地方自治

盛岡・桜山更生市場の土地問題 a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・桜山更生市場の土地問題

昭和26年3月8日の「夕刊いわて」より。 桜山神社周辺の「東大通り」のあたりは、戦後の引揚者による更生市場となっていた。 盛岡市では、これを新たにコンクリート建てのデパートにする案を持っていた。 それで、地主に用地買収交渉をしていたが、25年11月の時点で地主側はそれに代わる土地を要求、盛岡市側もそ…
昭和の大合併はどうなる?(S26.2.7岩手新報) l全県

昭和の大合併はどうなる?(S26.2.7岩手新報)

昭和26年2月7日付の岩手新報を読み解くと、そこには「昭和の大合併」という大きな時代の転換点に直面した人々の葛藤が克明に記録されています。当時の新聞紙面を飾っているのは、市町村合併の実現を阻むのは何よりも「感情問題」であるという、極めて人間味のある見出しです。戦後の地方自治を安定させるために進められ…
九戸郡の寒村から給費生を久慈高校に送って岩大の教育学部に!(S26.2.6岩手新報) c久慈・九戸郡

九戸郡の寒村から給費生を久慈高校に送って岩大の教育学部に!(S26.2.6岩手新報)

昭和26年2月6日付の岩手新報を広げると、戦後の混乱から立ち上がり、未来を切り拓こうとする人々の力強い息吹が伝わってきます。 Screenshot この日の紙面で最も大きな注目を集めたのは、九戸郡が打ち出した無資格教員の一掃という教育改革の断行でした。当時の地方では、正規の免許を持つ教員が圧倒的に不…
国鉄加賀山総裁が盛鉄局長室で会見「山田線復旧はどうなる?」(昭和25年10月9日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄加賀山総裁が盛鉄局長室で会見「山田線復旧はどうなる?」(昭和25年10月9日)

国鉄の加賀山之雄総裁は昭和25年10月9日10:58、盛岡駅到着の列車で釜石線開通行事のために盛岡に来る。 昭和25年10月10日岩手日報より 9日11時からは、盛岡鉄道管理局長室で記者会見に応じた。 山田線復旧計画に変わりはない。治山治水工事の実態を理解してから。 26年度予算には計上するには至っ…
盛岡は5年後こうなる(S25.1.14岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡は5年後こうなる(S25.1.14岩手新報)

昭和25年1月14日の岩手新報の紙面を眺めていると、終戦からわずか5年という激動の時代に、当時の盛岡の人々が抱いていた熱い情熱がダイレクトに伝わってきます。 Screenshot 紙面の中央を飾る県都五年後の夢という言葉には、戦後の混乱を乗り越え、新しい都市を自分たちの手で築き上げようとする強い意志…
盛岡電話局は機械も古く交換嬢も不足(S25.1.12岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡電話局は機械も古く交換嬢も不足(S25.1.12岩手新報)

昭和25年1月12日の岩手新報が伝える盛岡電話局の実態は、戦後の復興期がいかに壮絶なマンパワーによって支えられていたかを物語っています。当時の新聞が傷だらけの電話局という刺激的な言葉を見出しに選んだ背景には、設備と人員の両面で限界を超えていた過酷な現場環境がありました。 当時の盛岡における通信の要で…
葛巻町で産業祭(昭和24年11月3日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

葛巻町で産業祭(昭和24年11月3日)

昭和24年11月3日の岩手新報より。 葛巻町では、秋の収穫を祝って11月1日から3日まで葛巻小学校で産業祭が開催され、雨の中を多くの人出で賑わったと言う。 ところで、葛巻町と言うのは馬淵川の源流域にあるので、二戸や一戸と同じ二戸郡にありそうなものであるが、実は、久慈や野田から塩を運ぶ野田街道の宿場町…
岩手県教育委員会発足1周年(昭和24年11月1日) l全県

岩手県教育委員会発足1周年(昭和24年11月1日)

