b二戸・二戸郡 19 12月 1967 折爪岳に展望台(S42.12.19デーリー東北) 昭和42年12月19日付のデーリー東北には、当時の二戸郡福岡町が整備を進めていた折爪岳の観光展望台が完成したというニュースが大きく報じられていました。標高852メートルの山頂に完成したこの展望台は、高さ7.5メートルの鉄筋コンクリート製で、外側にらせん状の階段を備えた円柱型のモダンな外観が特徴です。… 続きを読む
c久慈・九戸郡 17 12月 1967 父ちゃんが出稼ぎから戻ってくる(S42.12.17デーリー東北) 昭和42年12月17日のデーリー東北という一枚の紙面から立ち上がってくるのは、現代の感覚とは大きく異なる、熱を帯びた東北の冬の光景です。紙面の中心で踊る「とうちゃんが戻った」という見出しは、当時の久慈や九戸地方において、出稼ぎからの帰郷がいかに地域全体を揺り動かす大きなイベントであったかを物語ってい… 続きを読む
b二戸・二戸郡 16 12月 1967 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを町内に配り続けた人(S42.12.16デーリー東北) 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを6年間に渡り配り続けた人が話題に。 … 続きを読む
l全県 13 12月 1967 岩手国体決定の裏で八戸冬季国体を辞退(S42.12.13デーリー東北) この時期、昭和45年に岩手国体を開始することが決まったようだ。 その一方で、八戸国体を辞退していた模様。 八戸の地元紙であるデーリー東北では準備に差があったのではないかと総括している。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 12 12月 1967 盛岡のキャバレー「ソシュウ」に東海林太郎が!(S42.12.12岩手日報) 【昭和レトロ】盛岡・中央通に「直立不動の歌声」が響いた日。 先日、昭和42年(1967年)12月12日付の岩手日報の切り抜きを手にしました。 そこには、今では想像もつかないような、豪華でエネルギッシュな盛岡の夜の記録が刻まれていました。 Screenshot 主役は、かつて盛岡の中央通にあった伝説の… 続きを読む
c久慈・九戸郡 12 12月 1967 久慈地区にし尿処理場を(S42.12.12デーリー東北) 九戸地区結核予防組合は九戸地区保健衛生組合と名を変えて、し尿処理場を建設しようという運びになった。… 続きを読む
b二戸・二戸郡 10 12月 1967 久慈に中越パルプが進出?(S42.12.10デーリー東北) 久慈に中越パルプの工場が進出するかもしれないが、そのためには港湾整備が必要という条件。 また、下には小さく一戸町で戦没者慰霊法要が行われた旨の報道。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 9 12月 1967 「粗酒粗肴」なんて造り酒屋に失礼だ(昭和42年12月9日) 昭和42年12月9日のデーリー東北より。 岩手県内では、11月21日から県産酒愛用運動が実施されていた。 久慈ロータリークラブ例会に現れた、岩手県酒卸支店長は、 「各種宴会の挨拶によくある、本日は粗酒粗肴で何もありませんが酒だけはたっぷり用意してありますといった表現は、真剣に酒を作っている私どもにと… 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 種市でかんぼう(干しアワビ)作り始まる(昭和42年12月6日) 昭和42年12月6日のデーリー東北より。 岩手県のアワビは、11月1日から解禁になったが、種市町小子内では、この年も乾鮑(かんぼう)作りが始まった。 乾鮑(かんぼう)は、貝殻からはがしたアワビを塩漬けにして、水洗いをして、大きな釜で煮てから40日間ほど天日乾燥して作るものであり、主に香港に輸出されて… 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日) 昭和42年12月9日のデーリー東北より。 久慈市は、市勢ニュースを公募していたが、応募総数が142通あり、12月6日の久慈市広報委員会で以下の通りに決まった。 2年連続豪雨災害 川崎製鉄久慈工場閉鎖 岩手国体の柔道会場に決定 久慈中学校や久慈高校の野球部が善戦 久慈市役所の機構改正 &… 続きを読む
b二戸・二戸郡 6 12月 1967 福岡(二戸)・大作神社の修築に奉賛会発足(昭和42年12月6日) 昭和42年12月9日の『デーリー東北』紙は、二戸郡福岡町(現・二戸市)にある大作神社の修築を目的とした奉賛会が12月6日に発足したことを報じている。この神社は、盛岡藩士・相馬大作(本名・下斗米将真)を祀るもので、会場となった福岡町中央公民館には町内外の関係者が集い、老朽化した社殿を後世に伝えるべく修… 続きを読む
b二戸・二戸郡 6 12月 1967 一戸や軽米でスリップ事故続出(S42.12.6デーリー東北) 昭和42年12月6日の『デーリー東北』紙によれば、同年12月5日の早朝、青森県境に近い岩手県北部で凍結した国道4号線を中心に、スリップ事故が相次いだ。 特に深刻だったのは、一戸町小繋から中山にかけての約4キロの区間。午前4時から9時半のあいだに、なんと6件もの事故が連続して発生し、現場は騒然となった… 続きを読む
