備考※3a-2AI

「岩手県警」が発足、200名の人事異動(S29.7.1岩手日報) l全県

「岩手県警」が発足、200名の人事異動(S29.7.1岩手日報)

昭和29年7月1日、岩手の警察史のみならず、日本の治安制度が根底から覆った歴史的な1日の様子を、当時の岩手日報は熱を帯びた筆致で伝えています。この日を境に、戦後の混乱期を支えた複雑な警察体制は終焉を迎え、現在の岩手県警察が産声を上げることとなりました。 Screenshot それまでの警察組織は、現…
シベリア抑留からの第2次帰還者が盛岡に到着(S29.3.24岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

シベリア抑留からの第2次帰還者が盛岡に到着(S29.3.24岩手日報)

昭和29年3月25日付の岩手日報は、シベリア抑留という長い苦難を経て、第2次ソ連帰還者たちが故郷の土を踏んだ日の様子を克明に伝えています。 Screenshot 帰還者たちは、3月23日の22時49分に上野駅を出発した準急209列車に乗り、翌24日に盛岡駅へと到着しました。深夜のホームで彼らを待って…
一関市内の電器店「5球スーパーラジオ入荷!」(S29.1.15岩手日日) i一関・西磐井郡

一関市内の電器店「5球スーパーラジオ入荷!」(S29.1.15岩手日日)

昭和29年1月15日の岩手日日に掲載されたこの広告は、当時の岩手の人々が抱いていた新しい時代への憧れを鮮烈に伝えてくれます。素晴らしいという威勢の良い感嘆符とともに紹介されているのは、ナショナル製のプラスチック五球スーパー、DX-330型です。当時はまだ木製の重厚なラジオが主流だった中で、最新素材で…
一関の醸造メーカーが味噌・醤油を大売出し(S29.1.14岩手日日) i一関・西磐井郡

一関の醸造メーカーが味噌・醤油を大売出し(S29.1.14岩手日日)

昭和29年1月14日の岩手日日の紙面を眺めていると、一関の暮らしの息吹が伝わってくるような興味深い広告が目に留まりました。一関駅前にあった醸造発売元である塩彌が掲載したもので、新発売を記念した大サービスの大売り出しを知らせる内容です。 皆様のお台所に醸造元が直接お送りするという心強いキャッチコピーか…
昭和29年型のくろがねオート三輪売ってます(S29.1.12岩手日日) i一関・西磐井郡

昭和29年型のくろがねオート三輪売ってます(S29.1.12岩手日日)

昭和29年1月12日の岩手日日新聞に掲載された広告には、当時の活気あふれる一関の空気感が凝縮されています。紙面の中央でひときわ目を引くのは、1954年新型車として紹介されている「くろがね」の三輪車です。戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、日本の物流を支えたオート三輪の力強い姿が独特のタッチで描か…
一関・新星劇場で「G.Iジョー」を公開(S29.1.11岩手日日) i一関・西磐井郡

一関・新星劇場で「G.Iジョー」を公開(S29.1.11岩手日日)

昭和29年1月11日の岩手日日新聞をめくると、当時の一関の活気を伝える1枚の映画広告が目に飛び込んできます。紙面の中央で力強い文字を躍らせているのは、名匠ウィリアム・A・ウェルマン監督による戦争映画の傑作、G・I・ジョーです。主演には当時売り出し中だったロバート・ミッチャムの名が記されており、最高の…
一関映画案内(S29.1.11岩手日日) i一関・西磐井郡

一関映画案内(S29.1.11岩手日日)

昭和29年1月11日の岩手日日新聞に掲載された、一関市内の映画案内。そこには「新星」「オリオン座」「文映」「一関映劇」という四つの映画館が競うように豪華なラインナップを並べており、当時の娯楽の王様だった映画の熱気が紙面から溢れ出しています。 まず、新星劇場で上映されていたのは、戦後の日本中を熱狂させ…
一関・新星劇場で「犯罪都市」を公開(S29.1.3岩手日日) i一関・西磐井郡

一関・新星劇場で「犯罪都市」を公開(S29.1.3岩手日日)

昭和29年1月3日の「岩手日日」をめくっていると、一関の街に流れていた当時の熱気がそのまま立ち上がってくるような、一枚の映画案内に出会いました。一関・新星劇場。この場所はかつて、地元の世嬉の一酒造の倉庫を改修して作られた映画館で、あの中学生時代の井上ひさし氏が切符切りのアルバイトをしていた場所として…
一関市内の呉服店も初売り(S29.1.1岩手日日) i一関・西磐井郡

