f花巻・稗貫郡

花巻町の84歳「長寿の秘訣は無理をせぬこと」(昭和6年1月1日) f花巻・稗貫郡

花巻町の84歳「長寿の秘訣は無理をせぬこと」(昭和6年1月1日)

昭和6年元日付の『岩手日報』には、花巻町の千葉丈之助翁(84歳)が登場する。かつて同紙の記者として筆を執っていた翁は、明治・大正の時代を経て、いまや静かな隠居生活を送っている。 当時の日本人の平均寿命は40代前半。そんな時代において、84歳という年齢は群を抜いた長命であった。記者が翁に長寿の秘訣を尋…
花巻電鉄でボギー車運転のため交換停留場の有効長延長工事(S5.3.28岩手日報) f花巻・稗貫郡

花巻電鉄でボギー車運転のため交換停留場の有効長延長工事(S5.3.28岩手日報)

昭和5年3月28日の岩手日報より。 花巻温泉への足として知られた花巻電鉄では、春の湯治シーズンに向けて輸送力の増強が図られていた。 記事によれば、花巻電鉄では3両連結のボギー車(台車付き大型車両)を導入し、これを運行する計画である。そのため、交換停留場(列車同士の行き違いを行う場所)の有効長を延長す…
花巻の抱酌婦殺し(S4.11.27) f花巻・稗貫郡

花巻の抱酌婦殺し(S4.11.27)

昭和4年11月27日、岩手県稗貫郡花巻町四日町(現・花巻市四日町)の料理屋「蔦屋」で、女将と抱酌婦が絞殺される事件が発生しました。現場は、東北本線花巻駅から東に位置し、国道から東へ約1丁ほど入った住宅街の中にありました。この日、深夜12時頃に若い男の客が来店し、抱酌婦とともに2階で酒を飲んだ後、階下…
花巻で最初の朝鮮人の小学生(S4.9.6岩手日報) f花巻・稗貫郡

花巻で最初の朝鮮人の小学生(S4.9.6岩手日報)

昭和4年9月、花巻小学校に初めて朝鮮人の児童が入学したことが、当日の岩手日報に報じられている。 記事によれば、この児童は花巻町に居住していた家庭の子で、学齢に達したため正式に小学校へ編入された。学務課の指導により、学校側も円滑な受け入れに努めたという。 当時、地方における朝鮮人児童の就学例は非常に稀…
川井と花巻で自動車事故(S4.9.5岩手日報) d宮古・下閉伊郡

川井と花巻で自動車事故(S4.9.5岩手日報)

昭和4年(1929年)9月3日、小国村で行われた早池峰神社の祭典に関連し、2件の自動車事故が報じられました。 ひとつは、小国村と江繋村の境界付近で発生した事故です。参詣者を満載したトラックに乗っていた34歳の男性が、酒に酔った勢いで走行中に突然車外へ飛び降りました。ちょうど後続していた車の進路に滑り…
宮城山、照錦が石鳥谷で凱旋興行(S4.9.1岩手日報) f花巻・稗貫郡

宮城山、照錦が石鳥谷で凱旋興行(S4.9.1岩手日報)

昭和4年(1929年)晩夏、現在の花巻市石鳥谷町に、かつてない熱気が渦巻いていた。地元出身の力士たちによる大相撲の凱旋興行が行われたのである。 この日、石鳥谷に姿を現したのは、当時すでに横綱として君臨していた宮城山福松。その名に「宮城」の字を冠する通り、岩手県和賀郡出身の力士であり、郷土の英雄として…
不景気で酒の捨て売り(S2.1.8岩手日報) f花巻・稗貫郡

不景気で酒の捨て売り(S2.1.8岩手日報)

昭和2年1月8日の岩手日報には、正月らしからぬ静けさに包まれた街の様子が描かれています。とりわけ打撃を受けたのが、例年であれば“書き入れ時”となるはずの酒屋でした。 本来であれば、新年の祝いや帰省客の接待で賑わい、注文が殺到するはずの酒屋。しかし、この年は事情がまったく違っていました。 背景には二つ…
農家の売り惜しみで米が出回らず f花巻・稗貫郡

農家の売り惜しみで米が出回らず

昭和2年1月7日の岩手日報より。 花巻の米穀商は新年を迎えて忙しいが、農家の方は1駄20円から1駄30円を夢見て売り惜しみをしているのだという。 それで、穀物検査所では移出検査が2割程度減っているのだという。 しかし、年末は田舎では相当金が必要になるだろうから20日には出回るだろうという予測であった…
スキーのシーズン来る!ウインタースポーツメンは花巻温泉スロープへ!(S元.12.27岩手日報) f花巻・稗貫郡

スキーのシーズン来る!ウインタースポーツメンは花巻温泉スロープへ!(S元.12.27岩手日報)

昭和元年12月27日の岩手日報には、花巻温泉のスキー場が掲載した興味深い広告が載っていました。 「花巻温泉スロープ」と銘打たれたこの広告では、冬の到来とともに「ウィンタースポーツメンを歓迎します」とうたい、温泉地ならではの新たな魅力としてスキー場の整備をアピールしています。なお、当時は「ゲレンデ」と…
花巻の小学生「紫波の旱魃を救おう!」「お米を集めて持っていこう!」5里を歩いて米を届ける(S元.12.26岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

花巻の小学生「紫波の旱魃を救おう!」「お米を集めて持っていこう!」5里を歩いて米を届ける(S元.12.26岩手日報)

昭和元年、岩手県紫波郡では深刻な旱魃(干害)が発生し、農作物に甚大な被害が出た。この災害は新聞などでも広く報じられ、県内外から支援と同情の声が寄せられていた。 そうした中、花巻市湯本地区(当時の稗貫郡湯本村)の湯本尋常高等小学校では、赤十字少年団に所属する5人の児童が「自分たちにもできることを」と考…
花巻の台温泉に特設電話局が開局・電話番号一覧(S元.12.26岩手日報) f花巻・稗貫郡

花巻の台温泉に特設電話局が開局・電話番号一覧(S元.12.26岩手日報)

昭和元年12月26日の岩手日報に、花巻温泉郷の一角・台温泉に特設電話局が開設されたという記事が掲載された。あわせて、当時の電話加入者の一覧も紙面に掲載されている。 この「特設電話局」とは、明治35年から昭和7年まで実施されていた制度で、都市部以外の地域において、住民が設置費用を一部負担することで開局…
聖上の御脳安かれと盛岡市内各銀行の代表者が八幡宮で祈願(大正15年12月13日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

聖上の御脳安かれと盛岡市内各銀行の代表者が八幡宮で祈願(大正15年12月13日)

聖上(つまり大正天皇)は肺炎でご体調が優れず、葉山御用邸で病臥されていた。 それで、毎日の数時間おきの「御体温」「御呼吸」「御脈」が新聞の一面にて報道されていた。 そしてそれはラジオでも報道され、実際にラジオの契約件数が飛躍的に増加した時期でもあったのだという。 聖上の御快癒祈願は岩手県内でも行われ…