e釜石・遠野・上閉伊郡 9 6月 1964 釜石で夏のおしゃれ市・プリント服地陳列会(昭和39年6月9日) 昭和39年6月9日の岩手東海新聞より。 釜石市内の呉服店では夏のおしゃれ市を開催する。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 6月 1964 昭和38年10月15日から全ての自動車に定期点検が義務付けられました!(昭和39年6月9日) 昭和39年6月9日の岩手東海新聞より。 釜石地区自動車整備協会では、自動車整備が義務付けられた旨の広告を出している。 今の言葉で言えば「車検」だろうか。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 9 6月 1964 夏休みは「はやちね」が盛岡〜宮古〜釜石〜盛岡の循環運転(昭和39年6月9日) 昭和39年6月9日の岩手東海新聞より。 盛岡鉄道管理局は、夏休みに備えて7月中旬から臨時列車を運転する。 釜石に関わるものでは、釜石と鵜住居の間の「さざなみ」を2往復運転する。 また、循環急行「はやちね」を初めて運転するが、盛岡〜宮古〜釜石〜花巻〜盛岡の時計周りで、1周6時間半となり、期間は7月25… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 6 6月 1964 釜石の家具店もオリンピックムード(昭和39年6月6日) 昭和39年6月6日の岩手東海新聞より。 釜石市内の家具店の広告もオリンピックムードになっている。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 6 6月 1964 釜石南高校の新校舎落成式(昭和39年6月6日) 昭和39年6月3日の岩手東海新聞より。 かねて松倉に建築中だった釜石南高校の校舎は、6月6日に落成式が行われることとなった。 校庭は41,910平方メートル、鉄筋コンクリートで一部5階の校舎となっていた。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 6月 1964 釜石製鉄所の溶接用の鋼材にもJISマークを認可(昭和39年6月5日) 昭和39年6月5日の岩手東海新聞より。 釜石製鉄所の重要製品として、線材とともにSM材(溶接構造用圧延鋼材)があった。 これを高級化し、品質の研究改善が行われ、ついには通産省からJIS表示の正式認可を受けたのだと言う。 SM材は、特に溶接性に優れており、船舶造船や建築プランとや橋梁や車両など幅広く使… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 6月 1964 夏漁に備えて魚箱や巻網の準備(昭和39年6月9日) 昭和39年6月9日の岩手東海新聞より。 夏漁に備えて、魚箱や巻き網の準備に余念がなかった。 魚箱作りは、主婦の内職であったという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 6月 1964 釜石商工会議所議員選挙の公示(昭和39年6月3日) 昭和39年6月3日の岩手東海新聞より。 釜石商工会議所の議員選挙の公示は以下の通りであった。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 2 6月 1964 宮古海上保安署は新庁舎建築中(昭和39年6月2日) 昭和39年6月2日の岩手東海新聞より。 宮古海上保安署は、それまで宮古海運局の2階を間借りをしていたものであるが、海事振興会が中心となって、宮古・下閉伊地区の船主や漁協に協力を求めて、全額地元負担で新しい庁舎を建設することになったのである。 それで、宮古市鍬ヶ崎の県有地をに、総工費250万円、木造モ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 2 6月 1964 ブラザーミシン釜石営業所では社員募集中(昭和39年6月2日) 昭和39年6月2日の岩手東海新聞より。 広告欄では、ブラザーミシン釜石営業所が社員募集の広告を出している。 学歴が「旧制中学卒以上」と言う時代でもあったようだ。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 6月 1964 釜石・鈴子温水プールが解体開始(昭和39年6月1日) 昭和39年6月3日の岩手東海新聞より。 一時期は「東北唯一の温水プール」として、冬季水泳大会も行われた釜石製鉄所の鈴子プールが、6月1日から解体を始めた。 鈴子プールは、三鬼隆が昭和11年に防火用の貯水池として作ったのが始まりであり、それまでプールのなかった釜石市のために、プールとして釜石市民に開放… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 31 5月 1964 釜石製鉄所の大運動会(昭和39年5月31日) 昭和39年6月1日の岩手東海新聞より。 毎年恒例の釜石製鉄所の大運動会は、5月31日に釜石製鉄所松倉グランドで開催された。 県南バスのストで開催が危ぶまれたが、ストが回避され、各社宅から多くの人が集まって、爆笑と共に各競技が進行された。 &nb… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 3月 1964 松尾鉱山の新しい住居表示(昭和39年3月20日) 岩手郡松尾村でも昭和39年4月1日から「住居表示に関する法律」(昭和37年5月10日法律第119号)に基づいた住居表示を行うようになるということで、村の広報まつお昭和39年3月20日号で広く周知することに。 この広報自体は「松尾鉱山資料館」で売っていたような気がする。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8 2月 1964 ‘64川徳オリジナル新入学用品(S39.2.8岩手東海新聞) 昭和39年も新入学商戦に入ろうとしていた。 盛岡の川徳が釜石の岩手東海新聞に広告を出す。