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岩手中央バス・岩手県南バス「帰省はふるさとのバスで!」(昭和39年12月21日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手中央バス・岩手県南バス「帰省はふるさとのバスで!」(昭和39年12月21日)

昭和39年12月21日の岩手日報より。 国道4号線の整備などにより、帰省ラッシュは鉄道以外にもバスで行うのも盛んになってきた。 岩手中央バスは前年の昭和38年末には30台のバスを東京に送って帰省輸送を行った。 この年は40代で輸送を行うと意気込んでおり、集団就職を受け入れた事業所に営業をかけていた。…
年末年始は上野から臨時列車を増発しますよ!(昭和39年12月21日) m県外・参考

年末年始は上野から臨時列車を増発しますよ!(昭和39年12月21日)

昭和39年12月21日の岩手日報より。 上野駅では臨時列車の時刻表が貼りだされる。 帰省ラッシュのこの時期、国鉄では「年末旅客輸送体制」と位置づけ、臨時列車を増発していた。 岩手方面には12月27日から「臨時みちのく」など急行8本、準急3本の増発の予定だった。 上野駅では以下のような対策を行うという…
特急「つばさ」は盛岡~仙台で自由席ができます! a盛岡・岩手郡・紫波郡

特急「つばさ」は盛岡~仙台で自由席ができます!

昭和39年12月21日の岩手日報より。 昭和36年の「サンロクトオ」ダイヤ改正で上野~秋田に登場した特急「つばさ」は、昭和38年10月1日の改正で、盛岡編成も登場した。 これは「はつかり」の盛岡以南での混雑を解消するためである。 つまりキハ181系は盛岡にも来ていたということになる。 ダイヤとしては…
盛鉄局「年末年始の帰省は臨時列車が空いてますよ!着席券も発売しますよ!」(昭和39年12月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛鉄局「年末年始の帰省は臨時列車が空いてますよ!着席券も発売しますよ!」(昭和39年12月16日)

昭和39年12月16日の岩手日報より。 盛鉄局はすでに年末年始のダイヤを発表しており、臨時列車の利用を呼び掛けていた。 旅行者が案外臨時列車の存在を知らないために定期列車ばかり混んでいるということを憂慮していた。 また、盛鉄局管内では1枚50円で「着席券」を販売することとした。 着席券を販売する列車…
スズライト・キャリイバンは岩手スズライトで! a盛岡・岩手郡・紫波郡

スズライト・キャリイバンは岩手スズライトで!

昭和39年11月30日の岩手日報の広告欄より。 当時、スズキの主力は「スズライト」だった。 そもそもは昭和30年に発売した軽自動車であり、後年「その後の軽自動車のあり方を示唆、歴史に残る名車」と評価され日本自動車殿堂歴史車に選ばれたというほどの名車でもある。 岩手県内の販社も「岩手スズライト販売」と…
花巻で踏切報知機にいたずらする列車妨害が相次ぐ(昭和39年11月2日) f花巻・稗貫郡

花巻で踏切報知機にいたずらする列車妨害が相次ぐ(昭和39年11月2日)

昭和39年11月2日の岩手日報より。 この時期、東北本線の花巻~村崎野間で列車妨害が相次いでいたという。 昭和38年10月25日以来、コンクリートトラフや鉄道標識が抜かれて線路にばらまかれるなどの悪質な列車妨害が13件続いていたという。 昭和39年11月1日には、下り197貨物列車が花巻市南城地内で…
岩手トヨタ「自動車の運動会『ジムカーナ』で楽しもう!」(昭和39年11月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手トヨタ「自動車の運動会『ジムカーナ』で楽しもう!」(昭和39年11月1日)

昭和39年11月1日の岩手日報の広告欄より。 岩手トヨタが自動車の運動会「ジムカーナ」の大会を、11月8日に盛岡八幡宮の境内で行うという。 ジムカーナとは、広告の表現をそのまま借りれば、「運転技術を存分に発揮でき、ウィットある機敏な行動が要求されしかも童心に帰って無邪気にふるまえる自動車の競技会」で…
釜石市内の舗装工事でバスの運行経路が変わります(昭和39年9月9日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石市内の舗装工事でバスの運行経路が変わります(昭和39年9月9日)

