朝香宮殿下は陸軍大将として軍部でも重きをなし…
朝香宮殿下が盛岡市内の軍需工場を御視察(S14.7.3新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

朝香宮殿下が盛岡市内の軍需工場を御視察(S14.7.3新岩手日報)

昭和14年7月3日の新岩手日報が伝える光景は、戦時下の熱気に包まれた盛岡の姿を鮮明に描き出しています。この記事の主役は、軍人皇族として知られる朝香宮鳩彦王殿下です。 Screenshot 明治天皇の女婿であり陸軍大将の要職にあった殿下は、軍需工業や軍人援護事業の視察を目的に岩手県を訪れました。前夜に…
JOQGラジオ盛岡放送局が開局(S13.8.8岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

JOQGラジオ盛岡放送局が開局(S13.8.8岩手日報)

昭和13年8月8日付の岩手日報が伝える物語は、前日の8月7日に産声をあげたJOQG盛岡放送局開局の熱狂に満ちています。歴史的第一声が響いたのは、8月7日の午前6時のことでした。盛岡放送局のアナウンサーがマイクに向かい、8月7日の朝が爽やかに明けました、みなさんおはようございますと試験放送を届けた瞬間…
昭和っ子が初めて小学校を卒業(S13.3.26岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

昭和っ子が初めて小学校を卒業(S13.3.26岩手日報)

昭和13年3月26日の岩手日報は、時代が大きな節目を迎えたことを告げる記念碑的な紙面となっています。この年、ついに昭和生まれの子供たちが初めて小学校、当時の尋常小学校を卒業する時を迎えたからです。 Screenshot 記事の主役である最初の昭和っ子たちは、正確には大正から昭和へと元号が改まった昭和…
県内各地で愛国献金やら銃後後援会・愛国婦人会の発足やら(S12.9.1岩手日報) l全県

県内各地で愛国献金やら銃後後援会・愛国婦人会の発足やら(S12.9.1岩手日報)

昭和12年9月1日、いまから約90年前の岩手日報の紙面を繙くと、そこには日中戦争の渦中にあった岩手県民の生々しい息遣いが記録されています。当時の社会を象徴する言葉に「銃後」というものがありますが、この日の紙面はその熱狂と切実さを物語るエピソードで埋め尽くされています。 Screenshot なかでも…