c久慈・九戸郡 2月 23日 1956 3月からの八戸線ダイヤ(昭和31年2月23日) 昭和31年2月23日のデーリー東北より。 この年の3月からの八戸線のダイヤを掲載している。 八戸線は線形が平坦で、早くからガソリンカーが導入されていた。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 2月 12日 1956 宮古の公益質屋は残念な大繁盛(昭和31年2月12日) 昭和31年2月12日の河北新報岩手版より。 宮古市の公益質屋は、この時期、悲しいことに大繁盛していた。 お客様は、漁閑期に入った零細漁民や日雇い労働者であった。 また、秋のスルメ漁の不漁もこのことに輪をかけた。 質草は、服が多かったと言う。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 2月 10日 1956 教室が寒すぎてクラスの半数が風邪に 昭和31年2月10日の岩手日報では、あまりの老朽校舎に教室を公民館に移転したものの、隙間風が寒すぎてクラスの半分が風邪をひく事態になったことを報じている。 このニュースは、現在は奥州市となっている胆沢郡前沢町の生母小学校母体分校。 築50年以上になるというので、1900年頃つまり明治30年代に建築さ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2月 10日 1956 岩大附属小学校は狭き門 昭和31年度の岩手大学附属小学校の入学試験は、降りしきる雪の中を2月10日に行われた。 定員80名に対し、男子90名、女子75名で約2倍の競争率。 科目は知能検査、運動機能、音感など10科目であったという。 当の子供以上に、付き添っている親の方が心配であったようだ。 結果は、12日に通知されるとのこ… 続きを読む
b二戸・二戸郡 2月 10日 1956 軽米町で国鉄バスをいたずらで運転したら農家に突っ込む(昭和31年2月10日) 昭和31年2月11日の河北新報岩手版より。 2月10日の午前8時40分ごろ、軽米町晴山の県道で、北福岡への折り返し待ちの国鉄バスを、福岡町内の靴屋の28歳の男がいたずらで運転したら、誤って農家に突っ込みバスの前面と農家の縁側を壊した。 被害額は24,000円と言うことであった。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2月 10日 1956 公立高校の授業料値上げ反対運動 昭和31年2月10日の岩手日報では、公立高校の授業料値上げ反対の運動を、盛岡一高の生徒会が提唱して各校で行っていることを報じている。 いわく、年間6,000円から7,200円に値上げすることに対して「向学心を阻む」などの理由で反対し、各高校で署名を行い、これを県教組を通じ県教委に上げるということであ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2月 9日 1956 水沢ではこの冬最低の零下15.6度! 前沢の生母小学校母体分校で寒さに震える児童の半数が風邪をひいたという記事の隣にあったニュース。 昭和31年2月9日の朝、県内各地では猛烈な寒気に見舞われた。 盛岡では-12.2℃でで例年より5.6℃も低い。 水道が凍って水が出ないという主婦からの助けを求める電話が100件以上あったという。 盛岡測候… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 2月 9日 1956 大船渡で「軽貫炭」撲滅のために抜き打ち検査(昭和31年2月9日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 この当時、俵の中身をわざと軽く細工して出荷する「軽貫炭」と言うのが問題になっていたようである。 つまり「かさ増し」と言うことであろう。 また、貫目スレスレのものを出荷する業者もあったのだと言う。 このことは、大消費地である京浜地区で不評を買っており、岩手の木… 続きを読む
m県外・参考 2月 9日 1956 仙台・丸光で旧正月の大売出し(昭和31年2月9日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 いかに大都会仙台でも旧正月の方がお祝いだったようである。 当時の物価にも注目。 … 続きを読む
m県外・参考 2月 9日 1956 仙台・長崎屋のカステラ(昭和31年2月9日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 岩手版ではあるのだが広告欄は仙台ばかり。 これは仙台市東三番丁の長崎屋のカステラ。 個人的に汽車絵が可愛いので、Twitterアイコンにすることにした。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 2月 8日 1956 久慈職安に待望の求人(S31.2.8デーリー東北) 久慈職安ではサンドイッチマンまで出して求人を募っていたが、その甲斐あって各企業が求人を出すようになったという。 … 続きを読む
f花巻・稗貫郡 2月 8日 1956 宮沢賢治が設計した花壇の設計図(昭和31年2月8日) 昭和31年2月8日の河北新報では、「宮沢賢治が設計した花壇の設計図が発見された」というニュースが報じられている。 そもそも、宮沢賢治は詩や小説を専業にしていたわけではなく、盛岡高等農業学校(現:岩手大学農学部)を卒業してからは花巻農学校(現:花巻農業高校)の教員や、東北砕石工場の技師を務めたりもして… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2月 8日 1956 盛岡文化服装学園と久保学園高校が合同で針供養(昭和31年2月8日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 盛岡文化服装学院と久保学園高校は合同で「針供養」を行った。 会場となった盛岡文化服装学園の講堂では、祭壇が設けられ、和尚さんの読経で供養の儀式が行われた。 これが終わってから、音楽会を開催し楽しい1日を過ごしたと言う。 文化服装学園か久保高かわからないが、生… 続きを読む
