h水沢・江刺・胆沢郡 6 4月 1962 サンヨー洗濯機で温泉旅行にご招待(昭和37年4月6日) 昭和37年4月6日の胆江日日新聞より。 岩手三洋の水沢営業所により、サンヨー洗濯機の購入で温泉旅行に招待する旨の広告が出されている。 当時の洗濯機は、このようなものであったようだ。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 6 4月 1962 水沢・岩谷堂の電話局に自動電話新架設900台(昭和37年4月6日) 昭和37年4月6日の胆江日日新聞より。 電電公社岩手電気通信部では、水沢電報電話局と岩谷堂電報電話局の新庁舎完成に伴う自動電話取り付け加入数を検討中であった。 そのうち、水沢は789、岩谷堂は155の計944に決まった。 この時点で、水沢市内の加入数は1357、岩谷堂516で、これに新規申し込みを加… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 2月 1962 県南バス江刺営業所の移転や道路事情などについて投書(昭和37年2月12日) 昭和37年2月12日の岩手民声新聞より。 投書欄には、県南バス江刺営業所の移転に始まって、江刺市内の道路事情について書かれている。 投稿者は70歳越えだというので、1962年から見ると明らかに19世紀生まれ。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 2月 1962 江刺市内の農協に「食肉銀行」を(昭和37年2月12日) 昭和37年2月12日の岩手民声新聞より。 江刺市内の各農協では、出荷調整のために冷蔵施設を設けることを決めた。 それを「食肉銀行」という言い方をしていたようである。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 2月 1962 江刺出身の前田川を激励する会(昭和37年2月12日) 昭和37年2月19日の岩手民声新聞より。 江刺市稲瀬出身の前田川を励ます会が2月12日に江刺市役所ホールで開かれ、130人が集まった。 昭和37年の初場所では、東前頭6枚目で5勝10敗と負け越していた。 それでなくとも好不調の波の激しい力士だったようだ。 前田川は揃いの紋付羽織で威儀を正して参加し、… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 2月 1962 盛田カバン水沢店では成人祝の大特売(昭和37年1月12日) 昭和37年1月12日の胆江日日新聞より。 盛田カバン水沢店では成人祝いの大特売をするという。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 2月 1962 釜石市内から東海製鉄関係で転出する小中学生は456人(昭和39年2月7日) 昭和39年2月7日の岩手東海新聞より。 東海製鉄所が開業するに際し、釜石市内からお多くの小中学生が転校することとなった。 その数は456人にも登ったという。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 5 2月 1962 県立江刺病院にガストロカメラとレントゲン導入(昭和37年2月5日) 昭和37年2月5日の岩手民声新聞より。 前年来、本館建設など江刺唯一の総合病院として施設の充実を進めている県立江刺病院に、最新式のレントゲン撮影機1台と、胃を調べるガストロカメラ2台が導入されることになった。 レントゲンは島津製作所製で、購入額も2,800,000円と、旧式の2倍以上するものである。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 26 1月 1962 江刺市商工会が商工会議所に昇格確実(昭和37年1月26日) 昭和37年1月26日の岩手民声新聞より。 江刺市商工会は、商工会議所に昇格するのが確実視されていた。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 26 1月 1962 江刺市内の食料品店でビスケット祭り(昭和37年1月26日) 昭和37年1月26日付の岩手民声新聞を開くと、当時の江刺市にあった食品センター「水丹」の活気ある広告が目に飛び込んできます。2月をサービス月間と銘打ったその紙面で、何より目を引くのは「東邦のビスケットまつり」という大きな見出しです。 この東邦製菓は、かつて盛岡市の青山地区でビスケットを製造していた地… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 19 1月 1962 お洗濯はライオン石鹸を!(昭和37年1月26日) 昭和37年1月26日の岩手民声新聞より。 ライオン石鹸の総代理店であるという江刺市内の店舗が広告を出している。 北上や八戸にも支店があるらしい。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 19 1月 1962 胆江麺類同業組合ではメニューの値上げ(昭和37年1月19日) 昭和37年1月19日の岩手民声新聞より。 胆江麺類同業組合の会員となる食堂では、材料費の高騰などからメニューの値上げをすることに。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 16 1月 1962 プリンス・グロリア117万円!スカイライン105万円(昭和37年1月16日) 昭和37年1月16日の岩手日報より。 岩手プリンスでは、プリンス自動車の大売り出しをしている。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 14 1月 1962 盛岡河川漁協が簗川でサケの稚魚の放流(昭和37年1月14日) 昭和37年1月14日の岩手日報より。 盛岡市神子田町(かつて市立病院があったあたり)の盛岡河川漁協は、簗川でこの年初めてのサケの稚魚の放流を行った。 前年の11月に北上川や簗川に遡上した親サケから採卵し、簗川で孵化した10万尾を放流したのである。 放流された稚魚は、群れを成して本流へ巣立っていった。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 14 1月 1962 岩手川「乾杯!ご成人おめでとう」(昭和37年1月14日) 昭和37年1月14日の岩手日報の広告欄より。 盛岡の酒造メーカーである「岩手川」は、昭和45年まで「浜藤酒造店」という商号であった。 酒造メーカーだけに新成人となれば潜在顧客がそれだけ増えるということになる。 それで、1月15日の成人の日を前に広告を打ったわけだ。 … 続きを読む