一関市内の呉服店も初売り(S29.1.1岩手日日)

昭和29年元旦の岩手日日に掲載された相川屋の広告には、戦後の混乱から立ち上がり、新しい時代へと向かう当時の暮らしぶりが凝縮されています。まず目を引くのは、商品の分量を表す単位の混在です。和服一着分を基準とする伝統的な反という単位と、ヤード・ポンド法に基づいた碼(ヤール)という単位が同じ紙面に並んでい…
漫画「ウマ年の初荷」(S29.1.1岩手日日) i一関・西磐井郡

漫画「ウマ年の初荷」(S29.1.1岩手日日)

昭和29年元旦の岩手日日新聞に掲載されたこの漫画は、トラクターや軽トラックが普及する前の岩手において、馬がどれほど身近で大切な存在だったかを今に伝えています。 物語は午年を迎えた一頭の馬が、今年は自分の年だと意気込むところから始まります。最初は正月らしくのんびり遊ぼうと考えていた馬くんですが、近所の…
官公庁ゼネスト状態(S28.12.3岩手日報) l全県

官公庁ゼネスト状態(S28.12.3岩手日報)

昭和28年12月3日の岩手日報の紙面状況を詳細に確認すると、これは実態として「官公庁によるゼネスト(総同盟罷業)」と言って差し支えない状態です。 Screenshot 当時の記事には、全官公(全国官公労働組合協議会)による年末攻勢が最高潮に達し、鉄道、通信、現業部門が同時に実力行使に踏み切っている様…
全国的な国鉄ストは岩手でも急行「北斗」「北上」「みちのく」に影響(S28.12.3岩手日報) l全県

全国的な国鉄ストは岩手でも急行「北斗」「北上」「みちのく」に影響(S28.12.3岩手日報)

昭和二十八年十二月三日の岩手日報の紙面を広げると、そこには戦後日本の進むべき道を巡る激しい熱気が記録されています。当時の社会を最も大きく揺るがしていたのは、国鉄労働組合による大規模な闘争でした。紙面には、東海道線がマヒ状態に陥り、千本を超える列車が運休し、東北本線の急行北斗も遅延を余儀なくされたとい…
一ノ関駅の夏の営業成績は旅客が低調、貨物が好調(S28.9.4岩手日日) i一関・西磐井郡

一ノ関駅の夏の営業成績は旅客が低調、貨物が好調(S28.9.4岩手日日)

昭和28年の夏――戦後復興も本格化しつつあるこの時期、岩手県南の交通の要衝・一ノ関駅では、旅客数は前年より微増したものの、期待されたほどの賑わいには至らなかったようだ。 7月から8月にかけての乗降客数は以下の通りとなっていた: 7月 乗車:123,550人(前年115,127人) 降車:120,50…
放火で逮捕された29歳の男「好きな女性(51歳)が冷たくて…」(S28.8.28胆江日日新聞) h水沢・江刺・胆沢郡

放火で逮捕された29歳の男「好きな女性(51歳)が冷たくて…」(S28.8.28胆江日日新聞)

昭和28年8月28日の胆江日日新聞は、1人の男の歪んだ執着が引き起こした凄惨な事件を報じています。 Screenshot 事件の舞台となったのは、現在の奥州市前沢にあたる岩手県東磐井郡生母村。8月16日の夜、この地で発生した大火は、当初から放火の疑いが持たれていました。前沢地区署による懸命の捜査が進…
三船十段は一関中学(現:一関一高)に在学していたことが判明(S28.8.25岩手日日) hスポーツ

三船十段は一関中学(現:一関一高)に在学していたことが判明(S28.8.25岩手日日)

昭和の柔道界を代表する伝説の柔道家・三船久蔵十段が、実は少年時代に一関で暮らしていた――そんな事実が昭和28年、柔道の交流戦を前にして明らかになりました。 昭和28年8月30日、一関小学校で「岩手宮城対県柔道試合」が開催される予定でした。その審判長として招かれていたのが、講道館柔道十段という極めて高…
渇水期は停電の季節(S27.10.10岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

渇水期は停電の季節(S27.10.10岩手日報)

