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県内各地で大雨が降り洪水(昭和25年1月31日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

県内各地で大雨が降り洪水(昭和25年1月31日)

昭和25年2月1日の岩手日報より。 暦の上では、大寒だと言うのに、1月30日から30一日にかけて、徳永の雨が降り、県内の風が増水し、各地の道路が浸水する被害が発生した。 暦の上では、大寒だと言うのに、1月30日から30一日にかけて、徳永の雨が降り、県内の風が増水し、各地の道路が浸水する被害が発生した…
アメリカ赤十字青少年部から岩手の子供達にギフトボックス(S25.1.15岩手新報) l全県

アメリカ赤十字青少年部から岩手の子供達にギフトボックス(S25.1.15岩手新報)

昭和25年(1950年)1月15日付の岩手新報に、戦後の空気をよく伝える小さな国際ニュースが載っている。 アメリカの少年少女から贈られた 65個のギフトボックス が、米国赤十字社を通じて日本赤十字社本部に渡り、さらに岩手県支部へと届けられたという記事だ。 Screenshot この贈り物の原資となっ…
盛岡は5年後こうなる(昭和25年1月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡は5年後こうなる(昭和25年1月14日)

昭和25年1月14日の岩手新報より。 岩手県観光協会では「盛岡の5年後の将来像」を描いている。 そして、これを国分憲吉知事に提出したのだという。 女子師範の跡地に5階建ての県庁を建設。 現在の県庁には盛岡市役所を移す。 市役所と旧警察練習所は取り壊して緑地帯に。 公会堂はホールを3階に。 その周辺を…
富士銀行盛岡支店「強盗に来る?なら死ぬつもりで来いや」(昭和25年1月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

富士銀行盛岡支店「強盗に来る?なら死ぬつもりで来いや」(昭和25年1月14日)

昭和25年1月14日の新岩手日報より。 盛岡市呉服町にある富士銀行盛岡支店に、電話で「今から強盗に行く」と言う脅迫電話があったのだと言う。 これに対し、行員は「なら死ぬつもりで来い」と言ったのだと言う。 この脅迫電話は、一応警察に届けられた。    …
ラジオ番組案内(S25.1.12岩手新報) l全県

ラジオ番組案内(S25.1.12岩手新報)

昭和25年1月12日の岩手新報のラヂオ欄には、当時の岩手における唯一の放送局、NHK盛岡放送局(JOQG)が伝えたかった当時の世相が凝縮されています。午前7時15分のルポルタージュ文化財を訪ねてから始まる一日は、午前9時15分のビタミンの取り方や、午後6時30分の発疹チフスの予防といった、戦後の衛生…
川徳で隠退蔵物資の大売り出し(S25.1.12新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

川徳で隠退蔵物資の大売り出し(S25.1.12新岩手日報)

昭和25年1月12日付の新岩手日報には、戦後日本の混乱と庶民のたくましさを象徴するような、驚くべき光景が記録されています。その記事が伝えているのは、隠退蔵物資と呼ばれた旧日本軍などの横領物資が摘発され、市民に安く放出された際の異様なまでの熱狂です。隠退蔵物資は、本来ならば終戦直後に国民へ分配されるべ…
盛岡電話局は機械も古く交換嬢も不足(S25.1.12岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡電話局は機械も古く交換嬢も不足(S25.1.12岩手新報)

昭和25年1月12日の岩手新報が伝える盛岡電話局の実態は、戦後の復興期がいかに壮絶なマンパワーによって支えられていたかを物語っています。当時の新聞が傷だらけの電話局という刺激的な言葉を見出しに選んだ背景には、設備と人員の両面で限界を超えていた過酷な現場環境がありました。 当時の盛岡における通信の要で…
小田野柏選手(福岡中学出身)が新生・毎日オリオンズ入り(昭和25年1月9日) b二戸・二戸郡

小田野柏選手(福岡中学出身)が新生・毎日オリオンズ入り(昭和25年1月9日)

昭和25年1月9日の新岩手日報より。 プロ野球では、リーグ分裂騒ぎとなっていたが、パシフィックリーグのほうに新たに誕生する。毎日オリオンズに福岡中学出身の小田野柏選手が入団することになった。 この小田野柏、長らく「岩手県出身のプロ野球選手」としてメディアなどに名前の出る存在となり続けるが、プロ野球選…