f花巻・稗貫郡 13 1月 1962 見通しの悪い峠道で花巻バスとトラックが衝突事故(昭和37年1月13日) 昭和37年1月14日の岩手日報より。 花巻市高松地内の県道花巻-鱒沢線で、沿岸から来たトラックと花巻発遠野行きの花巻バスが正面衝突した。 見通しの悪い峠道であり、路面が凍結しているという悪条件もあった。 衝突により、バスの中の45名の乗客のうち35名が転び、3名は重軽傷。 現在でこそこ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 13 1月 1962 繋温泉に無料の市民浴場が完成 昭和37年1月13日の岩手日報より。 「盛岡の奥座敷」として知られる繋温泉で、繋温泉組合の出費と地元民の勤労奉仕で市民浴場「薬師の湯」が完成した。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 1月 1962 江刺で社会党議員「自民党は徒党政治だ!農家は集団化すべきだ!」(S37.1.12岩手民声新聞) 昭和37年1月12日に発行された岩手民声新聞の第1001号には、江刺市選挙管理委員会や同市婦連、同市労協の共催で江刺市役所の大ホールにて開催された国会報告演説会の詳細が克明に記録されています。会場には市労連や市青協などから約500人の市民が詰めかけ、ベルリン問題など緊張する世界情勢や、行き悩む日本経… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 1月 1962 江刺の県南バスターミナルに食堂が開業(S37.1.12岩手民声新聞) 昭和37年1月12日の岩手民声新聞を開くと、当時の江刺市の活気ある日常を切り取ったような、一枚の広告が目を引きます。鉄道が通っていない江刺市において、岩手県南バスのバスターミナルは単なる停留所ではなく、街の玄関口であり、人々の生活が交差するもっとも重要な拠点でした。 広告に掲載されているのは、そのタ… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 1月 1962 岩手日報も岩手民声新聞の1000号を祝福(S37.1.12岩手民声新聞) 昭和37年1月の岩手民声新聞1000号記念号を読み解くと当時の地方メディアのあり方が鮮明に浮かび上がってきます。紙面中央に鎮座する岩手日報社からの祝賀広告は、一地方の週刊紙が県域紙からも一目置かれる存在であったことを物語っています。当時の岩手日報社長である宮福次郎氏らの名が並ぶその佇まいからは、言論… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 1月 1962 税理士の業務報酬が変わります!(S37.1.12胆江日日新聞) 昭和37年1月12日の胆江日日新聞に、当時の水沢の税理士事情を知ることができる貴重な広告が掲載されていました。日本税理士連合会の規定に基づき報酬を改定するという内容の公告ですが、そこに記された具体的な金額からは、高度経済成長期へと向かう時代の息吹が感じられます。 当時の報酬額を見てみると、法人の調査… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 11 1月 1962 水沢青果市場の卸値(S37.1.11胆江日日新聞) 昭和37年1月11日の胆江日日新聞に掲載された水沢青果市場の市況は、高度経済成長期の入り口に立つ当時の食卓の風景を鮮明に映し出しています。この資料で最も興味深いのは、にんじんやごぼうの取引単位として「貫」という言葉が堂々と使われている点です。公的な取引において尺貫法の使用が法律で禁止されたのは、この… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 11 1月 1962 空前のスキーブームで前年比1割増 昭和37年1月11日の岩手日報より。 写真は龍ヶ森駅 この年は「空前のスキーブーム」だったようで、龍ヶ森や八幡平といったスキー場は例年に比べ1割多い人出であったという。 盛鉄局調べでは、旧臘12月24日~1月5日の入り込み人員は以下の通りであったという。 八幡平 374人(+10%) ・・・ 東北地… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 1月 1962 釜石の缶詰工場が休閑期に遠野のとうもろこしを加工(S37.1.8岩手日報) 釜石の缶詰工場が休閑期に遠野のとうもろこしを加工するという、「水産釜石」と「農業遠野」を結ぶ試みが行われた。 … 続きを読む
l全県 8 1月 1962 台所文化の女王!水道式自動洗米器(昭和37年1月8日) 昭和37年1月8日の岩手日報の広告欄より。 水道式自動洗米器の広告が出ている。 やはり米を研ぐというのはそれなりに手間を感じることだったようだ。 それで「自動洗米器」が出て「冬季でも冷寒を覚えず愉快に洗米できます」「指先の美は少しも傷つけずに洗米できます」というコピーが出てくる。 なるほど、生活も近… 続きを読む
l全県 8 1月 1962 4月から複式学級の教員の手当増額します(昭和37年1月8日) 昭和37年1月8日の岩手日報より。 へき地の学校は人数が少なすぎて。2学年以上の児童・生徒を1人の教員が教える「複式学級」がかなり存在した。 岩手県の場合はこの時点で以下の通りだった。 小学校(599学級) 2学年受け持ち・・・396 3学年以上受け持ち・・・177 全学年受け持ち・・・26 中学校… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 8 1月 1962 お正月はみその東宝が引き受けた!(昭和37年1月8日) 昭和37年1月8日の胆江日日新聞より。 水沢で映画館といえばみその東宝だった。 東宝とは言っても松竹や日活の作品も上映していたようだ。… 続きを読む