a盛岡・岩手郡・紫波郡 5 7月 1950 女子プロ野球が盛岡に来る!(S24.7.5岩手新報) 女子プロ野球のブルーバード・レッドソックスが盛岡に来るということで、岩手新報も大々的に宣伝。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5 7月 1950 「学生野球の父」飛田穂洲が盛岡と福岡で講演(昭和25年7月5日) 昭和25年7月5日の岩手新報より。 「一球入魂」で知られた学生野球の父・飛田穂洲はこの1週間、松尾鉱山にいたのだという。 その飛田穂洲が7月6日に盛岡高校上田校舎で、7月7日には福岡高校で講演するのだという。 一般参加も受け付けるとのこと。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 2月 1950 山のボンペイ街のチャコ「スキーはみんな1年生」(昭和25年2月6日) 昭和25年2月6日の新岩手日報より。 連載の漫画「山のボンペイ街のチャコ」では、スキーについて扱っている。 山に住むボンペイはカンジキを履いて雪の上を歩いているが、チャコは履いていないので追いつかない。 ではみんなでスキーを、ということになったらしい。 でもみんなスキーは初めてであったと言うオチ。 … 続きを読む
b二戸・二戸郡 9 1月 1950 小田野柏選手(福岡中学出身)が新生・毎日オリオンズ入り(昭和25年1月9日) 昭和25年1月9日の新岩手日報より。 プロ野球では、リーグ分裂騒ぎとなっていたが、パシフィックリーグのほうに新たに誕生する。毎日オリオンズに福岡中学出身の小田野柏選手が入団することになった。 この小田野柏、長らく「岩手県出身のプロ野球選手」としてメディアなどに名前の出る存在となり続けるが、プロ野球選… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 11 11月 1949 宮古や釜石で南海ホークス対大陽ロビンスの試合?(S24.11.11岩手新報) 広告には宮古高校のグランドや釜石・昭和園グランドでプロ野球の南海ホークス対太陽ロビンスの試合が行われるとある。 しかし「スタメンアーカイブ」を見る限りでは、そんな形跡は見られないのだ。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 11月 1949 盛岡で町内会対抗野球(昭和24年11月3日) 昭和24年11月4日の岩手新報より。 盛岡市内では、町内会対抗の野球が開催されたようである。 また、水沢競馬では、大穴が出たようで、そのことも報じられている。 … 続きを読む
l全県 17 7月 1949 岩手が輩出した野球選手・久慈次郎や白坂長栄を語る(昭和24年7月17日) 昭和24年7月17日の岩手新報より。 岩手県の球界についての対談。 久慈次郎や白坂長栄といった名前が挙がる。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 7月 1949 盛岡・城南小学校ではプールで水泳練習(昭和24年7月6日) 昭和24年7月6日の岩手新報より。 盛岡の城南小学校では、水難事故防止のためにプールで水泳教室を開催したという。 この時期にすでにプールがあるとはさすが盛岡の中心部の城南小学校である。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 5月 1949 春の消防演習や盛岡市制60周年体育大会(S24.5.6新岩手日報) 春の行楽シーズンにあって、盛岡では消防演習や市制60周年記念体育大会が開催された。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 5月 1949 岩手山遭難の盛高生の遺体発見(昭和24年5月3日) 昭和24年5月3日の新岩手日報より。 岩手山に登り遭難死した盛岡高校生の死体が収容された。 当時は、死体画像でも平気で掲載していたようである。 また、盛岡高校は旧制盛岡中学・盛岡高女・盛岡商業の3校が統合して発足したが、程なくして盛岡一高・盛岡二高・盛岡商業に分離している。  … 続きを読む
m県外・参考 1 5月 1949 日本とドイツのオリンピック参加を承認(昭和24年5月1日) 昭和24年5月1日の新岩手日報より。 IOCは、ローマで開かれた委員会で日本とドイツのオリンピック参加を承認した。 この当時、日本は「occupied Japan」で国家主権はなかったのだが、IOCとしては「1つの国家の団体と認める」と言う裁定を下したのだ。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 19 1月 1949 高松の池で日本学生氷上競技大会(昭和24年1月19日) 昭和24年1月19日の岩手日報より。 第20回日本学生氷上競技大会が盛岡市の高松の池で行われ、開会式が県公会堂で行われるという。 それで、全国から400名の大学スケート・ホッケーの選手が盛岡に集まった。 日程は以下の通り。 1月19日 開会式(県公会堂) 1月20日 アイスホッケー1回戦 スピードス… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 17 1月 1949 暖冬のために高松の池で氷が割れてスケートの中学生が溺死(昭和24年1月17日) 昭和24年1月18日の岩手日報より。 当時、高松の池はスケートのメッカであり、スケートやホッケーの競技会も行われていた。 そして市民のスケート遊びの馬でもあった。 