a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 1月 1932 盛岡・村定蓄音機部「世界一のビクター蓄音機を65円で!」(昭和7年1月6日) 昭和7年1月6日の岩手日報より。 広告欄には、村定蓄音機部がビクター蓄音機の広告を出している。 「輸入当時なら150〜160円のビクター蓄音機も時代の進歩でわずか65円に!」 ちなみに、この記事を書いている令和4年現在、村定楽器店は盛岡市材木町で盛業中である。  … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5 1月 1932 断然斯界の権威!飯塚洋服店(昭和7年1月5日) 昭和7年1月5日の岩手日報より。 広告欄には盛岡市内丸の飯塚洋服店の広告がある。 「断然斯界の権威!優れた技術!優良なる生地!」 こんな大時代的な惹句こそが昭和初期である。 ところで、飯塚洋服店とは後年のイイヅカでショッピング〜のイイヅカ? … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 1月 1932 松屋デパートで初売御礼大売り出し(昭和7年1月4日) 昭和7年1月4日の岩手日報より。 盛岡の松屋デパートでは、初売り御礼大売り出しを行うという。… 続きを読む
l全県 6 9月 1931 岩手日報の1面トップは全面「キング」の広告(昭和6年9月6日) 昭和6年9月6日の岩手日報より。 この日の岩手日報の1面トップはなぜか「キング」の広告。 どこの新聞もこのようなことはあったのだろうか。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 4 9月 1931 水沢〜岩谷堂のバス時刻表(昭和6年9月4日) 昭和6年9月4日の岩手日報より。 水沢〜岩谷堂のバス時刻表が掲載してある。 当時は「胆江自動車」と「水岩自動車」が共同運行していたようだ。 … 続きを読む
hスポーツ 3 9月 1931 人見絹枝嬢の死因は過労と!運動の季節に注意!(S6.9.3岩手日報) 女子陸上選手のさきがけ、人見絹枝はこの1ヶ月前に死去し、話題となっていた。 その原因は過労によるものであるから、薬を飲んで体力をつけましょうという広告。 イラストの野球帽に「M」とあるが、東京の薬屋なので別に盛岡中学(現:盛岡一高)のことではないだろう。… 続きを読む
l全県 1 1月 1931 県内各企業の年始広告(S6.1.1) 岩手県内各企業の年始広告。 岩手軽便鉄道は花巻町に本社があった。 当時の岩手銀行はのちにこの第九十銀行、第八十八銀行と合併し陸中銀行に、それが岩手殖産銀行に岩手貯蓄銀行ともども戦時合併し、現在の岩手銀行となる。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5 3月 1930 星チェーンストア岩手・青森県連合大会を開催します(昭和5年3月5日) 昭和5年3月1日の岩手日報の広告欄より。 来る3月5日に、岩手県公会堂で岩手・青森県連合星チェーンストア大会を開催するという。 この「星チェーンストア」こそは星製薬による日本で初めてのチェーンストアであり、その創業者星一は、SF作家星新一の父親でもある。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 9月 1928 陸軍特別大演習の地図を予約販売します!(昭和3年9月4日) 昭和3年9月4日の岩手日報より。 盛岡市呉服町の特約販売店では、10月に行われる陸軍特別大演習の地図を販売するという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 9月 1928 盛岡市呉服町の洋服店「秋冬洋服均一注文!」(昭和3年9月4日) 昭和3年9月4日の岩手日報より。 盛岡市呉服町の洋品店が広告を出している。 燕尾服やフロックコートなど、かなりかしこまった洋装である。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 9月 1928 岩手無尽の広告(昭和3年9月4日) 昭和3年9月4日の岩手日報より。 岩手無尽の広告。 こんな自然の豊かな所に本店があったということだろうか。 … 続きを読む
f花巻・稗貫郡 8 1月 1927 スキー場は「スロープ」という呼び方が一般的だったのだろうか(昭和2年1月8日) 昭和2年1月8日の岩手日報の広告欄より。 花巻温泉のスキー場の広告。 この当時は「スロープ」という言い方が一般的だったのだろうか。 … 続きを読む
l全県 4 1月 1927 諒闇でも講談社の広告は元気 大日本雄弁会講談社の広告は押しの強さで知られるところ。 https://twitter.com/oldpicture1900/status/1448500002876133376?s=21 それは大正天皇の崩御による諒闇の中でも例外ではなかった。 昭和2年1月4日の岩手日報ではこんな調… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 28 12月 1926 諒闇の中、盛岡・中の橋通りに食堂がオープン(昭和元年12月28日) 昭和元年12月28日の岩手日報の広告欄より。 盛岡の中の橋通りにある「大安」という店は、食堂部以外にもいろいろと手広く商売を展開していたようだが、食堂部だけを料理長に任せて「カフェー大安」として独立させるに至ったようである。 「店主自慢の蠣料理」なんて、今どきの洋食店のようなコピーもこの時点であった… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 27 12月 1926 スキーのシーズン来る!ウインタースポーツメンは花巻温泉スロープへ!(昭和元年12月27日) 昭和元年12月27日の岩手日報より。 花巻温泉のスキー場が広告を出している。 この頃は「ゲレンデ」とは言わず「スロープ」と言ってたようだ。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 26 12月 1926 第九十銀行「多少ニ不拘御用命願ヒ候」(昭和元年12月26日) 昭和元年12月26日の岩手日報より。 盛岡に本店があった第九十銀行の企業広告が出ている。 支店網は盛岡から北を中心に、青森県の八戸や田子まで展開されていたことを物語っている。 第九十銀行は後に岩手銀行となっている。 また、第九十銀行の本店であった建物は現在でも「もりおか啄木・賢治青春館」として現存し… 続きを読む