l全県 3 9月 1952 ラジオ番組案内(昭和27年9月3日) 昭和27年9月3日の岩手日報より。 ラジオ番組案内は以下の通り。 NHKだけではなく、ラジオ仙台(現:TBC東北放送)、ラジオ東京(現:TBSラジオ)もある。 … 続きを読む
l全県 3 9月 1952 市町村教育委員会のあり方(昭和27年9月3日) 昭和27年9月3日の岩手日報より。 「昭和の大合併」の少し前、教育委員を選挙で選んでいたころ、各町村の教育委員会を維持運営するのもかなりの負担だったようだ。 それで、教育委員会は県にやってもらおう、という考えも一部にはあったようだが、それには根強い反対があった。 &nbs… 続きを読む
l全県 8 5月 1952 砂糖は自由販売になって居ります!(昭和27年5月8日) 昭和27年5月8日の岩手新聞より。 広告欄には、岩手県内の砂糖卸商により、「砂糖は自由販売になりました」と言う広告が出されている。 このように、わざわざ「自由販売」であることを主張すると言うことが、戦中戦後の統制の多い時代を物語っている。 … 続きを読む
l全県 8 5月 1952 ラジオ番組表(昭和27年5月8日) 昭和27年5月8日の岩手新聞より。 5月8日のラジオ番組表が掲載されている。 JOQGとはNHK盛岡放送局のこと、JOKRとはTBSラジオのこと。 … 続きを読む
l全県 7 5月 1952 ラジオ番組表(昭和27年5月7日) 昭和27年5月7日の岩手新聞より。 ラジオ番組表は以下の通り。 「JORK」とは「JOKR」(現在のTBSラジオ)の誤植だろうか。… 続きを読む
l全県 3 5月 1952 ルチン服用の心得(昭和27年5月3日) 昭和27年5月3日の岩手新聞より。 広告欄には、複合ルチンの広告が出ており、「ルチン服用の心得」というのが出ている。 今では、日本そばによく含まれていると言われているが、ルチンというのは一体どのような効能をもたらすのか。 それは、脳溢血の薬だったようである。… 続きを読む
l全県 3 5月 1952 魚を食べると蕁麻疹になる!?(昭和27年5月3日) 昭和27年5月3日の岩手新聞より。 広告欄には、レスタミンコーワの広告がある。 当時は、「蕁麻疹になるから魚を食べない」と言う人がいたようである。 今では、このような言説はあまり聞かないような気もするが、これは当時の魚の鮮度の問題だったのだろうか。 … 続きを読む
l全県 28 4月 1952 サンフランシスコ講和条約発行、岩手では(S27.4.28岩手日報) 【歴史の1ページ】1952年4月28日、日本が主権を回復した日。岩手日報の紙面から振り返る 2024年4月28日 公開 皆さんは「4月28日」が何の日かご存知でしょうか。 Screenshot 今から70年以上前の1952年(昭和27年)4月28日午後10時30分。サンフランシスコ講和条約が発効し、… 続きを読む
l全県 1 1月 1952 「完全独立の年」1952年の新年号(昭和27年1月1日) 昭和27年1月1日の岩手新報より。 昭和27年はサンフランシスコ講和条約が発行し独立を果たす年。 そんな喜びが紙面にも溢れていた。 … 続きを読む
l全県 22 7月 1951 お酒が嫌いになる薬(昭和26年7月22日) 昭和26年7月22日の「夕刊いわて」より。 広告欄には「お酒が嫌いになる薬」なんてのがある。 この当時でも、旦那の酒好きに手を焼いていた奥様方は相当いたのだろう。 … 続きを読む
l全県 21 7月 1951 朝鮮動乱を受けた物価の変動(昭和26年7月21日) 昭和26年7月21日の「夕刊いわて」より。 マリク声明による朝鮮動乱ノノナナ停戦を受けた物価の動向が表としてまとめられている。 やわらかいもの(繊維・ゴムなど)はそれほどでもなかったが、固いもの(鉄鋼・石炭など)はてきめんに上昇していたという。 … 続きを読む
l全県 2 7月 1951 「夕刊いわて」は1部3円!1ヶ月配達で70円!(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の「夕刊いわて」より。 自社の社告で「夕刊いわて」は1部3円、1ヶ月で70円である旨。… 続きを読む
l全県 1 7月 1951 ビニロンとは?(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の夕刊いわてより。 アメリか製の「ナイロン」に対して国産の「ビニロン」が出てきたとして、以下のように説明している。 材料は石灰石・コークス・水・空気。 軽くて丈夫であり、水や海水にも強いが、熱には弱い。 アイロンでも木綿や絹にかける温度以下で手早く処置する。 用途は毛糸代用、作業着… 続きを読む
l全県 1 7月 1951 【1コマ漫画】親子心中防止(昭和26年7月1日) 昭和26年7月1日の「夕刊いわて」より。 1コマ漫画で親子心中について扱っている。 親子心中が後を断たない時代だったようで、「親子心中の方はいますぐご相談においで下さい」という立て看板がしてある。 その隣には葬儀社が広告を出している。 「どうせ死ぬなら葬儀のことまで考えましょう」と開き直ってしまって… 続きを読む
l全県 16 5月 1951 春は家出のシーズン!多いのは若いツバメとの駆け落ち(昭和26年5月16日) 昭和26年5月16日の「夕刊いわて」より。 4~5月は家出人が多く、この年は5月15日までで149人が家出していたという。 以下のような実例があったという。 西磐井郡某村の役場書記の女性(21)。 同僚の男性(21)が妻帯者であるのを知りながら恋仲になり妊娠。 噂が出始めたので、2人で手に手を取って… 続きを読む
j生活 5 5月 1951 サンマー・タイムが始まりますよ! 昭和26年5月5日の夕刊いわてより。 どうも夕刊いわては、翌日付の夕刊を出していたようで(当時の夕刊であれば普通?)、5月5日付の記事に「あすからサンマ―・タイム」と、「5日午後12時から始まる」と書いている。 当時の「サンマー・タイム」は、5月の第一土曜日の夜12時(6日午前0時)から、9月の第二… 続きを読む
l全県 24 4月 1951 各町村長の顔ぶれ(S26.4.24夕刊いわて) 昭和26年4月24日付の夕刊いわてを眺めていると、昭和の大合併という大きなうねりが押し寄せる直前の、岩手県がまだ数多くの小さな町村で構成されていた頃の熱気が伝わってきます。紙面の上半分を埋め尽くす町村長選挙の当選者一覧は、まさに地方自治の細かな鼓動を記録した貴重な史料です。今では市の一部となった懐か… 続きを読む