m県外・参考 31 1月 1951 岩手でも報じられた西日本パイレーツのセリーグ脱退(S26.1.31岩手新報) 昭和25年のセリーグ発足と同時に発足した西日本パイレーツは、1年目で早くも瀬戸際を迎えていた。 それは、「セリーグ6球団化」で西日本パイレーツの解散を前提とした記事が書かれており、なおかつ巨人で総監督に祭り上げられて干されていた三原脩を監督に迎え、それに同調した青田昇も「引き抜く」ような形になり、セ… 続きを読む
l全県 31 1月 1951 JOQ盛岡放送局が10KW化工事(S26.1.31岩手新報) 昭和13年にJOQG盛岡放送局(NHK盛岡放送局)が開局したのはいいのだが、出力は500ワットで、盛岡周辺しかラジオを聴くことができなかった。 それで、その20倍の10キロワットにする工事が進んでいた。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 1月 1951 近鉄パールス・沢藤光郎投手の後援会が盛岡に発足(S26.1.31岩手新報) 2023年のシーズンはMLBトロント・ブルージェイズの菊池雄星(花巻東高出身)が日米通算100勝を挙げた。 その前に岩手県出身者として最多勝投手は、近鉄パールスの沢藤光郎(盛岡商業出身)で、68勝90敗であった。 その沢藤に、盛岡市内で後援会が発足したというニュース。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 31 1月 1951 鵜住居中学校の校舎が近く完成(S26.1.31岩手新報) 現在は「釜石鵜住居復興スタジアム」が建っている釜石市鵜住居は、昭和の大合併までは「上閉伊郡鵜住居村」だった。 その鵜住居村の中学校の新校舎が建設中であった。 この鵜住居中学校が箱崎中学校・栗林中学校と合併し「釜石東中学校」となるのは昭和49年のこと。… 続きを読む
l全県 31 1月 1951 教科書の無料配布が難航(S26.1.31岩手新報) この年から小中学校の教科書か無料になったという。 しかし、その教科書を配布する市町村の予算ぐりがなされた訳ではなく、予定通りの配布ができないのではないかというニュース。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 4 12月 1950 早くも年賀状や門松と正月ムード(昭和25年12月4日) 昭和25年12月4日の岩手新報より。 盛岡市内では早くも年賀状やら門松やらの正月ムードに入っていた。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 12月 1950 仙台の「学者犬」が県警察学校で実演(昭和25年12月3日) 昭和25年12月3日の岩手新報より。 仙台市の飼い犬が加減乗除もできる賢い犬であるとして、岩手県に来て実演というニュース。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 3 12月 1950 朝日生命が盛岡で戦後初の鉄筋建築(昭和25年12月3日) 昭和25年12月3日の岩手新報より。 かつての帝国生命だった朝日生命が、盛岡で戦後初の鉄筋建築を建築していると言う。 … 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 3 12月 1950 気仙郡気仙町の長部港は土砂堆積ではしけも入れず(昭和25年12月3日) 昭和25年12月3日の岩手新報より。 気仙郡気仙町の長部港は、気仙川の土砂の堆積で、はしけも入れない状態になっていたのだと言う。 また、桟橋も昭和8年に建造された木製のものしかなかったのだと言う。 それで、漁船も仕方なく気仙港や細浦港に入るしかなかったのだと言う。 &nb… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 12月 1950 ララ物資にお礼のポストカード(昭和25年12月2日) 昭和25年12月2日の岩手新報より。 戦後の、アメリカ唐のララ物資は、岩手県内の厚生施設など各所に配られていたが、岩手県厚生課は、それに対するお礼としてポストカードを配ることにした。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 11月 1950 早くやってほしい施設15傑(昭和25年11月30日) 昭和25年11月30日の岩手新報より。 岩手新報では「早くやってほしい施設」に関して投票をやっていたようだ。 そして11月30日現在の15傑が出たのである。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 29 11月 1950 大雪で特に県南は混乱(昭和25年11月29日) 昭和25年12月1日の岩手新報より。 11月29日は県内で広く雪が降ったようで、鉄道のダイヤが乱れるなど、県内で大きな影響を及ぼしたようである。 特に、県南ではその影響が甚大だったようだ。 それでも、子供たちは雪に大喜びだったようだ。 (写真は盛岡の中心部の杜陵小学校) … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 5 7月 1950 女子プロ野球が盛岡に来る!(S24.7.5岩手新報) 女子プロ野球のブルーバード・レッドソックスが盛岡に来るということで、岩手新報も大々的に宣伝。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 7月 1950 暑波襲来(S25.7.2岩手新報) 盛岡に夏が訪れ、「オフィス・ガール」も日傘を差して歩いている。 おそらくは旧県立図書館のところから中の橋を望んだ写真。 向こうは現在の岩手銀行赤レンガ館。 … 続きを読む
l全県 2 7月 1950 新しくできる「東北銀行」に寄せる県内各地の期待(S25.7.2岩手新報) 戦後地銀として盛岡に「東北銀行」が誕生する運びとなり、いよいよ大蔵省の認可も通った。 この東北銀行に対する県内の期待の程が伝わってくる。 … 続きを読む
j東磐井郡 1 7月 1950 千厩銘酒「玉の春」の井戸が梅雨で埋没(S25.7.1岩手新報) 梅雨による大雨で県南に土砂崩れが発生し、千厩の銘酒「玉の春」の井戸も埋没してしまったというニュース。 ただ、仕込みの時期ではなかったのが不幸中の幸いか。 ちなみに「玉の春」は令和6年現在も千厩で盛業中。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1950 釜石線の土倉トンネルが完成(S25.7.1岩手新報) この時期、釜石線の工事が進んでいるところであったが、陸中大橋〜上有住の土倉トンネルが開通し、路線の敷設を待つばかりとなった。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 17 2月 1950 水沢税務署のドブロク摘発隊に密着取材(S25.2.17新岩手日報) 新岩手日報の記者が水沢税務署のドブロク摘発部隊に同行取材。 細野地区というので、金ヶ崎町細野だろうか。… 続きを読む
l全県 15 2月 1950 進駐軍岩手民政部により導入された週休2日制はどうなった?(S25.2.15新岩手日報) 進駐軍の岩手民政部長官により、岩手県内の学校は週休2日制が導入されたようだ。 で、どんな経過を辿ったかという記事。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 14 2月 1950 農村の衣食住学校「セツルメント」(S25.2.14新岩手日報) 県内各地で農村女性の衣食住学校「セツルメント」が開催されていた。 その中の一つ、紫波郡赤石村のセツルメントについて触れている。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 13 2月 1950 料飲街不況でキャバレーも食料品店に早変わり(S25.2.13新岩手日報) インフレなどで料飲店は不況だったようで、盛岡で数少ないキャバレーも食料品店に早変わりするという有様であったと。… 続きを読む
l全県 12 2月 1950 岩手県公会堂で供米早期完遂感謝祭(S25.2.12新岩手日報) 当時は食糧管理制度が完全に国営化されており、供米は義務のようなものだった。 こうして早期完遂すれば感謝もされたのだ。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 10 2月 1950 輸出品として期待される江刺郡黒石村の寒天(S25.2.10新岩手日報) 江刺郡黒石村(現在の奥州市水沢黒石)では寒天生産が盛んだったようで、輸出資源としても期待されていた。 … 続きを読む