備考※3a

岩手医専にも女子が入学し「女の角帽」がお目見え(昭和22年9月5日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手医専にも女子が入学し「女の角帽」がお目見え(昭和22年9月5日)

昭和22年9月5日の新岩手日報より。 岩手で唯一の医学教育機関である岩手医専にも女子が入学した。 男子学生に伍して死体解剖に取り組んでいるという。 そして女子学生も角帽をかぶることになった。 それで、医専校舎の屋上で岩手山をバックに写真を撮る。    …
天皇陛下が岩手を去る日、フジヤマのトビウオが世界新(S22.8.10新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

天皇陛下が岩手を去る日、フジヤマのトビウオが世界新(S22.8.10新岩手日報)

【1947年の風景】昭和22年8月10日の新聞から読み解く、戦後復興と岩手の鼓動 投稿日: 2026年3月12日(史料参照:新岩手日報 昭和22年8月10日付) 終戦からまもなく2年。手元にある一枚の古い新聞、「新岩手日報」の昭和22年8月10日号。黄ばんだ紙面からは、物資不足の深刻さと、それでも前…
天皇陛下が釜石や宮古へ(S22.8.9新岩手日報) d宮古・下閉伊郡

天皇陛下が釜石や宮古へ(S22.8.9新岩手日報)

【歴史の1ページ】昭和22年8月9日、新岩手日報が伝える「復興の足音」 投稿日:2026年3月12日 | カテゴリ:郷土史・アーカイブ 終戦からわずか2年。食糧難や物資不足といった困難な状況にありながらも、人々が未来を見つめて立ち上がろうとしていた時代の記録が、ここにあります。 Screenshot…
天皇陛下は花巻温泉療養所を行幸(S22.8.8新岩手日報) f花巻・稗貫郡

天皇陛下は花巻温泉療養所を行幸(S22.8.8新岩手日報)

【岩手戦後史】昭和22年8月8日、昭和天皇が国立花巻温泉療養所へ ~新岩手日報の紙面から読み解く、復興への希望と慈愛の記録~ Screenshot 昭和22年(1947年)8月、戦後の混乱と窮乏の中にあった岩手県に、昭和天皇をお迎えする「戦後巡幸」が行われました。 当時の『新岩手日報』第2面が伝える…
天皇陛下が岩手に行幸(S22.8.8新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

天皇陛下が岩手に行幸(S22.8.8新岩手日報)

【歴史の1ページ】昭和22年8月7日、岩手に「希望」がやってきた日 戦後、焦土と化した日本。食糧難とインフレに苦しむ人々が、復興に向けて必死に前を向こうとしていた昭和22年(1947年)。 Screenshot 今回ご紹介するのは、当時の「新岩手日報(昭和22年8月8日付)」です。そこには、前日に岩…
初めての民選知事に国分謙吉が当選(S22.4.7新岩手日報) l全県

初めての民選知事に国分謙吉が当選(S22.4.7新岩手日報)

【歴史の1ページ】1947年4月7日:岩手初、伝説の「農民知事」国分謙吉誕生! 終戦からわずか2年。それまでの中央政府から派遣される「官選知事」ではなく、県民が自らの手でリーダーを選ぶ、初めての岩手県知事選挙が行われました。 Screenshot 手元にあるのは、1947年(昭和22年)4月7日付の…
岩手県食酢統制組合・岩手県農機統制組合の解散公告(昭和22年4月5日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県食酢統制組合・岩手県農機統制組合の解散公告(昭和22年4月5日)

昭和22年4月5日の岩手日報より。 戦時中の物価統制組合であった「岩手県食酢統制組合」と「岩手県農機統制組合」が解散公告を出している。 戦後2年が経過しようとしており、戦争遂行のために物価統制する必要が無くなり、活動実態がなくなっていた所、法人を解散していなかったので登記上も正式に解散しよう・・・と…
この日から現代仮名遣い(S21.11.21新岩手日報) l全県

この日から現代仮名遣い(S21.11.21新岩手日報)

昭和21年11月21日、「けふ」が「きょう」になった日。 歴史の転換点は、意外なほど身近なところに現れます。 Screenshot 手元にある昭和21年11月21日付の『新岩手日報』。この1ページには、日本語の歴史における巨大な一歩が刻まれています。 ■ コラムの題字に起きた「大事件」 この日の紙面…
日詰の秋祭りが10年ぶりに復活(昭和21年9月8日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

日詰の秋祭りが10年ぶりに復活(昭和21年9月8日)

昭和21年9月8日の新岩手日報より。 日詰の秋祭りは10年ぶりに復活したのだと言う。 そして、さんさ踊り獅子舞や手踊りなどをにぎやかに繰り出したが、中でも人気があったのは鍛冶町各組から出た5つの樽神輿であったと言う。 紺の匂いも昔懐かしく、お揃いのハッピとねじりハチマキとわらじ姿でわっしょいわっしょ…
角田屋事件(盛岡の中学生誘拐事件)(昭和21年8月24日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

角田屋事件(盛岡の中学生誘拐事件)(昭和21年8月24日)

終戦から丸1年過ぎた昭和21年8月24日のこと。 盛岡市内では比較的大規模な商店である大通の角田屋で、盛岡中学(現:盛岡一高)1年生の息子がなぜか帰ってこない。 どういうことかと思ったら、翌25日に知らない誰かから角田屋に手紙が届いた。 御子息は鄭重にお預りした。御安心あれ。この事件をさわいで友人知…
県を挙げての米の供出作戦(S21.7.24新岩手日報) l全県

県を挙げての米の供出作戦(S21.7.24新岩手日報)

昭和21年7月24日の新岩手日報によれば、その前日にあたる7月23日、地方事務所長会議を終えた春彦一知事は、各事務所長を再度集めて米の供出状況に関する訓示を行いました。 この席で知事は、県全体の目標として3万石を掲げ、これを達成するために農民組合や警防署員を動員して各農家へ供出をお願いして回るよう指…