  昭和39年9月9日の岩手東海新聞より。 釜石市の中心部である只越町では、舗装工事のために東部バスの運行経路が変わるという広告。 岩手東部バスは、昭和32年に水沢に本社がある岩手県南バスと経営統合しており、車体の色も県南バスの色となっていたが、正式に県南バスとなるのは昭和41年のこと。…
釜石製鉄所では社線撤去に向けた諸工事(S39.9.2岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石製鉄所では社線撤去に向けた諸工事(S39.9.2岩手東海新聞)

釜石では、昭和25年の時点で釜石線が釜石鉱山からの「社線」に並行して開業していたが、釜石鉱山からの鉄鉱石輸送がすぐに釜石線に移行したわけではなかった。 そして、自動車が増えてからは道路交通の邪魔となっていた。 しかし、やっとのことで撤去の運びとなりそれに向けた工事が進んでいた。  …
遠野で「忍者部隊」を真似た小学生が盗み・宮古で国道沿いに花壇(S39.6.10岩手東海新聞) d宮古・下閉伊郡

遠野で「忍者部隊」を真似た小学生が盗み・宮古で国道沿いに花壇(S39.6.10岩手東海新聞)

遠野で、当時のテレビ番組「忍者部隊月光」を真似て窃盗をする小学生が出たという。 また、宮古では一級国道の開通に合わせて花壇の整備と。 それまで二級国道111号線であったところ、昭和38年4月1日に指定替えされて一級国道45号線になったもの。    …
夏休みは「はやちね」が盛岡〜宮古〜釜石〜盛岡の循環運転(昭和39年6月9日) e釜石・遠野・上閉伊郡

夏休みは「はやちね」が盛岡〜宮古〜釜石〜盛岡の循環運転(昭和39年6月9日)

昭和39年6月9日の岩手東海新聞より。 盛岡鉄道管理局は、夏休みに備えて7月中旬から臨時列車を運転する。 釜石に関わるものでは、釜石と鵜住居の間の「さざなみ」を2往復運転する。 また、循環急行「はやちね」を初めて運転するが、盛岡〜宮古〜釜石〜花巻〜盛岡の時計周りで、1周6時間半となり、期間は7月25…
花巻空港開港式(S39.3.27) f花巻・稗貫郡

花巻空港開港式(S39.3.27)

昭和39年3月27日、岩手県民が長年待ち望んだ花巻空港の開港式が盛大に執り行われました。この日、会場には千田正岩手県知事をはじめ、八重樫花巻市長、県選出の国会議員、県議会議員など、岩手県の政財界から約700名もの要人が列席しました。開港式そのものはこの3月27日に挙行されましたが、実際に旅客を乗せた…
特急「つばさ」新設により「はつかり」は一関を通過します(昭和38年11月14日) i一関・西磐井郡

特急「つばさ」新設により「はつかり」は一関を通過します(昭和38年11月14日)

昭和38年11月14日の岩手報知より。 12月5日から、上野から盛岡に「つばさ」が運行される予定であった。 より正確に言うと、上野からの特急列車が半分は秋田へ行き、半分は盛岡へ来ると言うことであった。 ともあれ、このダイヤは上りが一ノ関発が10時22分、上野着が16時55分、下りが上野発12時30分…
鶴見事故の犠牲となった釜石出身の学生が悲しき帰郷(昭和38年11月12日) e釜石・遠野・上閉伊郡

鶴見事故の犠牲となった釜石出身の学生が悲しき帰郷(昭和38年11月12日)

昭和38年11月12日の岩手東海新聞より。 11月9日の夜に発生した、横須賀線の鶴見事故では161人の犠牲者が出た。 その中には、釜石市出身の学生もいた。 釜石市内のお寺の住職の息子で、横浜市内に下宿しながら立正大学の夜間部に通っていた大学生が事故に巻き込まれたのである。 その遺骨は、11月12日1…