いわて昭和史

公労協のストに県民大迷惑(S50.11.26) l全県

公労協のストに県民大迷惑(S50.11.26)

昭和50年11月26日から始まった公労協のストライキは、最終的に192時間に及ぶ長期ストとなり、県内の交通や郵便に大きな混乱をもたらした。高校では遠距離通学者の大量欠席が相次ぎ、観光地や商店街の経済にも深刻な影響を与えた。 ストの目的は、公務員のスト権奪還だったが、政府の強硬な姿勢により成果を得られ…
種市に火力発電所計画(S50.8.14) c久慈・九戸郡

種市に火力発電所計画(S50.8.14)

昭和50年8月14日、東北電力は岩手県九戸郡種市町有家地区に火力発電所を建設する計画を発表した。県内の電力供給不足や東北新幹線の建設による電力需要の増加を背景に、燃料の受け入れが可能な海岸、強固な地盤、豊富な水源、国立公園外であることなどを立地条件として選定した。発電所は段階的に建設され、最初に発電…
国鉄盛岡工事局が新幹線用地の権利取得申請(S50.5.31) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄盛岡工事局が新幹線用地の権利取得申請(S50.5.31)

東北新幹線と東北自動車道の予算が据え置かれたため、開業が遅れる見通しが強まっています。特に東北新幹線は、人件費や資材の高騰により、実質的な工事量が大きく減少し、当初予定の5年以内の開業が2年以上遅れることが確実となりました。政府の予算抑制により、工事費が高騰し、資材も不足しています。用地買収が進んで…
全日空雫石事故で自衛官に厳しい判決(S50.3.1) a盛岡・岩手郡・紫波郡

全日空雫石事故で自衛官に厳しい判決(S50.3.1)

1971年に発生した全日空機と自衛隊機の空中衝突事故について、1975年3月1日に盛岡地裁で判決が言い渡されました。この事故では全日空機に乗っていた162人が死亡し、被告の航空自衛隊員・隈太茂津一尉と市川良美二曹が業務上過失致死で起訴されました。裁判では、事故の責任が自衛隊側か全日空側にあるのかが争…
国民春闘の岩手県内の状況(S49.5.31) l全県

国民春闘の岩手県内の状況(S49.5.31)

1974年に行われた「国民春闘」は、賃上げ要求や労働時間短縮、インフレ抑制を中心に大規模な労働争議が全国で展開されたものです。この春闘には約930万人の労働者が参加し、労働組合の80%がこの時期に賃上げ交渉を行いました。春闘共闘委員会は「国民的要求を前面に出す」として「悪性インフレ阻止」をスローガン…
田野畑〜普代にシーサイドライン開通(S49.4.1) d宮古・下閉伊郡

田野畑〜普代にシーサイドライン開通(S49.4.1)

昭和49年4月1日、岩手県下閉伊郡田野畑村明戸と普代村太田名部を結ぶ観光有料道路「シーサイドライン」が開通し、同月25日には千田知事らが出席して盛大な開通式が行われた。この道路は、田野畑村北山崎から普代村までの男性的で荒々しい断崖の海岸美を生かし、観光ルートとして整備されたもので、県内では八幡平、小…
旱魃や豪雪で農作物に被害(S49.3.31) l全県

旱魃や豪雪で農作物に被害(S49.3.31)

昭和48年6月下旬から始まった干ばつは、岩手県に大きな被害をもたらした。農作物の被害面積は約4万9800ヘクタール、被害額は約69億6000万円と見積もられ、水稲、牧草、野菜などが特に影響を受けた。被害率はホップが55.3%、牧草47.6%、野菜43.1%と高く、水稲の被害額は約29億7200万円に…
屋敷台中学校(松尾村)・鵜住居小学校室浜分校(釜石市)閉校式 a盛岡・岩手郡・紫波郡

屋敷台中学校(松尾村)・鵜住居小学校室浜分校(釜石市)閉校式

IBCの「いわてアーカイブの旅」より。 https://youtu.be/j8_HaA1U06g 昭和49年の内容はもう映像に譲るとして、ここでは個人的な感想や思い出話を。 屋敷台といえば松尾鉱山鉄道の終着駅でもあるので、松尾鉱山だとすぐ分かったが、確か鉱山自体は昭和40年代の前半に閉山したはず。 …
県民会館で県民による「第九」演奏会(S49.3.2) a盛岡・岩手郡・紫波郡

県民会館で県民による「第九」演奏会(S49.3.2)

昭和49年3月2日夜、盛岡市の県民会館大ホールで、県民オーケストラと一般公募の「第九を歌う会」によるベートーベン「第九」の演奏会が開かれた。会場は満席となり、合唱団260人、オーケストラ90人による迫力ある演奏は、聴衆に深い感動を与え、「音楽を聴いて初めて涙が出た」といった声も聞かれた。 県民オーケ…
都南週末処理場問題(S49.2.11) a盛岡・岩手郡・紫波郡

都南週末処理場問題(S49.2.11)

盛岡地区広域下水道事業の終末処理場建設は、紫波郡都南村東見前地区に計画されていたが、地権者の強い反対により用地取得が困難となっていた。処理場の建設予定地は、肥沃な農地であり、地権者たちは農業経営の破綻や生活基盤の喪失、地域発展の妨げなどを懸念し、強硬に反対していた。地権者たちは「終末処理場建設反対見…
県に「物価Gメン」発足(S49.2.1) b経済・産業

県に「物価Gメン」発足(S49.2.1)

昭和48年10月17日、中東戦争を契機にアラブ産油国が原油生産制限と輸出削減を決定し、日本は友好国と見なされず25%の削減を通告されました。石油に大きく依存していた日本経済は混乱に陥り、家庭や産業で灯油やガソリン、石油化学製品の不足が深刻化しました。昭和49年1月16日には電力使用制限が発動され、公…