e釜石・遠野・上閉伊郡 4 7月 1966 釜石・大渡町商店会では常磐ハワイアンセンターご招待中元大売出し!(昭和41年7月4日) 昭和41年7月4日の岩手東海新聞より。 釜石の大渡町商店会では常磐ハワイアンセンターにご招待もある大売出しをしていた。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 1 7月 1966 宮古二中の生徒が浄土ヶ浜を清掃奉仕(昭和41年7月1日) 昭和41年7月1日の岩手東海新聞より。 宮古の浄土ヶ浜は県内外からの観光客で逃げを始めているが、宮古第二中学校の男女生徒500人は、理科学習の1つとして浄土ヶ浜のゴミを清掃奉仕した。 前年に浄土ヶ浜を訪れた観光客は400,000人であったと言うが、この年はさらに上回る500,000人の誘致が約束され… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 3月 1966 日通観光釜石支店「花巻空港から東京・伊豆・箱根旅行団!」(昭和41年3月2日) 昭和41年3月2日の岩手東海新聞より。 日通観光釜石支店と岩手東海新聞は合同で、東京・伊豆・箱根への旅行団を募集していた。 花巻空港はこの広告記事の2年前の昭和39年に開港している。 費用は総額で19,600円であった。 現在であれば、10万円以上の額になるだろうか。 岩手〜東京の移動… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 3月 1966 釜石への観光客はマイカーが増える(昭和41年3月1日) 昭和41年3月1日の岩手東海新聞より。 昭和40年の釜石への観光客は637,000人だったようだ。 中でも、マイカーが増えていたのだと言う。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 12月 1965 チャグチャグ馬ッコ(TBSスパークル) TBSスパークルでチャグチャグ馬ッコの話題が出てる。 昭和40年というので東北本線が盛岡まで電化して、東京や仙台からの観光客が盛岡に来やすくなった時期に相当する。 ・・・というか、これを放送したのは昭和40年12月かもしれないが、基本的にチャグチャグ馬ッコは6月ぐらいなので、電化の少し前ぐらい? h… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 18 10月 1965 遠野で「日本一の木製観音像」ご開帳(S40.10.18岩手日報) 遠野の福泉寺で「日本一の木製観音像」がご開帳するというので観光客で賑わったという。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 10月 1965 五葉山を日本一のシカ園にします!(昭和40年10月8日) 昭和40年10月8日の岩手日報より。 大船渡市では、野生のシカやサルが生息している五葉山を自然動物園にする計画を進めているという。 これは、五葉山のシカの研究をしている横須賀市博物館の柴田敏隆氏がこの年もフィールドワークの来るので、この柴田氏のアドバイスを受け、餌場を五葉山の各地に設置… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 7月 1965 盛鉄局各駅に釜石みなとまつりのポスター(S40.7.2岩手東海新聞) 釜石みなとまつりのポスターを東北本線・釜石線・山田線の各駅の待合室にあって、宣伝にこれ努めていた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 6月 1964 夏休みは「はやちね」が盛岡〜宮古〜釜石〜盛岡の循環運転(昭和39年6月9日) 昭和39年6月9日の岩手東海新聞より。 盛岡鉄道管理局は、夏休みに備えて7月中旬から臨時列車を運転する。 釜石に関わるものでは、釜石と鵜住居の間の「さざなみ」を2往復運転する。 また、循環急行「はやちね」を初めて運転するが、盛岡〜宮古〜釜石〜花巻〜盛岡の時計周りで、1周6時間半となり、期間は7月25… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 2月 1964 釜石の人が中国・広州に行ってきた(昭和39年2月4日) 昭和39年2月4日の岩手東海新聞より。 釜石の人が中国に行ってきたようで、広州に行ってきた印象を語っている。 ちなみに当時は中華人民共和国との国交は無く、国交があった「中国」は中華民国つまり台湾の方。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 15 1月 1964 大槌小学校では廃品回収で修学旅行資金を稼ぐ(昭和39年1月15日) 昭和39年1月15日の岩手東海新聞より。 大槌小学校では廃品回収で修学旅行を稼ぎ、1人の欠席者も出さないと意気込んでいた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 1月 1964 日通観光釜石支店「サンゴ礁にサンゴ礁に浮かぶ常夏の島!沖縄観光募集中!」(昭和39年1月4日) 昭和39年1月4日の岩手東海新聞より。 日通観光釜石支店が沖縄旅行を募集している。 この当時は、沖縄旅行はパスポートの必要な時代だった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 11月 1963 日通観光釜石支店の各種ツアー(S38.11.7岩手東海新聞) 日通観光釜石支店は、岩手東部バスと岩手東海新聞と共同でツアーを開催していた。 