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聞け!映画「原爆の子」に寄せる巷の声(昭和27年9月11日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

聞け!映画「原爆の子」に寄せる巷の声(昭和27年9月11日)

昭和27年9月11日の岩手日報より。 サンフランシスコ講和条約までは、日本に国家主権はなく「occupied  Japan」だったため、アメリカを批判するようなことは報道できなかった。 それで、原爆被害も大っぴらに報道することはできなかったのだ。 しかし、講和で独立を勝ち取ると、それを大っぴらにする…
わが町 わが村「平泉町」 i一関・西磐井郡

わが町 わが村「平泉町」

昭和27年9月5日の岩手日報より。 「わが町 わが村 戦後版」というシリーズ物の記事で、この日は平泉町。 昔も今も、もちろん令和でも岩手県で観光地といえば平泉・中尊寺となる。 しかし、戦中の修学旅行が禁じられていた時期は、ペンペン草が生え金色堂から雨漏りがする有様であったという。 それが戦後の復興と…
盛岡・四ツ家教会で和装のカトリック式結婚式(昭和27年5月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・四ツ家教会で和装のカトリック式結婚式(昭和27年5月16日)

昭和27年5月17日の岩手新聞より。 盛岡市日影門外小路(現在の盛岡中央郵便局の通り)の四ツ家教会で和装ながらカトリック式の結婚式。 記事では「牧師は厳かに式を進める」と書いているが、牧師とはプロテスタントの表現で、ここでは「神父」となるはず。 四ツ家教会は令和4年現在でもカトリック教会として現存す…
盛岡・シネマミソノで「どっこい生きてる」封切!(昭和26年7月29日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・シネマミソノで「どっこい生きてる」封切!(昭和26年7月29日)

昭和26年7月29日の「夕刊いわて」より。 盛岡・生姜町(肴町から八幡町に行く通り)のシネマミソノでは「どっこい生きてる」を封切する。 「どっこい生きてる」は昭和26年7月7日公開の北星映画というマイナーな映画社の配給であったが、この年のキネマ旬報ベスト5に輝いている。 日雇い労働者をテーマにした今…
盛岡・内丸座で「カルメン故郷に帰る」公開!(昭和26年7月21日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・内丸座で「カルメン故郷に帰る」公開!(昭和26年7月21日)

昭和26年7月21日の「夕刊いわて」より。 盛岡の内丸座では「カルメン故郷に帰る」を上映する。 「カルメン故郷に帰る」は昭和26年3月21日公開の松竹映画で、高峰秀子がストリッパー役で出るというもの。   同作は、鉄道マニアの間では「草軽電鉄(軽井沢~草津温泉。昭和37年廃止)がカラーで見…
【1コマ漫画】親子心中防止(昭和26年7月1日) l全県

【1コマ漫画】親子心中防止(昭和26年7月1日)

昭和26年7月1日の「夕刊いわて」より。 1コマ漫画で親子心中について扱っている。 親子心中が後を断たない時代だったようで、「親子心中の方はいますぐご相談においで下さい」という立て看板がしてある。 その隣には葬儀社が広告を出している。 「どうせ死ぬなら葬儀のことまで考えましょう」と開き直ってしまって…
盛岡中劇で「暁の出航」ナイトショウで公開します!(昭和26年6月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡中劇で「暁の出航」ナイトショウで公開します!(昭和26年6月14日)

昭和26年6月14日の「夕刊いわて」より。 盛岡中劇で1949年(昭和24年)のイギリス映画「暁の出航」(原題:MORNING DEPARTURE)をナイトショーで公開するという。 日本初公開は昭和25年12月11日。 洋画であれば東京とのタイムラグは半年程度あるのはこの当時は当たり前だったようであ…
女子プロ野球「マルキン・シスターズ」が盛岡に来ますよ!(昭和26年6月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

女子プロ野球「マルキン・シスターズ」が盛岡に来ますよ!(昭和26年6月14日)

昭和26年6月14日の「夕刊いわて」より。 女子プロ野球の「マルキン・シスターズ」が、17日に盛岡に来るという。 そして盛岡駅の裏にあった盛鉄球場で、市内の名士による野球チーム「名士軍」と、マルキン醤油岩手支店のチームと試合をするのだという。 一行は、17日の朝9時半に盛岡に到着した後、10時から大…
岡晴夫が岩手県公会堂に来ます!!!(昭和26年4月28日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岡晴夫が岩手県公会堂に来ます!!!(昭和26年4月28日)

昭和26年4月27日の「夕刊いわて」より。 昭和20年代を代表する歌手である岡晴夫が盛岡に来るという。 スケジュールは4月28日から2日間、岩手県公会堂にて。   岡晴夫の人気は非常なもので、大阪では夜の公演が終わると、翌日の昼の公演を待つ客の列が宿まで延びていた等の伝説がある。 しかし、…