h水沢・江刺・胆沢郡 3 11月 1941 胆沢郡南都田村から東京陸軍病院に鬼剣舞で傷痍軍人の慰問団(昭和16年11月3日) 昭和16年11月2日の岩手日報より。 胆沢郡南都田村の有志は11月3~4日に東京陸軍第一・第二病院に鬼剣舞で傷痍軍人の慰問を行うという。 そして靖国神社と明治神宮で奉納園芸を行う予定であるという。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 3 11月 1941 水沢町に「斎藤実記念図書館」と「後藤新平記念公民館」が完成(昭和16年11月3日) 昭和16年11月2日の岩手日報より。 東京市長となった後藤新平や、総理大臣となった斎藤実を生み出した水沢町は「偉人の町」として戦前から売り出していた。 その「偉人の町」水沢に、11月3日の明治節の佳き日に「皋水記念図書館」と「後藤伯記念公民館」を開館することになった。 皋水とは斎藤実の号であり、設計… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 20 4月 1938 江刺郡広瀬村「仙台逓信局さん!せめて役場と郵便局だけでも電話を!」 昭和13年4月20日の岩手日報より。 江刺郡広瀬村では、バス路線からも遠ざけられ、電話も無いという状態だった。 それで、役場では昭和13年度の予算で村役場と郵便局に電話機を付けることにした。 そして村長は前日19日に仙台逓信局を訪れ「回線を引いてほしい」と請願したのであった。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 20 4月 1938 岩谷堂~高田松原に定期バスを運行 昭和13年4月20日の岩手日報より。 胆江自動車では、5月1日から高田松原~岩谷堂に定期バスを走らせ、東海岸の観光客を大いに募ることにしたのだという。 時刻は以下の通り。 岩谷堂7:30 → 高田松原 10:30 高田松原 15:00 → 岩谷堂 18:00 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 6 3月 1938 女工契約を装い前渡金を詐取した村役場吏員(昭和13年3月6日) 昭和13年3月6日の岩手日報より。 江刺郡伊手村の35歳の書記は出稼ぎ指導員でもあったが、女工の募集に来た滋賀県の近江絹糸の募集員に、村内の2名の少女(17歳、16歳)と勝手に契約を結び、前渡金70円を自分が詐取したということで、執務中に岩谷堂警察署に連行されることとなった。 ところがこの書記、この… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 5 3月 1938 江刺郡稲瀬村に「精農塾」 昭和13年3月5n日の岩手日報より。 江刺郡稲瀬村に、この年度の経済厚生助成事業として、稲瀬小学校の隣に「精農塾」を設置することとした。 これは、青年修養施設として、青年団員や青年学校生徒を合宿させ、農民精神の高揚や村有地の開墾事業を行わせるというもの。 精農塾には、農具はもとより荷車、農薬といった… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 15 5月 1937 岩谷堂で人気の狂人「八つぁん」死す 江刺郡岩谷堂町(現:奥州市江刺区岩谷堂)で「八つぁん」と呼ばれ親しまれていた47歳の男は、3~4日前から行方が分からなかったが、15日になって町内の馬蹄工場跡で心臓マヒを起こして死んでいるのが発見された。 八つぁんは、若いころは腕利きの左官であったというが、20代半ばで発狂し、腹が減ればどこからでも… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 2 3月 1935 サンパウロに「愛宕村」を作りたい(S10.3.2岩手日報) 江刺郡愛宕村からブラジルへは、50家族150人余りが移住していたが、「サンパウロに愛宕村を作りたい」と意気盛んであった。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 5 9月 1934 岩谷堂で江刺農村婦人大会(昭和9年9月5日) 昭和9年9月11日の岩手日報より。 「青年のページ」として青年学校など青年に関するニュースが掲載されている。 その中で、写真1枚だけの記事として「江刺農村婦人大会」と掲載されている。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 23 6月 1933 世田谷の老婆殺し(S8.6.23) 昭和8年6月24日、岩手県水沢警察署の司法主任は『東京新聞』の記事に注目した。記事には、6月23日に東京市世田谷区玉川町で老女の絞殺遺体が発見され、身元が不明ながら田舎出身と推測されると記されていた。この情報を基に、警察は被害者の写真を県内外の警察署に送り、身元特定を進めた。 捜査の結果、岩手県水沢… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 26 1月 1932 江刺市内の食料品店でビスケット祭り(昭和37年1月26日) 昭和37年1月26日の岩手民声新聞より。 江刺市内の食料品店でビスケット祭りがあるという。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 11 9月 1931 水沢の牛乳搾取業者(原文ママ)が安上がりな消毒殺菌装置を開発(S6.9.11岩手日報) 昭和6年9月11日の岩手日報より。 