c久慈・九戸郡 5 11月 1949 岩手新報八戸支社・久慈支局開設を祝う広告(昭和24年11月5日) 昭和24年11月5日の岩手新報より。 岩手新報では、八戸や久慈に支社や支局を開設したようで、それを祝う広告が各界から寄せられた。 警察署までの公共機関からも報告が寄せられているが、このような時、広告料は税金から出たのだろうか。 … 続きを読む
事件・犯罪・司法 17 8月 1949 【参考】松川事件(昭和24年8月17日) 中日ニュースより。 下山事件など国鉄では奇怪な事件が相次いだ。 https://www.youtube.com/watch?v=wuWTzxqb69Q… 続きを読む
m県外・参考 17 7月 1949 岩手でも報じられた三鷹事件も(昭和24年7月17日) 昭和24年7月17日の岩手新報より。 「国鉄三大ミステリー」と後年呼ばれることになる三鷹事件は、岩手県内でも大々的に報じられていた。… 続きを読む
事件・犯罪・司法 5 7月 1949 【参考】下山事件(昭和24年7月5日) 国鉄の行政整理により、盛岡管理部管内でも2052名の人員性が行われることになった。 これに対し、国労は実力行使も辞さない構えで各職場では闘争の準備に入っていた。 その矢先の7月5日、事件は起こった。 https://www.youtube.com/watch?v=ENjnHfdkZng&t=… 続きを読む
m県外・参考 1 7月 1949 国鉄の行政整理基準が決まる(昭和24年7月1日) 昭和24年7月1日の岩手新報より。 政府は、国鉄の人員整理を決めていたが、その基準を下山国鉄総裁と、組合側の代表との会見で話した。 国鉄の業務に対しどの程度協力したかを最大の基準として、各所属長の責任で認定させる 優劣をつけがたいものは、勤続年数によって算出された一定の順位によって優劣を分ける。 &… 続きを読む
m県外・参考 1 5月 1949 日本とドイツのオリンピック参加を承認(昭和24年5月1日) 昭和24年5月1日の新岩手日報より。 IOCは、ローマで開かれた委員会で日本とドイツのオリンピック参加を承認した。 この当時、日本は「occupied Japan」で国家主権はなかったのだが、IOCとしては「1つの国家の団体と認める」と言う裁定を下したのだ。… 続きを読む
l全県 1 5月 1949 大蔵省「取引高税が改正になります!」(昭和24年5月1日) 昭和24年5月2日の新岩手日報より。 取引高税が5月1日から変わるというニュース。 「取引高税」とは、昭和23年に物品販売・銀行・製造業・運送業など39業種に課税された税金であり、現在の消費税の走りであるが、中立性を欠くこと、納税手続きが煩雑であることにより批判が強く、昭和24年限りで廃止になったも… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 3月 1949 大槌港を修築してゆくゆくは「大槌市」に(S24.3.8岩手新報) 大槌港の修築計画があったようで、ゆくゆくは一大漁業基地として「大槌市」にしたいという構想があったようだ。 ちなみにこの時点で岩手県内で市制していたのは盛岡・釜石・宮古・一関の4市。 … 続きを読む
m県外・参考 4 3月 1949 東京でアメリカの子供が「ヒナマツリ」を堪能(昭和24年3月4日) 昭和24年3月4日の岩手新報より。 東京・渋谷区で、アメリカの子供達がひな祭りを堪能したというニュースが岩手でも報じられた。 … 続きを読む
m県外・参考 2 3月 1949 岩手でも報じられた松山城放火事件(昭和24年3月2日) 昭和24年3月2日の岩手新報より。 松山城の放火事件と言えば、昭和8年のものが有名であるが、昭和24年2月27日にも発生していた。 この時は、精神異常者の男であり、「俺が松山城主だ」などと言っていたのだと言う。 … 続きを読む
m県外・参考 1 3月 1949 国立仙台電波高等学校が開校します!(昭和24年3月1日) 昭和24年3月1日の岩手新報より。 仙台の無線電信講習所が改組し、国立仙台電波高等学校になるという。 それで生徒を募集している。 … 続きを読む
m県外・参考 28 9月 1948 岩手県教組が教育委員選挙に関するデマに対する反論声明(昭和23年9月28日) 昭和23年9月28日の岩手新報より。 この頃、教育委員は選挙で選んでいた。 教育委員の選出の対立軸はやはり保守対革新で、組合側も各自治体で教育委員候補を擁立していた。 そこへ「多数の候補を擁立して選挙事務の妨害を図っている」というデマが流されたようである。 … 続きを読む
事件・犯罪・司法 26 1月 1948 【参考】帝銀事件 TBSスパークルの画像より。 岩手県には直接関係のないニュースではあるが、時代相を表す参考資料として。 ちなみに、このブログの管理人の祖父は郵便局に勤めていたが、この事件のニュースを聞き「うっかりお茶も飲めないな」と同僚と話していたいたという。 https://www.youtube.com/wat… 続きを読む
