地方自治

一関町役場の吏員の服装を統一(S7.11.2岩手日報) i一関・西磐井郡

一関町役場の吏員の服装を統一(S7.11.2岩手日報)

昭和7年11月2日の岩手日報に、当時の伝統的な役場の姿を刷新しようとする興味深い記事が掲載されています。 タイトルは「吏員の服装統一 ―一関町役場の試み―」となっており、現在の一関市役所の前身である一関町役場が、新庁舎の落成という節目に職員の身なりを整えようとした当時の様子が記されています。 記事に…
遠野中学に廃止説!?(昭和7年10月29日) e釜石・遠野・上閉伊郡

遠野中学に廃止説!?(昭和7年10月29日)

昭和7年11月1日の岩手日報より。 明治34年(1901年)に開校した遠野中学校は、開校から30年にして財政難から廃校すると言う噂が立った。 それで、遠野町の複数の町議が町役場に集まって協議した結果「阻止運動を本格化させる前に成り行きを静観しよう」と言うことになった。  …
花巻駅付近の人身事故は二高生の心中(昭和7年7月1日) f花巻・稗貫郡

花巻駅付近の人身事故は二高生の心中(昭和7年7月1日)

昭和7年7月3日の読売新聞より。 7月1日の夜、東北本線の花巻付近で男女が轢死する人身事故があった。 どうやら遺留品を見てみると、二高(旧制。現在の東北大学教養部)の生徒とその恋人らしい。 仙台からも二高の生徒主事がやってきて確認に来たところ「間違いない」ということになった。 ところが、その二高生の…
石黒知事が県北の凶作地を視察(S7.1.10岩手日報) b二戸・二戸郡

石黒知事が県北の凶作地を視察(S7.1.10岩手日報)

昭和7年1月10日の岩手日報より。 当時の石黒英彦知事は、県北の凶作地を視察して歩くことにした。二戸警察署長の案内で馬橇に乗り、小鳥谷村の軽井沢部落に差し掛かる。谷底にあるみすぼらしい一軒家に「誰かいるかね」と声をかけても返事がない。奥に入ると中は真っ黒で顔も見えず、再び声をかけると藁布団から現れた…
中華民国の大水害に岩手県下でも義援金(S6.9.11岩手日報) l全県

中華民国の大水害に岩手県下でも義援金(S6.9.11岩手日報)

昭和6年9月11日の岩手日報には、当時の中華民国で発生した未曾有の大水害に対し、岩手県内でも義援金募集が始まったことが報じられています。 1931年中国大洪水は、黄河・長江・淮河流域を襲った一連の洪水で、記録上最悪級の自然災害とされます。前年までの旱魃に続く豪雨と雪解け、さらに活発だった台風活動が重…
盛岡市議一行が米内川の水源地を視察(S6.9.2岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市議一行が米内川の水源地を視察(S6.9.2岩手日報)

昭和6年9月2日の岩手日報によれば、盛岡市では市内に水道を敷設する計画を進めており、その水源地として米内川が候補に挙がっていた。 この日、盛岡市議会の一行は上米内駅で下車し、川沿いを歩きながら現地調査を実施。写真には、白いスーツや帽子を身につけた市議らが河原に立ち並び、水量や周辺の地形を確認している…
岩手県庁疑獄事件(S5.3.20判決) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県庁疑獄事件(S5.3.20判決)

昭和4年春、岩手県庁穀物検査所で現金約6,000円が盗まれる事件が発生した。犯人は金庫を盗み、中の現金を持ち去った後、金庫を窓外に捨てて逃走。この事件は内部関係者の犯行と疑われ、県庁関係者を対象に捜査が進められた。 捜査の結果、県庁会計課の職員が不審な豪遊を繰り返していることが判明。彼は遊郭や料亭で…
選挙違反の捜査は医師やレントゲン写真まで(S5.3.1岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

選挙違反の捜査は医師やレントゲン写真まで(S5.3.1岩手日報)

昭和5年の岩手県議会議員選挙をめぐり、盛岡地方裁判所検事局は大規模かつ徹底的な選挙違反捜査を展開していた。 この日報じられたのは、その取り調べが医療の領域にまで及んだという事実である。容疑の一つに「病気を装っていたのではないか」という疑惑が浮上し、検察はその裏付けとして病院関係者を聴取したのみならず…
紫波郡・気仙郡の度量衡取締主任が岩手日報本社見学(S4.9.1岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

紫波郡・気仙郡の度量衡取締主任が岩手日報本社見学(S4.9.1岩手日報)

昭和初期のある一日、紫波郡と気仙郡から選抜された度量衡取締主任40名が、盛岡市内にある岩手日報本社を訪問し、施設見学を行った。新聞紙面には、その様子を撮影した写真も掲載されている。 見学の目的は、報道機関の実務や印刷技術、編集体制を知ることにあったと考えられる。写真からは、印刷機が並ぶ工場のような現…
山田線の宮古〜山田の駅をどこに置くかの会議(S3.9.1岩手日報) d宮古・下閉伊郡

山田線の宮古〜山田の駅をどこに置くかの会議(S3.9.1岩手日報)

昭和3年9月1日の岩手日報より。 当時の山田線は、盛岡から上米内までしか開通していなかった。しかし、その路線名が示すように、いずれは山田町、さらには釜石方面まで延伸する構想が存在していた。 この時点では、上米内からさらに区界までは開通が予定されており、区界から宮古の間には7つの停車場(駅)が設置され…
選挙の棄権防止を盛岡市長自らが訴える(S3.2.20岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

選挙の棄権防止を盛岡市長自らが訴える(S3.2.20岩手日報)

昭和3年2月20日の岩手日報に掲載されたこの記事は、日本初の普通選挙という歴史的転換点における盛岡市の熱狂を鮮烈に伝えています。 Screenshot 25歳以上のすべての男性に参政権が与えられ、有権者が一気に膨れ上がったこの大選挙において、当時の北田親氏盛岡市長が取った行動は驚くほど積極的なもので…
花巻川口町の役場新築問題(S2.1.7岩手日報) f花巻・稗貫郡

花巻川口町の役場新築問題(S2.1.7岩手日報)

昭和29年、花巻町を中心とした周辺町村が合併し、現在の花巻市が誕生した。しかし、その少し前の昭和4年までは、花巻町と花巻川口町の二つに分かれていた時期があった。 今回紹介する昭和2年の記事は、その花巻川口町の役場庁舎の建て替え問題を扱ったものだ。 Screenshot 当時、役場の新築計画が必要とさ…
盛岡市役所など各地で大行天皇の遥拝所設置(S元.12.26岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市役所など各地で大行天皇の遥拝所設置(S元.12.26岩手日報)

1926年12月25日、大正天皇が崩御され、新たに「大行天皇(たいこうてんのう)」と追号された。この訃報を受け、全国各地では「遥拝所(ようはいじょ)」と呼ばれる仮祭壇が設けられ、官民問わず多くの人々が天皇に対する哀悼と敬意の意を表するため参拝・記帳を行った。 盛岡市役所にもこの遥拝所が設置され、市民…