f花巻・稗貫郡 9月 9日 1947 松本幸四郎一座が花巻に来ます!(昭和22年9月9日) 昭和22年9月3日の新岩手日報より。 松本幸四郎一座が花巻で公演をするという。 ちなみに「松本幸四郎」とは言っても松たか子の父は9代目で、ここに出ているのは7代目。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 24日 1946 「星野スミレ」は実在のピアニストだった(昭和21年7月24日) 昭和21年7月21日の岩手日報より。 盛岡の国民劇場で大音楽会が開催されるというが、それより「ドラえもん」「パーマン」でお馴染みの「星野スミレ」は実在のピアニストだったらしい。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 21日 1946 盛岡・国民劇場で日比親善拳闘大試合を開催します!(昭和21年7月21日) 昭和21年7月13日の岩手日報より。 盛岡の国民劇場で日比親善拳闘大試合を開催するという。 そんなに有名な選手はいるのかな… … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 14日 1946 盛岡・国民劇場に藤原義江が来ます!(昭和21年7月14日) 昭和21年7月11日の岩手日報より。 盛岡の国民劇場にテノール歌手の藤原義江が来ると言う。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 11日 1946 盛岡映画案内(昭和21年7月11日) 昭和21年7月11日の岩手日報より。 盛岡市の映画案内。 封切館は内丸座(松竹)、中劇(大映)、第一(東宝)の3館だったと言うことかな。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 1日 1946 近日、長町日活館跡に「銀映座」が開場します!(昭和21年7月1日) 昭和21年7月1日の岩手日報より。 かつて、長町(河北小学校のあたり?)には「長町日活館」という映画館があった。 ここに「銀映座」ができるという。 … 続きを読む
f花巻・稗貫郡 8月 17日 1945 高村光太郎「一億の号泣」(昭和20年8月17日) 昭和20年8月17日の岩手日報より。 この当時、高村光太郎は、岩手県花巻町の宮沢賢治の弟の家に疎開をしていた。 そこで終戦を迎えることとなり、新聞に詩を寄せたのである。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8月 12日 1945 盛岡・国劇で市川團十郎・市川鶴之助一座が特別興行!(昭和20年8月12日) 昭和20年8月10日の岩手日報より。 盛岡の国劇(のちの国民映画劇場と同じ場所?)で、市川團十郎と市川鶴之助一座の歌舞伎興行を行うという。 あちこちで空襲がある中、一般市民も歌舞伎興行を開催し、それを見に行く余裕があったのかどうかは分からないが、このような記録はあるということで。 &n… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8月 10日 1945 今週の映画は「最後の帰郷」(大映)、「愛と誓ひ」(東宝)(昭和20年8月10日) 昭和20年8月10日の岩手日報より。 この時期になると映画配給はどこの映画会社で製作するにかかわらず「紅系」「白系」に分けて行われるようになったようである。 この記事を書いている令和3年年末の時点で、どちらがどっちかは判然としていないが。とにかく2本ずつの映画配給ということには変わりなかったようであ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 16日 1945 宮城千賀子一座が盛岡・国劇に来ます(昭和20年7月16日) 昭和20年7月12日の岩手日報より。 宮城千賀子の一座が7月16~17日に盛岡の国劇で公演を行うという。 この時期、宮城千賀子は出産して映画から退いていたが、自ら「劇団なでしこ」を旗揚げして各地を巡業していたという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8月 3日 1944 盛岡市内映画案内(昭和19年8月3日) 昭和19年8月3日の岩手日報より。 盛岡市内の映画情報として7館の上映情報が載っている。 また、前後にはない映画館として「長町日活館」「生姜町日活館」がある。 長町とは材木町から上田に向かう途中のあたり、生姜町とはホットライン肴町の真ん中あたりから八幡宮へ向かうあたり。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8月 3日 1944 盛岡・第一映画劇場で「都会の奔流」上映(昭和19年8月3日) 昭和19年8月2日の岩手日報より。 昭和15年6月13日初公開の松竹映画「都会の奔流」が第一映画劇場で公開。 主演は佐分利信。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8月 3日 1944 盛岡・国劇で「鞍馬天狗 薩摩の密使」公開(昭和19年8月3日) 昭和19年8月2日の岩手日報より。 盛岡・国民映画劇場で日活「鞍馬天狗 薩摩の密使」を公開する。 嵐寛寿郎が主演で、初公開は昭和16年7月14日と、3年以上が経過している。 これが盛岡での初公開かどうかは不明。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 8月 3日 1944 盛岡中劇と松竹内丸座で「小太刀を使う女」封切(昭和19年8月3日) 昭和19年8月2日の岩手日報より。 大映の「小太刀を使う女」が盛岡中劇と内丸松竹座で8月3日に封切されることとなった。 水谷八重子(初代)と月丘夢路のダブル主演で、東京での初公開も同じ8月3日。