m県外・参考 3 12月 1947 アメリカの産児調節相談所(昭和22年12月3日) 昭和22年12月3日の新岩手日報より。 広告欄には「アメリカの産児調節相談所」の広告。 別に盛岡など岩手県内に来る訳ではなく、東京の代理店的な所が新岩手日報に広告を出していたというもの。 内容はペッサリーの使い方なので、女性側の避妊方法ということのようであった。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 23 11月 1946 日本三景・松島の強盗殺人(S21.11.23) 昭和21年10月22日、岩手県盛岡市の桜山神社境内にある「桜山引揚者更生市場」で飲食店を営む男性(42歳)は、宮城県遠田郡不動堂村(現在の美里町不動堂地区)出身の復員者である男(24歳)から、「宮城県松島町で安価な外国製煙草が手に入る」との話を持ち掛けられました。当時、煙草は闇取引で高値がついており… 続きを読む
m県外・参考 1 7月 1946 人気の「こどもしんぶん」(S21.7.1新岩手日報) この時期、新岩手日報では「こどもしんぶん」を発行していたようだ。 食糧難にあえぐ時期でも、このようなエクストラな消費をできるところはしていた、ということのようだ。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 1 7月 1946 樺太からの脱出者に聞く樺太の現状(昭和21年7月1日) 昭和21年7月1日の岩手日報より。 終戦後10か月余り、ソ連に占領された南樺太で生活を続け、昭和21年に年が明けてから脱出した宮古市内の30歳の男性に、終戦後の樺太の様子を聞くことにした。 終戦時の混乱 国境近くの気屯飛行場で警備にあたっていた。 その後敷香まで土工を率いて敷香に行くことを命ぜられた… 続きを読む
m県外・参考 18 3月 1946 岩手でも報じられた片岡仁左衛門一家鏖殺事件(S21.3.18新岩手日報) 【昭和の衝撃事件】新岩手日報が伝えた「片岡仁左衛門一家殺害事件」 昭和21年(1946年)3月18日付の紙面より Screenshot 戦後間もない混乱期、日本中を震撼させた衝撃的なニュースがありました。歌舞伎界の名門、十二代目 片岡仁左衛門とその一家5名が殺害された事件です。 今回、当時の「新岩手… 続きを読む
m県外・参考 3 1月 1946 天皇の「人間宣言」報道(S21.1.3新岩手日報) 【歴史的資料】昭和21年元旦、岩手の地で報じられた「人間宣言」 今回、非常に貴重な資料を入手しました。昭和21年(1946年)1月1日付の『新岩手日報』です。 Screenshot この日の紙面を飾っているのは、昭和天皇がいわゆる「人間宣言」を行われた際の詔書(しょうしょ)に関するニュース。終戦から… 続きを読む
l全県 1 1月 1945 警視庁「お願いだから東京で巡査に応募して!産業戦士やめてでも来て!」 昭和20年元旦の岩手日報より。 東京の警視庁が新聞広告で大々的に巡査を募集している。 この増産報国のご時世に、「産業戦士モ奮テ応募セヨ」となりふり構わず応募かけている。 … 続きを読む
l全県 1 12月 1943 千葉県の第二海軍航空廠で工員募集(昭和18年12月1日) 昭和18年12月1日の新岩手日報より。 求人広告では、千葉県の第二海軍航空廠で工員を募集している旨。 第二海軍航空ショーとは、現在の航空自衛隊木更津分屯基地となる。 … 続きを読む
m県外・参考 13 7月 1943 新岩手日報の特派員が北満守護の兵士に聞く(S18.7.13新岩手日報) 【戦時中の記憶】極寒の北満州から届いた「郷土への渇望」―昭和18年の新聞記事より 今回ご紹介するのは、昭和18年(1943年)7月13日付の『新岩手日報』です。 戦局が厳しさを増す中、郷土・岩手の記者が遠く離れた「北満州(現在の中国東北部)」へ渡り、最前線で任務に就く兵士たちの生の声を取材した貴重な… 続きを読む
l全県 4 4月 1943 電話供出に赤誠(S18.4.4新岩手日報) 昭和18年3月28日に軍需都市である釜石市の電話網を、受話器を上げるだけで即座に繋がる最新の共電式へと切り替える一方で、仙台逓信局では同時期に一般向けの電話供出運動を強力に展開していました。 Screenshot 同年4月4日付の新岩手日報によれば、電力戦下の重要生産拡充という烈烈な要望に即して、こ… 続きを読む
m県外・参考 1 4月 1942 映画配給社発足(S17.4.1新岩手日報) 紅系・白系じゃないの?昭和17年の新聞に見る映画配給「黄白」の謎 昭和17年(1942年)4月1日。この日は日本の映画史において、大きな転換点となった日です。 今回、当時の『新岩手日報』の紙面から、既存の映画史の記述とは異なる興味深い記述を見つけました。 1. 「映画配給社」の誕生と一元化 記事の見… 続きを読む