e釜石・遠野・上閉伊郡 5 5月 1961 水沢一高の隻腕投手(昭和41年5月5日) 昭和41年5月5日の岩手東海新聞より。 釜石で行われた県選抜高校野球大会では、水沢一高から隻腕投手が出て活躍したという。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 3月 1961 岩手日報社が全焼(S36.3.31岩手東海新聞) 盛岡の岩手日報社がストーブの過熱が疑われる状況で全焼したという。 それで、社屋機能を盛岡商工会館に移して再開したという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 28 3月 1961 定年退職する校長たち(S36.3.28岩手東海新聞) 3月は人事異動のシーズン。 また、定年退職のシーズンでもある。 そこで、定年退職となる釜石市内の校長にインタビューした記事。 小佐野中学校・大渡小学校・釜石商業高校。 ところで、釜石商業の校長は初任地が金沢二中であったという。かなりの全国転勤であったようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 27 3月 1961 釜石港も真冬に逆戻り(S36.3.27岩手東海新聞) この時期、春の陽気だったのが一転して3月27日には雪が降ったという。 日本の東海上には低気圧が発達していた。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 24 3月 1961 釜石の橋上マーケットがいよいよいよいよ3周年(S36.3.24岩手東海新聞) 昭和33年4月1日にオープンした釜石の橋上市場も、3周年を迎えるという記事。 当時は「橋上マーケット」と呼んでいたようだ。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 1 3月 1961 宮古の漁船が小笠原諸島・父島に緊急入域(S36.3.1岩手東海新聞) 硫黄島沖で操業していたものが船員の怪我で急遽父島に入れて欲しいと。 ちなみに、当時は小笠原諸島はアメリカ占領下。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 1月 1961 岩手にも国内最高齢者がいた(S36.1.1岩手東海新聞) 岩手県にも国内最高齢者はいた。 それが釜石市の中村重兵衛氏で、嘉永5年(1852年)生まれで、この年108歳であったという。 ちなみにこの時点では国内最高齢ではなく、国内最高齢であったのは昭和39年〜昭和44年のこと。 それでも男性としては国内最高齢であっただけに、長寿の秘訣などをインタビューされて… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 1月 1961 釜石にも進学専門の強力高校を!(S36.1.1岩手東海新聞) 昭和36年を迎え、釜石市内の児童・生徒たちが座談会を開いている。 やはり当時からも受験というのは重いテーマだったようだ。 県都・盛岡にある盛岡一高は「予備校化」と評価されている。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 1月 1961 親たちの抱負「小児麻痺よ去れ」(S36.1.1岩手東海新聞) 前年の昭和35年は小児麻痺の嵐が吹き荒れた。 東北地方は真空地帯であったというが、この年は油断ができないということで親たちの抱負。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 1 1月 1961 東北ベスト4まで導いた宮古校の野球部長「根性を叩き直せ」(S36.1.1岩手東海新聞) 宮古高校を東北ベスト4(何の大会で?)まで導いたという野球部長が新春に釜石の球児たちに贈る談話。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 23 9月 1960 大槌で恒例の馬市開催(S35.9.23岩手東海新聞) 大槌町では馬市が恒例であったという。 トラクターが発達する前は、農耕には欠かせない動力であった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 23 9月 1960 釜石高校は県内一の老朽校舎(S35.9.23岩手東海新聞) 釜石高校の校舎は戦時中に建てられ、県内一の老朽校舎であったという。 それで高校を2つにしてはどうかという案も浮上していた。 (結局、その後釜石北高が開港するわけだが)… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 22 9月 1960 釜石・錦館で「南海の狼火」「男対男」を上映(S35.9.22岩手東海新聞) 釜石・錦館では「南海の狼火」「男対男」を公開する。 「南海の狼火」は昭和35年9月3日公開の日活作品。 出演は小林旭・宍戸錠・浅丘ルリ子・堀恭子など。 「男対男」は昭和35年8月14日初公開の東宝作品。 出演は三船敏郎・池部良・志村喬・加山雄三・白川由美など。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 22 9月 1960 ポリオ禍は釜石にも(S35.9.22岩手東海新聞) 昭和35年は全国的にポリオで子供たちが苦しんだ年であった。 釜石でもその惨状を報じている。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 21 9月 1960 釜石市長が訪欧に旅立つ(S35.9.21岩手東海新聞) イスラエルのテルアビブで開催されるという国際市長会議に、日本の市長代表で釜石市の鈴木東民市長が行くことになったという。 それで釜石駅で盛大にお見送り。 ディーゼルカーは準急色のキハ55だろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 21 9月 1960 釜石で中国文化産業展(S35.9.21岩手東海新聞) 釜石で、中国文化産業展が開催された。 観客の中には「中国の社会主義の発展には目を見張るものがある」と言わしめる者まであり盛況だったようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 9月 1960 釜石駅前に蔓延る放置自転車(S35.9.8岩手東海新聞) この時期、釜石駅前では放置自転車が蔓延していたようだ。 また、釜石には鉄道病院もあった模様。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 9月 1960 釜石・国際劇場で「酒と女と槍」「千両小判」「突進太郎」を上映(S35.9.8岩手東海新聞) 上映期間:1960年9月9日〜13日 戦後の映画黄金時代、釜石の街に賑わいをもたらしていた国際劇場では、この9月、東映作品による豪華三本立てが上映されました。時代劇から現代青春コメディまで、娯楽要素満載のプログラムをご紹介します。 酒と女と槍 公開日:1960年6月5日 製作・配給:東映 監督:内田… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 8 9月 1960 宮古市役所前の道路がコンクリート舗装(S35.9.8岩手東海新聞) 宮古一の「悪路」と言われていた宮古市役所〜岩手銀行宮古支店の前の道路がコンクリート舗装されることになったというニュース。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 9月 1960 釜石・錦館で「流血の谷」公開(S35.9.7岩手東海新聞) 9月7日から釜石・錦館で「流血の谷」を公開するという。 日本での初公開は昭和35年9月4日であるというので、割とすぐに公開されたことになる。 やはりこの当時の釜石の勢いだったのだろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 9月 1960 釜石青果市場の市況(S35.9.5岩手東海新聞) 釜石青果市場の市況は、以下のようになっていた。 きゅうりは栗林から、大根やキャベツは遠野から届いていたようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 9月 1960 釜石かつぎ屋事情(S35.9.1岩手東海新聞) 「釜石残酷物語」としてシリーズものになっていた、釜石の下層生活の一端を物語る話。 この頃の担ぎ屋は、遠野あたりの農村地帯から来ていたようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 9月 1960 チリ地震津波後初めての防災の日(S35.9.1岩手東海新聞) この年の5月24日、チリ地震津波が襲来。 関東大震災から37年目の「防災の日」は、津波被害を改めて考える年となった。 それで、釜石市などの防災担当者に、津波対策を聞いている。… 続きを読む