g北上・和賀郡 5 12月 1967 和賀地方のイイズシ中毒調査(S42.12.5岩手日報) 岩手県内陸部では、発酵したイイズシ(飯寿司)でボツリヌス菌中毒になることが多かったようで、県が調査に乗り出すと。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 4 12月 1967 サケ川開きは大槌川で大漁、織笠川で不漁(S42.12.4岩手日報) サケの川開きが各地で行われたが、大槌川が大漁であるのに対し、織笠川は不漁であったという。… 続きを読む
c久慈・九戸郡 3 12月 1967 玉山村の幼児餓死事件で久慈の専門学校生が地蔵建立のために寄付(昭和42年12月3日) 昭和42年12月4日のデーリー東北より。 この前の月、玉山村で幼い姉妹が父親に置き去りにされて餓死したと言う痛ましい事件が発生した。 この事件は、全国的な反響を呼んだが、久慈市の久慈文化服装学園の生徒会では、玉山村の村長に当てて「死んだ2人の子供のお地蔵さんを立ててやってください」と4300円を送っ… 続きを読む
l全県 3 12月 1967 読者が決める昭和42年の岩手の10大ニュースは?(S42.12.3岩手日報) 昭和42年も12月に入り、10大ニュースを募る時期となっていた。 それで、11月までの主だったニュースを列挙している。 … 続きを読む
b二戸・二戸郡 2 12月 1967 福岡町(二戸)から北海道の虻田に出稼ぎに行っていた女性が帰郷(S42.12.2デーリー東北) 昭和42年12月2日の『デーリー東北』より、印象的な出稼ぎ女性たちの帰郷を報じた記事をご紹介します。 かつての出稼ぎというと、首都圏の建設現場や工場へ向かう男性労働者の姿がまず思い浮かびます。しかし昭和40年代の東北では、それだけにとどまらない、もう一つの出稼ぎのかたちがありました。 それが、東北の… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 12月 1967 「お遊び上手は出世の早道」(S42.12.1岩手日報) 広告欄より。 かつての繁華街・八幡町に近い松尾町のクラブの広告。 「お遊び上手は出世の早道」という惹句でサラリーマンを志向している。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 12月 1967 盛岡でスモッグ!?(S42.12.1岩手日報) 11月30日の昼過ぎ、盛岡の空は暗くなり、アーケード街には街灯がつく始末。 もしかして東京や大阪で話題になってるスモッグ!? 盛岡地方気象台によれば、厚い雲がかかって日光が遮られたためと解説していた。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 12月 1967 お歳暮は川徳デパートで!(S42.12.1岩手日報) 歳末となり、お歳暮のシーズンとなったのでデパートもお歳暮商戦である。 それで、盛岡の川徳デパートも広告を打っていた。 … 続きを読む
l全県 1 12月 1967 転機に立つ岩手の開拓農業(S42.12.1岩手日報) 戦後、岩手県内では各地に開拓農業の入植がなされたが、この時期になると跡継ぎがいないなど岐路に立たされていた。 それもそのはずで、それまで耕地に適していなかったところまで入植して、生活は貧困であり、若い人も都会に出るばかりだったわけである。 … 続きを読む
f花巻・稗貫郡 30 11月 1967 二枚橋駅の狭隘化(S42.11.30岩手日報) 35年前(昭和7年?)の基準だったからであると。 ちなみに、花巻農業高校が移転を控えていた時期らしい。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 29 11月 1967 Xマスケーキは一関・ライオンベーカリーで!(S42.11.29岩手報知) 1967年(昭和42年)11月29日の『岩手報知』に、一関にある「ライオンベーカリー」のクリスマスケーキ広告が掲載されていました。 「Xマスケーキはぜひ専門店ライオンベーカリーへ!」と大きく書かれ、価格は400円〜2000円。当時としては高級な部類に入るケーキだったと思われます。 イラストは、ユーモ… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 28 11月 1967 羽田〜花巻便を冬季休航!?(S42.11.28岩手日報) 羽田〜花巻便が開通して3年が経過していた。 そこへ、日本国内航空が「機材が不足しているので2月〜3月を休航させてほしい」ときた。 これに対し、県は「地方便の軽視だ」と反対の構えであった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 28 11月 1967 釜石・国際劇場で「なつかしき笛や太鼓」を公開!(S42.11.28岩手東海新聞) 昭和42年11月28日の岩手東海新聞より。 釜石・大町の国際劇場では、東宝創立35周年記念映画「なつかしき笛や太鼓」が上映された。 本作は1967年(昭和42年)9月30日に公開された東宝作品で、監督は木下恵介。彼ならではの抒情と人間味あふれる演出で、少年の成長とそれを見守る青年教師の姿を描く感動作… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 28 11月 1967 釜石・新浜町にも白ポスト(昭和42年11月28日) 昭和42年11月28日の岩手東海新聞より。 釜石市内の篤志家が新浜町に白ポストを寄付という美談。 … 続きを読む