b二戸・二戸郡 5 5月 1956 福岡(二戸)で花見帰りのバスが崖から転落(S31.5.5岩手日報) 九戸村戸田部落の青年会を乗せた県北バスが、福岡町で転落したという。 奇跡的に死者はいなかったようだ。… 続きを読む
c久慈・九戸郡 1 5月 1956 山形村・小国小の子供達に地元民が楽器寄付(S31.5.1岩手日報) 山形村の小国小学校の子どもたちに、地元民が楽器を寄付したという話。 子どもたちは「山びこ楽団」としてお礼の演奏会を開きたいと言っている。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 25 4月 1956 高校野球春の布陣(沼宮内高校・橘高校)(S31.4.25岩手日報) 春の高校野球県大会に挑むチーム紹介。 今回は沼宮内高校と橘高校。 橘高校とは令和6年現在の江南義塾盛岡高校。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 24 4月 1956 八甲田山死の行軍の生き残りの大工が厚生大臣表彰(S31.4.24岩手日報) 明治35年の「八甲田山死の行軍」で吹雪に見舞われながらも、両手の指と両足を失いながらも生き残った大工が厚生大臣表彰されることになったという。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 23 4月 1956 盛岡の2大デパートの広告の定位置(S31.4.23岩手日報) 当時の盛岡の2大デパートは川徳と松屋であったが。岩手日報における広告の位置は決まっていた。 この時は松屋が大処分市、川徳がさくらまつりで大売り出し。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 23 4月 1956 IBC歌うこども大会は大盛況(S31.4.23岩手日報) 4月22日に岩手県公会堂で行われた、「IBC歌うこども大会」は大盛況だったようだ。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 23 4月 1956 北洋サケ・マス独航船が釜石や宮古を出発(S31.4.23岩手日報) この時期、ソ連が北洋漁業に関して制限を設けるなど、北洋漁業は緊迫した情勢になっていた。 そのような中を、釜石港や宮古港からサケ・マスの独航船が次々と悲壮な覚悟で出発をしていった。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 23 4月 1956 県内各地でお花見ムード(S31.4.23岩手日報) 県内各地では花見ムードとなった。 盛岡では桜の名所・高松の池でお花見、一関では桜まつりが開催された。 … 続きを読む
m県外・参考 23 4月 1956 北朝鮮からの帰国船「こじま」舞鶴港に到着(S31.4.23岩手日報) 戦争が終わって11年、大陸からの帰国者はまだ全て帰還できたわけではなかった。 北朝鮮からの帰国船「こじま」が舞鶴に到着し、それぞれの故郷に旅立っていったというニュース。 ここには、岩手県関係者がいるかどうかは書いていない。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 21 4月 1956 県内の漁港からカムチャッカへの北洋独航船出発(S31.4.21岩手日報) 日ソ漁業交渉の方向性がわからない時期であったが、カムチャッカの沖合へ北洋独航船が県内の漁港からも出発。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 21 4月 1956 盛岡・国民劇場で「オズの魔法使」「ロメオとジュリエット物語」上映(S31.4.21岩手日報) 「洋画の国劇」として知られた盛岡・紺屋町の国民劇場では「オズの魔法使」「ロメオとジュリエット物語」を上映するという。 「今日か明日必ずお母さんに連れていってもらいましょうね」といったあたりが、当時の映画がどのような位置付けだったかというのが見てとれる。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 21 4月 1956 ラジオ岩手「春のIBCまつり 歌うこども大会」(S31.4.21岩手日報) ラジオ岩手(現在のIBC岩手放送)では、「春のIBC祭り 歌うこども大会」を22日に岩手県公会堂で行うという。 写真の3人のうち、近藤圭子・伴久美子は、ウィキペディアにも単独項目があるほど有名な童謡歌手。 … 続きを読む
f花巻・稗貫郡 20 4月 1956 花巻と水沢に私立高校誕生(S31.4.20岩手日報) 花巻と水沢に私立高校が誕生する。 それは「花巻商業高校」と「水沢女子高校」である。 両校とも令和6年現在現存し、それぞれ花巻東高校と水沢第一高校となっている。 そう、大谷翔平を生み出したあの花巻東高校は、この時に誕生したのである。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 20 4月 1956 一関にはびこる不良飲料水「三連球ボンボン」を回収せよ(S31.4.20岩手日報) この頃、一関では、風船に甘い水を入れただけの不衛生な甘味飲料「三連球ボンボン」というのがはびこっていたのだと言う。 一関保健所ではこれを問題視して、回収することを厳命したのであった。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 23 2月 1956 3月からの八戸線ダイヤ(昭和31年2月23日) 昭和31年2月23日のデーリー東北より。 この年の3月からの八戸線のダイヤを掲載している。 八戸線は線形が平坦で、早くからガソリンカーが導入されていた。 … 続きを読む
b二戸・二戸郡 10 2月 1956 岩手〜青森を結ぶ一級国道4号線が50日ぶりに開通(S31.2.10デーリー東北) 青森と岩手、いや外界を結ぶ国道4号線が積雪で閉ざされていたところ50日ぶりに開通したらしい。… 続きを読む
c久慈・九戸郡 8 2月 1956 久慈職安に待望の求人(S31.2.8デーリー東北) 久慈職安ではサンドイッチマンまで出して求人を募っていたが、その甲斐あって各企業が求人を出すようになったという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 2月 1956 紫波郡では天然氷切り出しの最盛期(昭和31年2月4日) 昭和31年2月4日の河北新報岩手版より。 紫波郡は天然氷の産地であったが、その積み出しに大忙しであった。 ただ、三陸地方が不漁であること、人造氷に押されて苦しかったようではある。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 2月 1956 釜石製鉄所の運動部がトレーニング開始(昭和31年2月4日) 昭和31年2月4日の河北新報岩手版より。 岩手県の実業団スポーツの雄と言うと、なんといっても釜石製鉄所だった。 その釜石製鉄所の各運動部がトレーニングを開始することとなった。 水泳では、鈴子に温水プールがあった。 … 続きを読む
l全県 4 2月 1956 公立高校の授業料を500円から600円に(昭和31年2月4日) 昭和31年2月4日の河北新報岩手版より。 岩手県教育委員会は、公立高校の授業料を500円から600円に値上げして、設備費用に充てることとした。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 2月 1956 釜石市役所の立春(昭和31年2月4日) 昭和31年2月4日の河北新報より。 翌日に立春を控えた釜石市役所の表情。 昼休みに、職員たちがバレーボールに興じている。 … 続きを読む