m県外・参考 2月 7日 1956 仙台三越では旧正月の大売り出し(昭和31年2月7日) 昭和31年2月7日の河北新報岩手版より。 岩手版とは言っても、河北新報なので広告欄は仙台のものとなっている。 仙台三越では、旧正月の大売り出しをやると言う。 旧正月が生活に根付いてるあたり、東北地方は同郷国であると言う印象が深い。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2月 7日 1956 釜石線でヤミ米55俵を押収(昭和31年2月7日) 釜石警察署は、陸中大橋駅で7:10に到着した下り321列車と、9:05に到着した311列車を急襲し、うるち米2,960kg、もち米400kgの系55俵分を押収し、2名を検挙。 当時の食糧管理法では、戦後を引きずって米価はまだ国が統制している頃で、それ以外の流通は認められなかった。 これが、この年以降… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2月 7日 1956 盛岡の商家女中による殺人放火事件(昭和31年2月7日) 昭和31年2月の7日に日が変わった2時頃のこと。 擬宝珠で有名な下ノ橋のすぐ近くの鷹匠小路にある広壮な商家が火事になっている! あまりに火の回りが早く、とても消すことはできなかった。 それでも隣の自転車店に類焼しただけで、大火には至らなかった。 その商家からは、女将と高校生の次男が遺体で発見された。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2月 6日 1956 釜石駅前に観光案内所が完成(昭和31年2月6日) 昭和31年2月9日の河北新報岩手版より。 釜石観光協会では、釜石駅前に観光案内所を公費20万円で建築し、6日から店開きした。 事務所は広さ3坪で、釜石市の名産品を陳列して販売したり、観光地や旅館や事業所等の案内のために、専任の案内ガールが2名常駐しているのだと言う。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 2月 5日 1956 水沢で雪の芸術祭(昭和31年2月5日) 昭和31年2月7日の河北新報岩手版より。 水沢で恒例の雪の芸術祭は、荒天のために延期になっていたが、2月5日に開催されたという。 雪像のコンクールだったようで、この年1位になったのは南町子供会の「千秋楽」であったという。 2位は不断町の「機関車」、3位は大畑小路の「後藤寿庵像」、新小路の「金太郎のす… 続きを読む
g北上・和賀郡 2月 5日 1956 和賀地方では近年にない豪雪でバスが走れず馬ソリ出動(昭和31年2月5日) 昭和31年2月7日の河北新報岩手版より。 それでなくとも湯田村や沢内村といった和賀郡西部は岩手県内で最も積雪のある地方であった。 ところがこの冬は、それに輪をかけた豪雪となり、湯田村川尻では5日現在で230cmと数十年ぶりの記録的な豪雪であったという。 これでは車は走れず、郵便配達人や警察官はスキー… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2月 4日 1956 紫波郡では天然氷切り出しの最盛期(昭和31年2月4日) 昭和31年2月4日の河北新報岩手版より。 紫波郡は天然氷の産地であったが、その積み出しに大忙しであった。 ただ、三陸地方が不漁であること、人造氷に押されて苦しかったようではある。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2月 4日 1956 釜石製鉄所の運動部がトレーニング開始(昭和31年2月4日) 昭和31年2月4日の河北新報岩手版より。 岩手県の実業団スポーツの雄と言うと、なんといっても釜石製鉄所だった。 その釜石製鉄所の各運動部がトレーニングを開始することとなった。 水泳では、鈴子に温水プールがあった。 … 続きを読む
l全県 2月 4日 1956 公立高校の授業料を500円から600円に(昭和31年2月4日) 昭和31年2月4日の河北新報岩手版より。 岩手県教育委員会は、公立高校の授業料を500円から600円に値上げして、設備費用に充てることとした。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2月 4日 1956 釜石市役所の立春(昭和31年2月4日) 昭和31年2月4日の河北新報より。 翌日に立春を控えた釜石市役所の表情。 昼休みに、職員たちがバレーボールに興じている。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 2月 2日 1956 久慈や八戸の行商は新しいディーゼルカーに統制して乗りましょう(S31.2.2デーリー東北) 昭和31年3月から、八戸線には新しいディーゼルカーが導入されることとなった。 これは10系気動車であるが、称号規程改正以前なので「四五〇〇〇型」となっている。 それで、行商組合では「統制して乗車しましょう」と取り決めたのであった。… 続きを読む
l全県 2月 1日 1956 木炭は減産で高値続く(S31.2.1デーリー東北) 木炭は収穫の減少もあり減産で、高値が続いていたようだ。 デーリー東北であるが盛岡市場の市況も書いているので。 … 続きを読む