岩手東部バスは、昭和32年に水沢を本社とする岩手県南バスの傘下に入り、車体色も県南バスと共通になっていたが、経営統合するのは昭和41年のこと。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 11月 1963 日通観光釜石支店が提案する観光コース(昭和38年11月2日) 昭和38年11月2日の岩手東海新聞より。 日通観光釜石市店では、多様な観光コースを提案していた。 とは言っても遠くは十和田湖で近くは釜石市内の根浜海岸や和山高原まで。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 18 9月 1963 松島湾にハゼ釣りに行きましょう!(昭和38年9月18日) 昭和38年9月18日の岩手報知より。 松島湾へハゼ釣りに行きましょうという旅行団の募集。 貸切バスを仕立て、費用は1,500円であったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 10 9月 1963 四国1周の旅は49,000円!(昭和38年9月10日) 昭和38年9月10日の岩手東海新聞より。 日通観光と岩手東海新聞社合同で、四国1周の旅を主催する。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 9月 1963 釜石から四国1周の旅(昭和38年9月10日) 昭和38年9月10日の岩手東海新聞より。 岩手東海新聞社と日通観光釜石支店は、四国1周の旅を企画した。 8泊9日で、費用は49,000円であったと言う。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 9月 1963 秋田駒ケ岳に釜石市民登山会(S38.9.9岩手東海新聞) 釜石市民の健康増進のため、秋田駒ケ岳への登山会が行われた。 これとともに、盛岡市内のスキー工場見学など、盛りだくさんだったようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 9月 1963 岩手東部バス釜石営業所にライトバス導入(昭和38年9月5日) 昭和38年9月5日の岩手東海新聞より。 岩手東部バス釜石営業所では、7月から19人乗りのライトバスを3台入れて、小規模な貸切需要に応じている。 それまでは、60〜70人乗りの大型バスしかなく、20人程度の観光団体では手が出ないレベルの需要に応えるもの。 貸切料金は以下の通り。 根浜海岸 4400円(… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 1 4月 1963 志戸平温泉にこども天国「有楽園」がオープンします! 昭和38年4月1日の岩手日報の広告欄より。 花巻の志戸平温泉に遊園地「有楽園」がオープンするというニュース。 豆電車、観覧車、飛行塔、豆自動車、モノレールなどがあるという。 オクトパス、キャタピラ、ダンプボートというのは何なのかはよく分からないが・・・ まだ志戸平温泉に花巻電鉄で行っていた頃。 &n… 続きを読む
l全県 30 3月 1963 観光バスが駅のトイレを使うなら1台につき100円頂きます 昭和38年3月30日の岩手日報より。 この時期になると、観光客のバスのシェアが増大したようで、国鉄の経営にも影響するようになってきた。 その観光バスはというと、駅に立ち寄ってトイレ休憩をする。 その清掃や汲み取りの費用は当然国鉄持ち。 そんな理不尽なことがあっていいだろうかと盛鉄局では、1台につき1… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 11月 1962 貸切バスは4割の増収(S37.11.2河北新報岩手版) 貸切バスは前年比4割の増収でホクホク顔と。 写真は盛岡城跡の駐車場だそうで、バスはおそらく県南バス。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 6 6月 1962 水沢の電器店「日立テレビで南国土佐にご招待!」(昭和37年6月6日) 昭和37年6月6日の胆江日日新聞より。 水沢の電器店では「日立テレビで南国土佐にご招待!」というキャンペーンを打っていた。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 1 6月 1962 水沢の電器店「3万円以上お買い上げのお客様は日光・鬼怒川温泉にご招待!」(昭和37年6月1日) 昭和37年6月1日の胆江日日新聞より。 水沢市内の電器店では、洗濯機やテレビを3万円以上お買い上げの方に日光・鬼怒川の旅行に招待するという。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 6 4月 1962 日通旅行水沢支店の春のデラックス旅行計画(昭和37年4月6日) 昭和37年4月6日の胆江日日新聞より。 広告欄には、日通旅行水沢支店の春のデラックス旅行計画が載っている。 ただ、水沢のような穀倉地帯だと、書き入れ時はむしろ農閑期だったのではないだろうか。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 13 1月 1962 繋温泉に無料の市民浴場が完成 昭和37年1月13日の岩手日報より。 「盛岡の奥座敷」として知られる繋温泉で、繋温泉組合の出費と地元民の勤労奉仕で市民浴場「薬師の湯」が完成した。 … 続きを読む