選挙

衆議院選挙始まる(昭和27年9月5日) l全県

衆議院選挙始まる(昭和27年9月5日)

  昭和27年9月6日の岩手日報より。 8月28日に、第三次吉田内閣は抜き打ち解散をして、9月5日に衆議院選挙が始まった。 この選挙は、昭和25年に公職選挙法が制定されて、はじめての選挙となる。 この当時の選挙カーはトラックを流用していたようである。      …
各町村長の顔ぶれ(S26.4.24夕刊いわて) l全県

各町村長の顔ぶれ(S26.4.24夕刊いわて)

昭和26年4月24日付の夕刊いわてを眺めていると、昭和の大合併という大きなうねりが押し寄せる直前の、岩手県がまだ数多くの小さな町村で構成されていた頃の熱気が伝わってきます。紙面の上半分を埋め尽くす町村長選挙の当選者一覧は、まさに地方自治の細かな鼓動を記録した貴重な史料です。今では市の一部となった懐か…
盛岡市議会選挙の結果(S26.4.24夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市議会選挙の結果(S26.4.24夕刊いわて)

昭和26年4月24日の夕刊いわてを眺めていると、戦後復興期の盛岡が持っていた熱気と、現代とは異なる街の輪郭が浮かび上がってきます。この記事の一面を飾るのは新人20名が進出したという市議選の開票速報で、当時の市民の政治に対する並々ならぬ関心が伝わってきます。投票率が85パーセントを超えている点からも、…
岩手県教組が教育委員選挙に関するデマに対する反論声明(昭和23年9月28日) m県外・参考

岩手県教組が教育委員選挙に関するデマに対する反論声明(昭和23年9月28日)

昭和23年9月28日の岩手新報より。 この頃、教育委員は選挙で選んでいた。 教育委員の選出の対立軸はやはり保守対革新で、組合側も各自治体で教育委員候補を擁立していた。 そこへ「多数の候補を擁立して選挙事務の妨害を図っている」というデマが流されたようである。      …
第1回統一地方選挙:27歳の村長が誕生したり、短刀で立候補を辞退させたり c久慈・九戸郡

第1回統一地方選挙:27歳の村長が誕生したり、短刀で立候補を辞退させたり

自治体の首長を初めて選挙で選ぶことになった第1回統一地方選挙では。岩手県知事に「農民知事」国分謙吉氏が選出されたことで知られているが、町村長の選挙の方はなかなかカオスである。 昭和22年4月9日の岩手日報の記事を見てみると・・・ 下閉伊郡崎山村 下閉伊郡崎山村(現在の宮古市崎山)では、27歳の町長が…
初めての民選知事に国分謙吉が当選(S22.4.7新岩手日報) l全県

初めての民選知事に国分謙吉が当選(S22.4.7新岩手日報)

【歴史の1ページ】1947年4月7日:岩手初、伝説の「農民知事」国分謙吉誕生! 終戦からわずか2年。それまでの中央政府から派遣される「官選知事」ではなく、県民が自らの手でリーダーを選ぶ、初めての岩手県知事選挙が行われました。 Screenshot 手元にあるのは、1947年(昭和22年)4月7日付の…
厳美村から銃後の便り(S17.7.5新岩手日報) i一関・西磐井郡

厳美村から銃後の便り(S17.7.5新岩手日報)

昭和17年7月5日の新岩手日報には、当時の西磐井郡厳美村(現在の一関市)の「銃後」の様子が記されている。記事の冒頭には「第一線に御奮戦の皇軍の皆様ご苦労様です」という文言が置かれ、戦地への敬意を示す決まり文句として当時の新聞にしばしば見られた表現である。 Screenshot 記事の中心は、6月21…
翼賛選挙で非国民は誰?(S17.5.7新岩手日報) l全県

翼賛選挙で非国民は誰?(S17.5.7新岩手日報)

【昭和の記憶】新聞が問う「非国民は誰か?」— 昭和17年の翼賛選挙と無効票 昭和17年(1942年)5月7日。当時の地元紙『新岩手日報』の紙面に、現代の私たちからすれば背筋が凍るような見出しが躍りました。 「非国民は誰か?」 これは、同年4月30日に行われた第21回衆議院議員総選挙(いわゆる翼賛選挙…
翼賛選挙の選挙結果(S17.5.3新岩手日報) l全県

翼賛選挙の選挙結果(S17.5.3新岩手日報)

昭和17年5月3日 新岩手日報に見る「翼賛選挙」の深層 昭和17年(1942年)5月3日の「新岩手日報」の紙面は、まさに翼賛選挙(第21回衆議院議員総選挙)の開票速報と、「推薦候補圧勝」の文字で埋め尽くされています。 国家が「選別」した推薦候補の圧倒的優位 Screenshot この選挙の最大の特徴…
翼賛選挙「断然強い推薦候補!」(S17.5.3新岩手日報) l全県

翼賛選挙「断然強い推薦候補!」(S17.5.3新岩手日報)

【歴史を読み解く】昭和17年5月3日「新岩手日報」が伝える、翼賛選挙の熱狂と違和感 古い資料を整理していると、時折、教科書でしか見たことのない「歴史の分水嶺」が生々しい姿で現れることがあります。 今回ご紹介するのは、昭和17年(1942年)5月3日発行の「新岩手日報」。太平洋戦争開戦から半年、日本中…
選挙違反の捜査は医師やレントゲン写真まで(S5.3.1岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

選挙違反の捜査は医師やレントゲン写真まで(S5.3.1岩手日報)

昭和5年の岩手県議会議員選挙をめぐり、盛岡地方裁判所検事局は大規模かつ徹底的な選挙違反捜査を展開していた。 この日報じられたのは、その取り調べが医療の領域にまで及んだという事実である。容疑の一つに「病気を装っていたのではないか」という疑惑が浮上し、検察はその裏付けとして病院関係者を聴取したのみならず…
選挙の棄権防止を盛岡市長自らが訴える(S3.2.20岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

選挙の棄権防止を盛岡市長自らが訴える(S3.2.20岩手日報)

昭和3年2月20日の岩手日報に掲載されたこの記事は、日本初の普通選挙という歴史的転換点における盛岡市の熱狂を鮮烈に伝えています。 Screenshot 25歳以上のすべての男性に参政権が与えられ、有権者が一気に膨れ上がったこの大選挙において、当時の北田親氏盛岡市長が取った行動は驚くほど積極的なもので…
普通選挙法下初めての国政選挙(S3.2.20岩手日報) l全県

普通選挙法下初めての国政選挙(S3.2.20岩手日報)

昭和3年2月20日、日本は憲政史上かつてない大きな転換点を迎えていました。1928年2月20日の岩手日報の紙面を飾るのは、日本で初めて納税額による制限が撤廃された普通選挙が実施された日の記録です。それまでの選挙権は直接国税3円以上を納める一部の男子のみに許された特権でした。当時の3円という金額は、現…