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昭和23年の「ミス盛岡」は国立病院勤務の20歳 a盛岡・岩手郡・紫波郡

昭和23年の「ミス盛岡」は国立病院勤務の20歳

昭和23年9月16日の岩手新報より。 ミス盛岡に選ばれたのは、国立盛岡病院に勤務する佐藤京子さんという20歳の女性。 北平(北京)日本第二高等女学校から盛岡家政学園を経て、国立盛岡病院に勤務しているのだという。 準ミス以下他の女性がサザエさんヘアであるのに対し、佐藤さんはシンプルなデコ出しで、令和の…
マッチが自由販売になります!(昭和23年9月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

マッチが自由販売になります!(昭和23年9月16日)

昭和23年9月21日の岩手新報の広告欄より。 9月16日からマッチが自由販売になるという。 そもそも、マッチは自由に販売できるものではなく、米のように配給制だったのである。 戦後しばらくたっても生活必需品として統制品となりつづけていた。 中には「闇マッチ」まで高値で売られたほどであるという。 しかし…
盛岡八幡宮の大祭の賑わい(昭和23年9月15日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡八幡宮の大祭の賑わい(昭和23年9月15日)

昭和23年9月16日の岩手新報より。 恒例の盛岡八幡宮の大祭が開催され、2日目の9月15日も8万人の人出でにぎわったという。 そして4台の山車が市内を練り歩き、八幡宮の近くの馬検場から自動車12台が思い思いの飾りで更新するという。 ちなみに自動車祭については以下のページ。    …
赤川用水路通水式で関係各村はお祝い広告(昭和23年7月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

赤川用水路通水式で関係各村はお祝い広告(昭和23年7月14日)

昭和23年7月14日の岩手新報の広告欄より。 赤川用水路の通水式が行われ、関係各村からもお祝い広告が出されている。 村役場が直接出してるだけでも岩手郡巻堀村、渋民村、大更村と、松尾鉱山のふもとの赤川を農業用水に使っている各村から出されていた。 ただし、この赤川用水路は松尾鉱山の垂れ流す酸性水で何年も…
盛岡市内のダンスホールは盛況(昭和23年7月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市内のダンスホールは盛況(昭和23年7月14日)

昭和23年7月14日の岩手新報より。 「この暑いのにダンスホールは満員・・・」と冒頭から記事は呆れてみせている。 この当時、エアコンなど無かったので屋内はさぞ暑かっただろうと思われる。 「上衣を脱いだダンデーと白野ワンピース、ツーピースの御婦人方」が集まって踊っていた。 これが昭和23年の若者たちの…
岩手医大予科で補欠募集(昭和23年5月18日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手医大予科で補欠募集(昭和23年5月18日)

昭和23年5月18日の岩手新報の広告欄より。 岩手医大では予科の補欠募集をしている。 昭和23年に学制改革する前の昭和22年に岩手医専は「岩手医科大学」としてギリギリ旧制医科大学となっている。 旧制の医大なので、中等学校を卒業したらまず「予科」に入ることになる。 たとえば旧制高校の無かった北海道では…
盛岡・雫石河畔の鉄道員殺し(S23.2.19) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・雫石河畔の鉄道員殺し(S23.2.19)

昭和23年2月19日、岩手県盛岡市の雫石川河畔で、頭部に致命傷を負った男性の他殺体が発見されました。死体は全裸で半纏で覆われており、近くには血で汚れた「盛岡工機部」と記された荷車が放置されていました。事件現場から砂乾燥場まで血痕が点々と続いていたことから、殺害現場は盛岡機関区の砂乾燥場であると推定さ…
県食糧営団に200俵詰める大型トレーラー(昭和22年12月2日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

県食糧営団に200俵詰める大型トレーラー(昭和22年12月2日)

昭和22年12月2日の新岩手日報より。 県食糧営団では、輸送力の不足による配給の遅配をなくすべく、これまでのトラックの3倍積めるというトレーラーを導入することにした。 これまでの普通トラックでは60俵積みであったところ、3倍以上積めるので期待を寄せられていた。      …
引き揚げ者援護のために歌謡コンクールやダンスパーテー(昭和22年12月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

引き揚げ者援護のために歌謡コンクールやダンスパーテー(昭和22年12月1日)