1月17日の朝10時ごろ、スケートで遊んでいた下小路中学校1年生と、その友人の下橋中学校3年生が、池の真ん中の氷の薄くなっていた所が割け… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 9月 1947 盛岡市内中等学校水泳大会は岩手中学と盛岡高女が優勝(S22.9.3新岩手日報) 盛岡市内中等学校水泳大会が開催され、男子は岩手中学、女子は盛岡高女が優勝。 それぞれ現在の岩手高校、盛岡二高。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 6月 1946 盛岡市内中等学校籠球リーグ戦(昭和21年6月30日) 昭和21年7月1日の岩手日報より。 市内中等学校籠球リーグ戦は岩手師範女子部コートで開催された。 参加は盛岡中学・岩手中学・盛岡工業・杜陵中学の4校。 結果は盛岡中学が優勝した。 盛中 32-9 杜中 岩中 44-7 盛工 盛中 32-11 岩中 岩中 21-15 杜中 … 続きを読む
hスポーツ 16 1月 1939 双葉山ついに敗れる(S14.1.16新岩手日報) 昭和14年1月16日、岩手の空に響いた二つの「衝撃」 先日、手元にある大変貴重な資料を見返していました。昭和14年(1939年)1月16付の「新岩手日報」です。 Screenshot この日は、相撲史における最大の事件の一つ、横綱・双葉山の連勝が「69」で止まった翌日にあたります。しかし、当時の地元… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 8月 1938 「暁の超特急」吉岡隆徳が盛岡で講習会 昭和13年8月7日の岩手日報より。 「暁の超特急」として短距離競技でベルリンオリンピックにも出場した吉岡隆徳が8月6日に盛岡に来て、岩手県体育協会主催で盛岡高等女学校を会場に4日間にわたって講習会を行うという。 冒頭、吉岡は「百見は一聞に如かず、私の申し上げること、やることをただ聞いたり見たりして帰… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 27 5月 1937 第32回目の海軍記念日 岩手では(昭和12年5月27日) 5月27日の海軍記念日は、日露の戦役で日本海海戦に勝利したことを記念して制定された。 第32回の記念日となる昭和12年のこの日は、岩手県内で以下のことが行われた。 盛岡市内各小学校でZ旗の掲揚。 Z旗は前日に盛岡海軍部・岩手艦橋会から寄贈されたもの。 岩手県公会堂では講演会と映画会。 講演講師は盛岡… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 5月 1937 岩手公園で岩手医専の運動会(S12.5.18岩手日報) 岩手公園で岩手医専(現:岩手医科大学)の運動会が行われたという。 中等校リレーというのは、これは岩手中学のことだろうか。 … 続きを読む
b二戸・二戸郡 18 5月 1937 帝大の怪腕投手緑川伝作が福岡中学に英語教師として赴任(S12.5.18岩手日報) 東京帝大の怪腕投手として知られた緑川伝作が、福岡中学に英語教師として赴任し、野球部の副部長になったという。 ちなみに緑川は福島・安積中学から山形高校を経て帝大に入学した。 … 続きを読む
m県外・参考 6 11月 1934 ベーブ・ルース来日(S9.11.6岩手日報) 【歴史の一ページ】昭和9年、岩手も沸いた!ベーブ・ルース来日の衝撃 こんにちは!今日は、岩手の歴史を感じる非常に貴重な新聞資料をご紹介します。 見つけたのは、昭和9年(1934年)11月6日付の「岩手日報」。そこには、今や伝説となった「野球の神様」ベーブ・ルースの姿が大きく写し出されていました。 ■… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 9月 1934 陸の覇者は下ノ橋、水の王者は城南…?(S9.9.3岩手日報) 盛岡市青年団連合競技会が行われ、陸上の部は下ノ橋、水泳の王者は城南であったという。 盛岡の人だと直感的に「下橋だったら中学校だし、城南だったら小学校じゃね?」という感じがするが、これはあくまで青年団の単位であるという。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 11月 1932 盛岡市内小学校合同体育祭(S7.11.3岩手日報) 昭和7年11月3日付の岩手日報には、前日に岩手公園で行われた盛岡市内小学校体育祭の様子が伝えられている。会場となった岩手公園広場は、ちょうど紅葉の盛りで、秋色に包まれた中に多くの児童や関係者が集まった。 Screenshot この体育祭は11月2日に開催され、市内の小学校児童が一堂に会する合同の行事… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 11月 1932 中等学校競技大会(S7.11.1岩手日報) この前日、中等学校競技大会が開催されたようで、陸上競技で優勝した青森師範、柔道で優勝した横手中学、弓道で優勝した盛岡中学の写真が掲載されている。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 1月 1932 暖冬で高松の池も氷が張らず(S7.1.6岩手日報) 昭和7年1月6日の岩手日報より。 当時、盛岡でスケートやアイスホッケーといえば、高松の池が中心的な舞台だった。しかし、この冬は異例の暖かさで氷が張らず、リンクは開設できない状態が続いていた。例年であれば正月を過ぎれば学生たちのインカレ(インターカレッジ)も行われ、氷上は賑わうはずだが、この年はそれも… 続きを読む