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釜石鉱山~釜石製鉄所の鉱石輸送は昭和40年3月に社線から国鉄に切り替え予定(昭和40年1月16日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石鉱山~釜石製鉄所の鉱石輸送は昭和40年3月に社線から国鉄に切り替え予定(昭和40年1月16日)

昭和40年1月16日の岩手日報より。 これまで、釜石鉱山から釜石製鉄所に運ぶ鉄鉱石は、国鉄の陸中大橋駅付近から釜石駅前の製鉄所まで、国鉄と並行して「社線」という専用線で輸送していた。 この「社線」、釜石市内の小佐野や甲子といった市街地の道路の真ん中を走っていたので、自動車が増えるにつれ邪魔でしょうが…
釜石選出の3県議が語る未来予想図(S40.1.1岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石選出の3県議が語る未来予想図(S40.1.1岩手東海新聞)

昭和40年1月1日付の岩手東海新聞に掲載された新春座談会は、当時の釜石が抱えていた熱気と課題を鮮明に映し出しています。出席者は社会党の栗沢勇治氏、自民党の川端広平氏、そして同じく社会党の菊池伝助氏という、当時の釜石選出の岩手県議会議員三名です。この顔合わせは、党派を超えて釜石の未来をいかに切り拓くか…
昭和40年元旦の抱負(S40.1.1岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

昭和40年元旦の抱負(S40.1.1岩手東海新聞)

昭和40年の元旦、岩手東海新聞の紙面を飾ったのは1965年希望の鼓動という力強い言葉と火花散る工場の熱気でした。一面のトップを飾るこの写真は釜石製鉄所の作業風景であり、まさに鉄の街の新聞である岩手東海新聞らしさが鮮明に表れています。この頃、岩手沿岸部が抱いていた壮大なビジョンが三陸ベルト地帯構想です…
知らない間に結婚してた!? e釜石・遠野・上閉伊郡

知らない間に結婚してた!?

昭和39年12月20日の岩手日報より。 大阪に住む59歳独身の会社員が、本籍地のある徳島県小松島市役所から戸籍抄本を取り寄せた。 すると、知らない間に妻がいて、子供3人いるということになっている!? どうやら、昭和24年10月14日に釜石市内の女性と結婚していた、ということになっているらしい。 その…
盛鉄局「年末年始の帰省は臨時列車が空いてますよ!着席券も発売しますよ!」(昭和39年12月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛鉄局「年末年始の帰省は臨時列車が空いてますよ!着席券も発売しますよ!」(昭和39年12月16日)

昭和39年12月16日の岩手日報より。 盛鉄局はすでに年末年始のダイヤを発表しており、臨時列車の利用を呼び掛けていた。 旅行者が案外臨時列車の存在を知らないために定期列車ばかり混んでいるということを憂慮していた。 また、盛鉄局管内では1枚50円で「着席券」を販売することとした。 着席券を販売する列車…