第1回統一地方選挙:27歳の村長が誕生したり、短刀で立候補を辞退させたり

自治体の首長を初めて選挙で選ぶことになった第1回統一地方選挙では。岩手県知事に「農民知事」国分謙吉氏が選出されたことで知られているが、町村長の選挙の方はなかなかカオスである。

昭和22年4月9日の岩手日報の記事を見てみると・・・

下閉伊郡崎山村

下閉伊郡崎山村(現在の宮古市崎山)では、27歳の町長が誕生。
戦前は役場に勤めていたが昭和17年、22歳の時に応召して前年に帰還、役所はやめて百姓をしようと思っていたところ、役場に引っ張り出されて収入役にまでなっていたのだという。

これがレッドパージで前村長が公職追放され村長代理助役になっていたところ、今度の地方選挙で村議や青年会から立候補し、無競争当選になったのだという。

九戸郡長内村

現在は久慈市となっている九戸郡長内村では、32歳の村長が誕生した。

長内村に生まれて久慈農林学校を卒業し、村役場の書記となり、産業組合専務理事となった。
戦争に応召後、村の農業会技手となったが、百姓に専念していたところ、村長になったのだという。

(競争選挙だったのか、無投票当選だったのかは書いていない)

西磐井郡涌津村

その後花泉町となり、現在は一関市になっている西磐井郡涌津村では、保守系と革新系の候補が立候補したのだという。

ところが、革新系の候補は選挙当日に立候補を辞退したのだという。

革新系の候補を推していた農民組合長によれば、その革新系の候補の父親は郵便局長で保守系を応援していたのだという。

「アカに推されて立候補とはワシの顔に泥を塗る気か!」と思ったのかどうかまでは書いていないが、なんと短刀を突き付けて立候補の辞退を迫ったのだという。

それで命あっての物種と投票当日になって立候補を辞退のやむなきに至ったようである。

 


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