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 2月 1964 釜石駅から「蛍の光」で東海製鉄へ33人が転出(S39.2.7岩手東海新聞) この年の2月1日、釜石から最初の東海製鉄への転出車が送られたが、今度は第2陣の33名が転出。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 2月 1964 釜石の人口が減って8万人台になります!(昭和39年2月5日) 昭和39年2月5日の岩手東海新聞より。 東海製鉄への転出の影響で、釜石市の人口が8万人台に減るという。 それは大ニュースであった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 2月 1964 釜石の人が中国・広州に行ってきた(昭和39年2月4日) 昭和39年2月4日の岩手東海新聞より。 釜石の人が中国に行ってきたようで、広州に行ってきた印象を語っている。 ちなみに当時は中華人民共和国との国交は無く、国交があった「中国」は中華民国つまり台湾の方。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 2月 1964 釜石職安「遠野の皆さん!釜石に来て働いて下さい!」(昭和39年2月3日) 昭和39年2月3日の岩手東海新聞より。 釜石職業安定所では、労働力不足に頭を悩ませていた。 そこで、農村地帯である遠野の労働力に釜石に来てもらおう、というキャンペーンを張ることになった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 2月 1964 釜石の衣料品店は一斉休業日を設けます!(昭和39年2月3日) 昭和39年2月3日の岩手東海新聞より。 釜石市内の衣料品店で結成される「釜石線維同友会」では、一斉休業日を設けるようにした。 2月は第2・第4火曜日に休むという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 2月 1964 日本計算機は35,000円(S39.2.1岩手東海新聞) 広告欄より。 機械式の「日本計算機」は35,000円であったという。 この時期の大卒初任給は2万円だった。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 2月 1964 東海製鉄の社長が釜石を訪問(昭和39年2月1日) 昭和39年2月1日の岩手東海新聞より。 愛知県の東海製鉄では、その操業開始に当たって釜石製鉄所の労働者も7〜800人欲していた。 そこで、社長自らが釜石まで来たのである。 希望者は1000人程度いたが、800人弱まで絞ったのだという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 2月 1964 釜石で「ビル」といえば浜町の市営ビルだった(昭和39年2月1日) 昭和39年2月1日の岩手東海新聞より。 釜石市内の肉屋が広告を売っている。 その名も「ビルの工藤」。 まるで釜石市内にはビルは釜石市営ビルしかないかのように。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 17 1月 1964 水洗に勝るスーパー便所!(昭和39年1月17日) 昭和39年1月17日の岩手東海新聞より。 広告欄には「スーパー便所」として、水洗便所に勝るトイレを広告している。 水洗便所は、下水道が整備されていないと設置できないので、「水洗便所に勝る」何かが求められていたのだろう。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 15 1月 1964 大槌小学校では廃品回収で修学旅行資金を稼ぐ(昭和39年1月15日) 昭和39年1月15日の岩手東海新聞より。 大槌小学校では廃品回収で修学旅行を稼ぎ、1人の欠席者も出さないと意気込んでいた。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11 1月 1964 盛岡の川徳が成人式セール(昭和39年1月11日) 昭和39年1月11日の岩手東海新聞より。 盛岡の川徳デパートが釜石の岩手東海新聞で成人式を祝う広告を出している。 この絵柄こそがいかにも1960年台のファッション画。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 1月 1964 釜石の刺傷ざたが市民の献血で救われる(昭和39年1月4日) 昭和39年1月6日の岩手東海新聞より。 港町・釜石は常に流れ者が絶えず、喧嘩も勃発していたが、ついにナイフでの刺傷沙汰になってしまった。 刺された方は、県立釜石病院に運ばれたが、生命危篤となっていた。 このような時、献血を呼びかけ、この時はギリギリのところで助かったのだと言う。 このこ… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 1月 1964 日通観光釜石支店「サンゴ礁にサンゴ礁に浮かぶ常夏の島!沖縄観光募集中!」(昭和39年1月4日) 昭和39年1月4日の岩手東海新聞より。 日通観光釜石支店が沖縄旅行を募集している。 この当時は、沖縄旅行はパスポートの必要な時代だった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 1月 1964 釜石の江利チエミ公演詐欺の顛末(昭和39年1月4日) 昭和39年1月4日の岩手東海新聞より。 昭和37年に釜石で江利チエミ公演詐欺があったようで、今度こそはと本物の江利チエミの所属会社に交渉してきてもらうことに。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 12月 1963 盛田カバン水沢店では革製品が景品付大特売(昭和38年12月12日) 昭和38年12月12日の岩手民声新聞より。 水沢駅前にある盛田カバン水沢店では、革手袋や革ジャンパーの景品付大特売をすると言う。 … 続きを読む