a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 1月 1931 軍隊でも正月は朝風呂で楽しむ(S6.1.1岩手日報) 昭和6年1月1日の岩手日報には、軍隊におけるのんびりとした新年の様子が伝えられている。タイトルは「朝風呂に浸ってのんびり新年を祝ふ 楽しい軍隊生活」。 記事によれば、元旦の早朝、盛岡に駐屯する騎兵第3旅団では、兵舎ごとに紅白の幕が張られ、静かな年明けを迎えていた。兵士たちは夜明けとともに順に「朝風呂… 続きを読む
l全県 1 1月 1931 昭和六年新年号(S6.1.1岩手日報) 昭和六年の元旦紙面──羊の年を迎える 昭和6年1月1日、岩手日報の新年号は、未年(ひつじどし)の到来を寿ぐ特別な紙面で飾られている。 冒頭には大きく右書き横書きで「岩手日日新聞新年号」と描かれ、日の出を背景に数頭の羊がゆったりと佇む絵が据えられている。山並みと海原を背に、朝日が昇る構図には、吉兆を祈… 続きを読む
l全県 1 1月 1931 岩手の子宝たち(S6.1.1岩手日報) 昭和6年の元旦、岩手日報では「子福者(こふくしゃ)」──すなわち多くの子どもを持つ家庭──を取り上げた特集記事が組まれた。いずれも子だくさんを喜びとし、家族の和やかな団らん風景が写真と共に紹介されている。 七男七女の子福者(宮古町横町) 宮古町横町では、七男七女の14人きょうだいを育てた一家が登場。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 3月 1930 商品陳列所に雛人形(S5.3.2岩手日報) 現在の「もりおか歴史文化館」が建つ場所には、かつて「商品陳列所」と呼ばれる建物があった。これは岩手県が設置した公共施設で、県内の工業製品や地域の物産を展示・紹介する場として利用されていた。のちに「岩手県工業試験場」を経て、現在の「岩手県工業技術センター」へとその系譜は受け継がれていく。 新聞に掲載さ… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 5 9月 1929 川井と花巻で自動車事故(S4.9.5岩手日報) 昭和4年(1929年)9月3日、小国村で行われた早池峰神社の祭典に関連し、2件の自動車事故が報じられました。 ひとつは、小国村と江繋村の境界付近で発生した事故です。参詣者を満載したトラックに乗っていた34歳の男性が、酒に酔った勢いで走行中に突然車外へ飛び降りました。ちょうど後続していた車の進路に滑り… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 7 9月 1928 日詰町の秋祭り(S3.9.7岩手日報) 昭和3年(1928年)9月、紫波郡日詰町(現在の紫波町)で行われた秋祭りの様子が、当時の岩手日報に掲載されている。紙面には、白装束の男たちが御神輿を担ぎ、山車が賑やかに町を巡る様子が写されており、地域の熱気がそのまま伝わってくる。 この秋祭りは、五穀豊穣や地域の安寧を祈願する重要な年中行事として、町… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 1月 1927 盛岡刑務所の元旦は?(昭和2年1月2日) 昭和2年1月2日の岩手日報では、盛岡刑務所まで取材に行ってその様子を伝えている。 盛岡刑務所では、諒闇の中でも1月3日まで特別な処遇をし、教誨室に集まって教誨師から説諭があったという。 警務当事者のコメントでは「一同謹慎の意を示し悲愁の意を呈していた」とのこと。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 1月 1927 昭和初めての元朝参りは大賑わい(昭和2年1月1日) 昭和で初めてとなる元朝参りは、例年より大賑わいだったようで、盛岡八幡宮では1万人の人出であったという。 昭和2年1月4日の岩手日報より。 昭和2年に日が変わった2時頃には降雨があったようで人混みは一時期絶えたようである。 各神社のお賽銭は以下の通り。 盛岡八幡宮 170円 桜山神社 90円 招魂社 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 26 12月 1926 川徳呉服店「肴町では聯合歳の市をやってますよ!」(S元.12.26岩手日報) 昭和元年(1926年)12月26日の『岩手日報』紙面には、盛岡・肴町で開かれていた「聯合歳の市」の広告が掲載されている。当時の川徳呉服店を中心に、肴町の商店が一体となって年末年始のセールを展開していた様子が伝わってくる。 広告には「十八日より新年三日まで」と右書きで記されており、12月18日から正月… 続きを読む