f科学技術・情報通信 15 1月 1954 超長波磁力線の偉力!(昭和29年1月15日) 昭和29年1月15日の岩手日日より。 広告欄には「超長波磁力線の偉力」と謳った広告が。 切断された神経がつながったり、発育が2倍になるとか。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 15 1月 1954 一関市内の電器店「5球スーパーラジオ入荷!」(S29.1.15岩手日日) 昭和29年1月15日の岩手日日に掲載されたこの広告は、当時の岩手の人々が抱いていた新しい時代への憧れを鮮烈に伝えてくれます。素晴らしいという威勢の良い感嘆符とともに紹介されているのは、ナショナル製のプラスチック五球スーパー、DX-330型です。当時はまだ木製の重厚なラジオが主流だった中で、最新素材で… 続きを読む
i一関・西磐井郡 15 1月 1954 味噌・醤油を卸価格にて販売!(昭和29年1月15日) 昭和29年1月15日の岩手日日より。 一関市内の醸造店では味噌や醤油を卸価格で販売するという。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 14 1月 1954 一関の醸造メーカーが味噌・醤油を大売出し(S29.1.14岩手日日) 昭和29年1月14日の岩手日日の紙面を眺めていると、一関の暮らしの息吹が伝わってくるような興味深い広告が目に留まりました。一関駅前にあった醸造発売元である塩彌が掲載したもので、新発売を記念した大サービスの大売り出しを知らせる内容です。 皆様のお台所に醸造元が直接お送りするという心強いキャッチコピーか… 続きを読む
i一関・西磐井郡 12 1月 1954 昭和29年型のくろがねオート三輪売ってます(S29.1.12岩手日日) 昭和29年1月12日の岩手日日新聞に掲載された広告には、当時の活気あふれる一関の空気感が凝縮されています。紙面の中央でひときわ目を引くのは、1954年新型車として紹介されている「くろがね」の三輪車です。戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、日本の物流を支えたオート三輪の力強い姿が独特のタッチで描か… 続きを読む
i一関・西磐井郡 11 1月 1954 一関・新星劇場で「G.Iジョー」を公開(S29.1.11岩手日日) 昭和29年1月11日の岩手日日新聞をめくると、当時の一関の活気を伝える1枚の映画広告が目に飛び込んできます。紙面の中央で力強い文字を躍らせているのは、名匠ウィリアム・A・ウェルマン監督による戦争映画の傑作、G・I・ジョーです。主演には当時売り出し中だったロバート・ミッチャムの名が記されており、最高の… 続きを読む
i一関・西磐井郡 11 1月 1954 一関映画案内(S29.1.11岩手日日) 昭和29年1月11日の岩手日日新聞に掲載された、一関市内の映画案内。そこには「新星」「オリオン座」「文映」「一関映劇」という四つの映画館が競うように豪華なラインナップを並べており、当時の娯楽の王様だった映画の熱気が紙面から溢れ出しています。 まず、新星劇場で上映されていたのは、戦後の日本中を熱狂させ… 続きを読む
i一関・西磐井郡 10 1月 1954 一関映劇で「赤線基地」「お嬢さん社長」を公開(昭和29年1月10日) 昭和29年1月6日の岩手日日より。 一関映劇では、「赤線基地」「お嬢さん社長」を公開する。 「赤線基地」は、昭和28年12月8日公開の東宝映画で、出演は三國連太郎や根岸明美など。 「お嬢さん社長」は、昭和28年12月29日初公開の松竹映画で、主演は美空ひばり。  … 続きを読む
i一関・西磐井郡 9 1月 1954 一関・新星劇場で「君の名は」を公開(昭和29年1月9日) 昭和29年1月6日の岩手日日より。 一関の新星劇場では、「君の名は」を公開する。 「君の名は」は昭和28年9月15日初公開の松竹映画で、出演は佐田啓二や岸惠子。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 8 1月 1954 大船渡線の客車が木造から鋼製に(昭和29年1月10日) 昭和29年1月10日の岩手日日より。 それまでの大船渡線の列車は「カラス列車」「山汽車」などと呼ばれていたのだと言う。 それを、本線並みに鋼製客車にするようになったのだと言う。 洗面所や暖房も新しくなり、好評であると言う。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 8 1月 1954 一関市内に小鳥店を開店します(昭和29年1月8日) 昭和29年1月8日の岩手日日より。 一関市内に、小鳥店が開店するようである。 生体は1つがい300円から500円。 空気銃は1500円と言う値段だったようである。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 8 1月 1954 キッコーマン醤油の値段が変わります(昭和29年1月8日) 昭和29年1月8日の岩手日日より。 千葉県野田市に本社のあるキッコーマン醤油は、その商品である醤油の値段が変わったことを、広告に掲載している。 このような感じで、全国の新聞に掲載したのだろうか。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 6 1月 1954 ある老母虐待に関する噂話(昭和29年1月6日) 昭和29年1月6日の岩手日日より。 「世相の窓」と言うシリーズものの囲み記事なのだが、もはやこれはもう単なる町の噂ではないかと言う下世話なものが載っている。 あるところで、長男が老いた母を虐待死させてしまったのだと言う。 年老いて体が不自由になった老いた母に、満足な面倒を見ず、部屋に軟禁して食事すら… 続きを読む