胆沢郡水沢町の牛乳搾取業者が、従来の汽火熱式(スチーム式)牛乳消毒殺菌器に代わる、新しい「かまど式殺菌器」を発明したという。 この装置は、昔ながらのかまどの構造を応用したもので、価格は3斗(約54リットル)容量で150円程度。従来の汽火熱式では300円ほどかかるた… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 4 9月 1931 水沢〜岩谷堂のバス時刻表(昭和6年9月4日) 昭和6年9月4日の岩手日報には、水沢〜岩谷堂間のバス時刻表が掲載されている。 運行は「胆江自動車」と「水岩自動車」の共同事務所による共同運行で、午前から夕方まで数本ずつの便が設定されていた。 当時は舗装道路も限られ、路面や天候によって所要時間が変動することも多かったはずだ。 それでも、新聞に定期運行… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 9月 1931 小学校落成2題(S6.9.3岩手日報) 昭和6年9月3日の岩手日報より。 滝沢村の篠木小学校と、胆沢郡相去村の相去小学校が相次いで新校舎を落成した。写真には木造校舎の相去小学校が写っており、地域に新しい学び舎が誕生した喜びが伝わってくる。 その脇の記事は、ローマで開かれた日伊学生の交歓会の様子。ここに登場する「青年日本号」は船ではなく、法… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 1 9月 1931 水沢と江刺を結ぶ桜木橋が九分通り竣工(S6.9.1岩手日報) 昭和6年9月1日の岩手日報より。 桜木橋がいよいよ九分通り完成し、9月20日頃には祝賀会が行われる予定となった。 この橋は、胆沢郡水沢町と江刺郡愛宕村を結ぶ幹線道路上に架けられたもので、交通の便はもちろん、地域の発展に大きく寄与することが期待されている。地理的には、佐倉河村(現・奥州市水沢佐倉河)と… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 1 3月 1930 水沢区裁判所で猫を失火罪で訴える珍無類な裁判(S5.3.1岩手日報) 昭和5年3月1日の『岩手日報』には、裁判所で繰り広げられた少し風変わりな一幕が紹介されている。 水沢区検事局から「失火罪」に問われたのは、江刺郡愛宕村(現在の奥州市)に暮らす当時33歳の女性だった。検察は略式命令として罰金20円を科したが、これに納得できなかった女性は、正式裁判を求めて異議を申し立て… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 1 3月 1930 トラホームは「虎眼」?(S5.3.1岩手日報) 昭和5年(1930年)3月1日の『岩手日報』には、今ではあまり見かけない病名が登場する。それが「虎眼(とらめ)」、すなわちトラホームである。 記事によれば、水沢町(現・奥州市)では3月4日、徴兵年齢に達した壮丁者たちに対し、虎眼の検診が行われるという。 トラホームとは、クラミジア属の細菌によって引き… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 2 9月 1929 渇水に悩む県南の電力事業者は火力発電所設置計画(S4.9.2岩手日報) 昭和4年9月2日付の岩手日報には、県南地域の電力供給をめぐる深刻な課題が報じられている。 記事によれば、当時の胆江・一関町営・気仙の三つの電力会社が、水力発電の限界に直面し、火力発電所の設置を検討していたという。 当時の地方電力は、ほとんどが河川を利用した水力発電に依存しており、渇水となれば発電能力… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 4 1月 1929 「軍馬の里」六原の毛皮商殺し(S4.1.4) 昭和4年1月4日朝、岩手県胆沢郡水沢町(現・奥州市水沢区)に住む毛皮商の男性が、「毛皮を買いに行く」と言い残して相去村(現・北上市相去町)の六原方面(現・胆沢郡金ケ崎町六原)へ向かったまま行方不明となった。彼は出発前、家族に「良い仕入れ先を見つけた」と話し、購入予定の毛皮の種類と枚数を紙に記して示し… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 10 4月 1927 江刺郡伊手村の爆殺事件(S2.4.10) 昭和2年4月10日、岩手県江刺郡伊手村上浅倉(現在の奥州市江刺伊手字上浅倉)で、農夫がダイナマイトの爆発により右足を損傷し、破傷風を併発して死亡しました。この事件は、被害者(当時35歳)の義兄(当時44歳)が家庭内の冷遇や不和から殺意を抱き、計画的にダイナマイトを仕掛けた結果発生したものです。 義兄… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 26 12月 1926 金ヶ崎にも特設電話が開通・電話番号(S元.12.26岩手日報) 昭和元年12月26日付の『岩手日報』には、胆沢郡金ヶ崎町に特設電話局が開局した旨が掲載されている。これは同日付で報じられた「台温泉に特設電話局が開局」と並ぶ報道であり、昭和改元直後の岩手県内における通信インフラ整備の動きを示す貴重な記録である。 「特設電話局」は、明治35年から昭和7年まで設置が認め… 続きを読む