昭和24年11月1日の岩手新報より。 昭和23年7月15日に「教育委員会法」が公布・施行され、各都道府県に教育委員会が設立されて1周年となった。 令和現在の教育委員会と違うのは、この当時は教育委員も選挙によって選ばれていたと言うことである。 ともかくも、戦前の「地方学事通則」から変わった教育委員会と…
国鉄が機構改革するなら盛岡にも鉄道局を!(昭和24年9月23日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄が機構改革するなら盛岡にも鉄道局を!(昭和24年9月23日)

昭和24年9月23日の岩手新報より。 公共企業体となった日本国有鉄道は、機構改革に乗り出すという。 仙台鉄道局盛岡管理部は廃止が伝えられている。 しかし岩手県は広いのだ。 むしろ鉄道局を設置してほしいと、盛岡市長や市議会議長が連名で鉄道局設置の陳情を国鉄に送った。  …
「ミシン税絶対反対」で婦人団体が盛岡市役所に押し掛ける(昭和24年3月17日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

「ミシン税絶対反対」で婦人団体が盛岡市役所に押し掛ける(昭和24年3月17日)

昭和24年3月18日の岩手新報より。 盛岡市では、4月から新財源として「ミシン税」を導入しようとしていた。 しかし、盛岡市の婦人団体は、こぞって反対しており、盛岡市議会の予算議会の17日には、女性市議の案内で、女性団体が小泉多三郎市長に陳情する等のことがあった。 また、午後には「民主婦人協議会」と言…
県議会で国分知事の冒頭演説(S24.3.1岩手新報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

県議会で国分知事の冒頭演説(S24.3.1岩手新報)

【プレイバック岩手】昭和24年、国分知事が断行した「51億予算」——前年比3倍超、水害復旧に懸けた執念 皆さん、こんにちは。今日は戦後岩手の復興史を物語る、衝撃的な数字が並んだ新聞紙面をご紹介します。 今から70年以上前、昭和24年(1949年)3月1日付の『岩手新報』。そこには、相次ぐ大規模水害に…
岩手県教組が教育委員選挙に関するデマに対する反論声明(昭和23年9月28日) m県外・参考

岩手県教組が教育委員選挙に関するデマに対する反論声明(昭和23年9月28日)

昭和23年9月28日の岩手新報より。 この頃、教育委員は選挙で選んでいた。 教育委員の選出の対立軸はやはり保守対革新で、組合側も各自治体で教育委員候補を擁立していた。 そこへ「多数の候補を擁立して選挙事務の妨害を図っている」というデマが流されたようである。      …
あまりの財政難に東磐井地方事務所では借金してまで自費で出張(昭和23年9月18日) j東磐井郡

あまりの財政難に東磐井地方事務所では借金してまで自費で出張(昭和23年9月18日)

昭和23年9月18日の岩手新報より。 岩手県の財政難は申告であった。 千厩の東磐井地方事務所では、予算の支給遅延で各課員がやむなく自腹で出張し、中には借金してまで行くものもいたという。 生産されるのは数ヶ月後で、生活に追われる課員の中には出張を忌避して行政に支障が生じる事態すら危惧され、対策が急がれ…
赤川用水路通水式で関係各村はお祝い広告(昭和23年7月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

赤川用水路通水式で関係各村はお祝い広告(昭和23年7月14日)

昭和23年7月14日の岩手新報の広告欄より。 赤川用水路の通水式が行われ、関係各村からもお祝い広告が出されている。 村役場が直接出してるだけでも岩手郡巻堀村、渋民村、大更村と、松尾鉱山のふもとの赤川を農業用水に使っている各村から出されていた。 ただし、この赤川用水路は松尾鉱山の垂れ流す酸性水で何年も…
政府機関の人員整理計画は岩手県庁は特に影響なし(昭和23年5月18日) l全県

政府機関の人員整理計画は岩手県庁は特に影響なし(昭和23年5月18日)

昭和23年5月18日の岩手新報より。 政府では「事務標準化」「生活安定」と目標として人員整理をすることとなった。 岩手県職員の定員は3,706名であったところ、このような定員整理を見越して、退職者を補充しない自然淘汰の形をとっており、この時点で3,065名になっており、特に人員整理を行わない方針であ…