i一関・西磐井郡 5 1月 1954 一関〜花泉の市外電話も「出んわ」解消へ(昭和29年1月5日) 昭和29年1月5日の岩手日日より。 一関周辺の市外電話は非常に回線不足に悩んでいたと言う。 一関から千厩の電話回線はこれまで3回線であったところ新たに3回線を増設しているところであると言う。 また、千厩から摺沢の電話回線も倍にする計画であると言う。 また、西磐井郡の北上川流域の地方の各村では、一関か… 続きを読む
i一関・西磐井郡 5 1月 1954 発情期のネズミは毒団子を食べません(昭和29年1月5日) 昭和29年1月5日の岩手日日より。 一関市内のある民区のこと。 旧臘12月15〜25日までの間をネズミ退治期間中としており、約3000個の毒団子を作っていたのだと言う。 ところが、そのうち食べられたのは30個であり、死骸はたった20匹位であったと言う。 この時、ネズミを発情期にあたり、ものを食べなく… 続きを読む
i一関・西磐井郡 3 1月 1954 一関・新星劇場で「犯罪都市」を公開(S29.1.3岩手日日) 昭和29年1月3日の「岩手日日」をめくっていると、一関の街に流れていた当時の熱気がそのまま立ち上がってくるような、一枚の映画案内に出会いました。一関・新星劇場。この場所はかつて、地元の世嬉の一酒造の倉庫を改修して作られた映画館で、あの中学生時代の井上ひさし氏が切符切りのアルバイトをしていた場所として… 続きを読む
i一関・西磐井郡 1 1月 1954 一関市内の精肉店でも初売り(昭和29年1月1日) 昭和29年1月1日の岩手日日より。 一関市内の精肉店「加根利」では、初春の大売り出しをやっている。 それぞれの価格は、100グラムあたりだろうか。 それとも、メートル法の施行前だけに、「匁」単位になるだろうか。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 1 1月 1954 一関市内の呉服店も初売り(S29.1.1岩手日日) 昭和29年元旦の岩手日日に掲載された相川屋の広告には、戦後の混乱から立ち上がり、新しい時代へと向かう当時の暮らしぶりが凝縮されています。まず目を引くのは、商品の分量を表す単位の混在です。和服一着分を基準とする伝統的な反という単位と、ヤード・ポンド法に基づいた碼(ヤール)という単位が同じ紙面に並んでい… 続きを読む
i一関・西磐井郡 1 1月 1954 漫画「ウマ年の初荷」(S29.1.1岩手日日) 昭和29年元旦の岩手日日新聞に掲載されたこの漫画は、トラクターや軽トラックが普及する前の岩手において、馬がどれほど身近で大切な存在だったかを今に伝えています。 物語は午年を迎えた一頭の馬が、今年は自分の年だと意気込むところから始まります。最初は正月らしくのんびり遊ぼうと考えていた馬くんですが、近所の… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 16 12月 1953 へき地教育の過酷な現実 昭和28年12月16日の読売新聞では、全国のへき地教育の過酷な実態を報じている。 降水で丸木橋が渡れなくなると荷物用のケーブルで通学する(群馬県中里中) 山道が険しいので冬季の通学は部落民が交代で提灯を持っていく(岐阜県) 通学路は波が引いたときに数百メートルを命がけで走る(青森県脇野沢村) 子供が… 続きを読む
l全県 3 12月 1953 官公庁ゼネスト状態(S28.12.3岩手日報) 昭和28年12月3日の岩手日報の紙面状況を詳細に確認すると、これは実態として「官公庁によるゼネスト(総同盟罷業)」と言って差し支えない状態です。 Screenshot 当時の記事には、全官公(全国官公労働組合協議会)による年末攻勢が最高潮に達し、鉄道、通信、現業部門が同時に実力行使に踏み切っている様… 続きを読む
l全県 3 12月 1953 全国的な国鉄ストは岩手でも急行「北斗」「北上」「みちのく」に影響(S28.12.3岩手日報) 昭和二十八年十二月三日の岩手日報の紙面を広げると、そこには戦後日本の進むべき道を巡る激しい熱気が記録されています。当時の社会を最も大きく揺るがしていたのは、国鉄労働組合による大規模な闘争でした。紙面には、東海道線がマヒ状態に陥り、千本を超える列車が運休し、東北本線の急行北斗も遅延を余儀なくされたとい… 続きを読む
m県外・参考 2 12月 1953 シベリア抑留からの帰還者が興安丸で帰国(S28.12.2岩手日報) シベリア抑留から帰ってきた帰還者が舞鶴に一歩を記す。 特段、県人が何名とかそうした情報はない。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 12月 1953 釜石では魚の加工施設が不足(S28.12.1岩手日報) 釜石は製鉄の街であるとともに水産都市であるが、魚の加工施設が少ないことが問題になっていたようである。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 12月 1953 中央バスの青山町線・上田線が臨時増発(S28.12.1岩手日報) 岩手中央バスの上田線と青山町線が増発するという。 当時の上田線は馬町〜競馬場前(現在の岩大のあたりに黄金競馬場があった)、青山町線は馬町〜青山町。 当時は盛岡バスセンターはなく、また、営業所は松園ではなく上田、滝沢ではなく青山町にあった時代。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 12月 1953 「ラジオ岩手」が近く試験放送(S28.12.1岩手日報) この年の12月末に本放送の開始を予定していラジオ岩手が、4日にでも試験放送を開始するという。… 続きを読む