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 12月 2日 1943 川徳デパートで皇軍感謝の華道展(昭和18年12月2日) 昭和18年12月2日の新岩手日報より。 昭和16年12月8日の真珠湾攻撃で始まった大東亜戦争も、これで3年目。 川徳デパートでは、その皇軍感謝と銘打った華道展を行うという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4月 15日 1943 盛岡中劇・国劇で「家」「くもとちゅうりっぷ」を公開(昭和18年4月15日) 昭和18年4月15日の新岩手日報より。 盛岡中劇・国劇で「家」「くもとちゅうりっぷ」を公開する。 いずれも昭和18年4月15日の松竹作品。 「家」の出演は小杉勇・小沢栄太郎・風見章子など。 「くもとちゅうりっぷ」はアニメーション映画。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4月 8日 1943 盛岡中劇・国劇で「敵機空襲」、内丸座・第一で「エノケンの兵六夢物語」公開(昭和18年4月8日) 昭和18年4月8日の岩手日報より。 盛岡の中央映画劇場と国民劇場では「敵機空襲」を公開する。 「敵機空襲」は松竹が昭和18年4月1日に初公開。田中絹代や上原謙が出演。 また、内丸座や第一映画劇場では「エノケンの兵六夢物語」を公開する。 こちらは東宝配給で昭和18年4月1日に初公開。主演は表題通り榎本… 続きを読む
f花巻・稗貫郡 4月 2日 1943 大迫からは指人形を前線へ(昭和18年4月2日) 昭和18年4月4日の新岩手日報より。 稗貫郡大迫町では、北方前線で敵である米国の撃滅に戦闘をしている皇軍に指人形を送って慰問しようとしていた。 国民学校では指人形を作り、婦人会では衣装を作ったと言う。 そして4月2日に600個が出来上がり、町役場に持ち込まれたので、街では近日中に荷造りをして盛岡連隊… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4月 1日 1943 盛岡中劇・国民劇場で「兵六夢物語」公開!(昭和18年4月1日) 昭和18年4月1日の新岩手日報より。 盛岡中央劇場と国民劇場では、「兵六夢物語」を公開する。 「兵六夢物語」は昭和18年4月1日初公開の東宝映画で、出演はエノケンや高峰秀子など。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7月 2日 1942 岩手県公会堂で前線を偲ぶ演芸会(S17.7.2新岩手日報) 岩手県公会堂で、白衣の勇士を招き「前線を偲ぶ演芸会」が開催された。 白衣の勇士とは傷痍軍人のこと。 このような福祉事業は、皇后陛下の御心のもとに行われるということになっていた。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1月 20日 1942 松平晃・三原純子・森光子が盛岡で公演します…よね?(昭和17年1月20日) 昭和17年1月20日の岩手日報の広告欄より。 タイヘイレコードの松平晃とその楽団、三原純子、森光子が公演を行うという。 ところが、盛岡市内のどこで公演するかが全く書いていないのである。 岩手日報の広告に「公演」と書いているくらいなので、来て公演するのは確かなのだろう。 しかしどこで公演するかが全く書… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1月 15日 1942 盛岡・中劇で「舞姫記」公開(昭和17年1月15日) 昭和17年1月15日の岩手日報より。 盛岡・中央映画劇場で「舞姫記」を公開する。 「舞姫記」(原題:FANNY ELSSLER)は1936年製作のドイツ映画で、日本での初公開は昭和16年。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1月 7日 1942 新興キネマ「花嫁剣法」封切します!(昭和17年1月7日) 昭和17年1月7日の岩手日報より。 新興キネマ「花嫁剣法」が封切するという。 主演は大友柳太郎で初公開は昭和16年9月18日 ・・・が、新興キネマというのは当時の映画配給会社であり、この記事の3日後に大都映画と合併して大日本映画製作(大映)が発足するのであるが、別に盛岡にそのような劇場があったわけで… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1月 7日 1942 盛岡・内丸座で松竹映画「君と僕」封切!(昭和17年1月7日) 昭和17年1月7日の岩手日報より。 盛岡・内丸座で松竹映画「君と僕」を封切するという。 主演は小杉勇で、李香蘭が特別出演するという。 初公開は昭和16年11月15日であったので、タイムラグは2か月弱。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11月 6日 1941 盛岡中劇で「世界の涯てに」を公開します!(昭和16年11月6日) 昭和16年11月6日の岩手日報より。」 盛岡中劇では「世界の涯てに」を公開する。 「世界の涯てに」(原題:ZU NEUEN UFERN)は1936年(昭和11年)制作のドイツ映画で、日本での初公開は昭和16年であるという。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11月 6日 1941 盛岡・第一映画劇場では「青春角力日記」「越後獅子祭」を公開します!(昭和16年11月6日) 昭和16年11月6日の岩手日報より。 盛岡の第一映画劇場では「青春角力日記」と「越後獅子祭」を公開するという。 「青春角力日記」は昭和13年5月21日初公開の東宝映画で、スポ根映画のはしりであるともいわれている。 「越後獅子祭」は昭和14年8月20日初公開の東宝映画で、長谷川一夫や入江たか子が出演。… 続きを読む