国民体育大会

県内12市町村でミニ国体開催(S49.9.6) l全県

県内12市町村でミニ国体開催(S49.9.6)

昭和49年から50年にかけての郷土のスポーツ界を振り返る上で欠かせない出来事が、全国に先駆けて実施されたミニ国体こと第1回東北総合体育大会の開催です。9月6日から9日までの4日間、盛岡市を中心に県内12市町村の35会場で繰り広げられたこの大会は、東北6県の体育協会が結束し、それまで各競技でバラバラに…
岩手国体開催を前にこどもパレード(昭和45年9月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手国体開催を前にこどもパレード(昭和45年9月16日)

IBCの「いわてアーカイブの旅」より。 岩手国体開催直前で、成功を祈念し盛岡市内でパレード。 ポンポンを振っているチアガールの小学生も令和の今や60代であり、バトンを回している久保学園(現:盛岡誠桜高校)の女子高生は70代に手が届こうとしている年代となっている。 https://www.youtub…
昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日) c久慈・九戸郡

昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日)

昭和42年12月9日のデーリー東北より。 久慈市は、市勢ニュースを公募していたが、応募総数が142通あり、12月6日の久慈市広報委員会で以下の通りに決まった。 2年連続豪雨災害 川崎製鉄久慈工場閉鎖 岩手国体の柔道会場に決定 久慈中学校や久慈高校の野球部が善戦 久慈市役所の機構改正   &…
昭和45年の国体は岩手に誘致しましょう!(昭和40年10月11日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

昭和45年の国体は岩手に誘致しましょう!(昭和40年10月11日)

昭和40年10月11日の岩手日報より。 盛岡駅前に設置された宣伝塔。 千田知事を委員長とする「岩手県国体誘致委員会」は。この10月中を「国体誘致運動推進月間」に位置付け、誘致運動を展開することにした。 日本体育協会は、昭和45年の国体開催地に関する会議を、この時国体が開催されていた岐阜県で行うという…
八戸スケート国体・県民スキー大会・コルチナダンペッツォ冬季五輪開幕(S31.1.27岩手日報) f花巻・稗貫郡

八戸スケート国体・県民スキー大会・コルチナダンペッツォ冬季五輪開幕(S31.1.27岩手日報)

昭和31年1月27日付の岩手日報の紙面を眺めると、現代の価値観とは異なる独自の熱量がそこにあることに気づかされます。もし現代であれば、世界的な祭典であるコルチナ・ダンペッツォ冬季五輪の結果が紙面の一等地を独占し、国体や県内の大会はスポーツ欄の片隅に追いやられるのが通例でしょう。しかし、この日の紙面で…
国体聖炎旗リレーは水沢へ h水沢・江刺・胆沢郡

国体聖炎旗リレーは水沢へ

昭和47年までは、国体の「大会旗リレー」が前年の開催地からその年の開催地まで行われていた。 岩波写真文庫183「日本 1955年10月8日」より 昭和30年の秋の国体は神奈川で行われる。 その前年の昭和29年の秋の国体は北海道で行われていた。 それで、国体旗が国道4号線を南下して神奈川を目指すことに…