昭和22年12月1日の新岩手日報より。 戦争が終わり、満州や朝鮮にいた人は引き揚げてきたわけだが、その経済的な貧窮は社会問題となっていた。 このために「角田屋事件」という誘拐事件まで起きたほどである。 これを憂慮してから、引揚者援護のために歌謡舞踊コンクールや大ダンスパーティーを開催すると言う事だっ…
学制改革は各校とも単独昇格希望(昭和22年12月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

学制改革は各校とも単独昇格希望(昭和22年12月1日)

昭和22年12月1日の新岩手日報より。 この時期、各中等学校は「学制改革」を控えており、学校再編が必至だった。 県側は、統合して昇格しようとしているのに対し、各学校側はそれに反対をしていた。 盛岡地区 盛岡中学は、杜陵中学を同行の夜間部として併設しようとしているが反対している。 杜陵中學側も、この闇…
岩手県公会堂で大防犯展覧会(S22.10.6新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県公会堂で大防犯展覧会(S22.10.6新岩手日報)

昭和22年10月6日の新岩手日報に掲載されたこの広告は、現代の私たちの常識を根底から揺さぶるような、凄まじい熱量と禍々しさを放っています。戦後わずか2年、社会全体が飢えと混乱の中にあった時代に、岩手県警察部や新岩手日報社が総力を挙げて開催した「防犯大展覧会」の告知です。 まず目を引くのは、そのあまり…
好摩で秋祭りの夜の強盗殺人(S22.9.19) a盛岡・岩手郡・紫波郡

好摩で秋祭りの夜の強盗殺人(S22.9.19)

昭和22年9月19日、岩手県玉山村好摩地区で行われた秋祭りの夜、40代の女性とその14歳の次女が殺害される事件が発生した。事件現場は自宅近くの瓜畑で、終戦直後の食糧難が背景にあった。 この日、地域の稲荷神社で秋祭りが催されていた。奉納相撲や各種の出し物が行われ、戦後の疲弊から解放された村人たちが一年…
岩手医専にも女子が入学し「女の角帽」がお目見え(昭和22年9月5日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手医専にも女子が入学し「女の角帽」がお目見え(昭和22年9月5日)

昭和22年9月5日の新岩手日報より。 岩手で唯一の医学教育機関である岩手医専にも女子が入学した。 男子学生に伍して死体解剖に取り組んでいるという。 そして女子学生も角帽をかぶることになった。 それで、医専校舎の屋上で岩手山をバックに写真を撮る。    …
天皇陛下が岩手に行幸(S22.8.8新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

天皇陛下が岩手に行幸(S22.8.8新岩手日報)

【歴史の1ページ】昭和22年8月7日、岩手に「希望」がやってきた日 戦後、焦土と化した日本。食糧難とインフレに苦しむ人々が、復興に向けて必死に前を向こうとしていた昭和22年(1947年)。 Screenshot 今回ご紹介するのは、当時の「新岩手日報(昭和22年8月8日付)」です。そこには、前日に岩…
盛岡駅 発車時刻表(昭和22年6月) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡駅 発車時刻表(昭和22年6月)

日本交通公社「主要駅時刻表」(昭和22年6月)より。 昭和22年の鉄道ダイヤについて (Wikipediaより) 1月4日、石炭事情の極度の悪化から大規模な列車削減が行われる。列車の走行キロは日15万キロと終戦時の約26万キロの57%にまで落ち込み、急行列車、準急列車、二等車(現:グリーン車)が全廃…
岩手県食酢統制組合・岩手県農機統制組合の解散公告(昭和22年4月5日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県食酢統制組合・岩手県農機統制組合の解散公告(昭和22年4月5日)

昭和22年4月5日の岩手日報より。 戦時中の物価統制組合であった「岩手県食酢統制組合」と「岩手県農機統制組合」が解散公告を出している。 戦後2年が経過しようとしており、戦争遂行のために物価統制する必要が無くなり、活動実態がなくなっていた所、法人を解散していなかったので登記上も正式に解散しよう・・・と…
日本三景・松島の強盗殺人(S21.11.23) a盛岡・岩手郡・紫波郡

日本三景・松島の強盗殺人(S21.11.23)

昭和21年10月22日、岩手県盛岡市の桜山神社境内にある「桜山引揚者更生市場」で飲食店を営む男性(42歳)は、宮城県遠田郡不動堂村(現在の美里町不動堂地区)出身の復員者である男(24歳)から、「宮城県松島町で安価な外国製煙草が手に入る」との話を持ち掛けられました。当時、煙草は闇取引で高値がついており…