昭和27年10月10日の岩手日報を開くと、そこには現代の私たちが忘れてしまった切実なエネルギー事情が刻まれています。当時の東北地方において、電力供給の主役は水力発電でした。そのため、秋から冬にかけての渇水期はそのまま深刻な電力不足に直結する季節であり、紙面には果敢ないお天気任せといった言葉や、貯水計…
ヘルシンキ五輪のメダリストが岩手に来て「盛岡オリンピック」(S27.10.10岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

ヘルシンキ五輪のメダリストが岩手に来て「盛岡オリンピック」(S27.10.10岩手日報)

昭和27年10月10日の岩手日報を開くと、当時の岩手県民がどれほどの熱量で世界のスターたちを待ちわびていたかが鮮烈に伝わってきます。この記事が報じているのは、ヘルシンキ五輪で輝かしい成績を収めた外国人選手たちの来県という、当時の地方都市としては破格のニュースです。 Screenshot 特に注目すべ…
県内で「おせり」(馬市)盛ん(S27.10.9岩手日報) l全県

県内で「おせり」(馬市)盛ん(S27.10.9岩手日報)

昭和27年10月9日の岩手日報に掲載された写真記事は、まさに「馬とともに生きた岩手」の空気を閉じ込めた一枚でした。 いまではトラクターが当たり前になりましたが、戦後まもないこの時代、農家にとって馬はかけがえのない家族であり、働き手であり、暮らしを支える存在でした。 岩手と馬文化 岩手には古くから“馬…
教育委員選挙:最後のお願い(S27.10.4岩手日報) l全県

教育委員選挙:最後のお願い(S27.10.4岩手日報)

昭和27年の秋、岩手の町や村では教育委員の選挙が行われていた。 今では考えにくいが、当時は教育委員も公選制で、「先生を選ぶ人を選ぶ」時代である。翌日に投票を控え、候補者たちは「最後のお願い」に駆け回っていた。 Screenshot だがその光景は、いささかカオスだった。 ある村では、「誰が出るのか」…
盛岡公共職業安定所に集まる日雇い労働者(S27.10.4岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡公共職業安定所に集まる日雇い労働者(S27.10.4岩手日報)

昭和27年10月4日付の岩手日報には、「朝の生態」というシリーズ記事が掲載されている。 この日のテーマは、盛岡職業安定所に集まる日雇い労働者たちの姿である。 Screenshot 記事によると、当時の盛岡職安は内丸に本所があり、太田橋や簗川にも支所が設けられていた。 朝のうちに仕事を得られるかどうか…
教育委員選挙の風景(S27.10.04岩手日報) g教育

教育委員選挙の風景(S27.10.04岩手日報)

昭和27年10月4日の岩手日報には、県内各地で熱を帯びていた「教育委員選挙」の様子が大きく紹介されています。現在の教育委員は首長による任命制ですが、この頃はまだ“住民が教育行政の担い手を選ぶ”という理想のもと、公選制が採用されていました。 Screenshot 紙面には選挙カーや街頭演説、農村での集…
盛岡では電話交換手にすら繋がらない(S26.8.7夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡では電話交換手にすら繋がらない(S26.8.7夕刊いわて)

昭和二十六年当時の盛岡では、現在のようにダイヤルを回せば自動的に相手につながる“自動式電話”はまだ普及していませんでした。 市内で主流だったのは 「共電式」 と呼ばれる方式。受話器を上げるとまず電話局につながり、交換手に相手の番号を告げて接続してもらう、という仕組みです。 Screenshot とこ…
盛岡・肴町商店街と警察・市役所が車馬通行をめぐって対立(S26.8.6夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・肴町商店街と警察・市役所が車馬通行をめぐって対立(S26.8.6夕刊いわて)

夜店計画に“待った” —— アーケード前夜の肴町商店街と交通問題 昭和二十六年八月六日付の「夕刊いわて」には、当時の盛岡市肴町商店街が直面していた“夜店問題”が大きく取り上げられている。 Screenshot 現在の肴町といえばアーケード街として知られ、歩行者がゆったり買い物を楽しめる空間が整備され…
「街の子」は盛岡にもいた(S26.8.3夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

「街の子」は盛岡にもいた(S26.8.3夕刊いわて)

昭和26年8月3日の夕刊いわてには、当時の世相を鮮明に映し出す興味深い一節が記されています。夏の名題歌集として紹介されているのは、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった美空ひばりさんの楽曲、私は街の子です。折しも1週間後の8月10日には盛岡市の岩手県公会堂で彼女のコンサートが予定されており、地元の人々にとって…
美空ひばりが岩手県公会堂で東北地方初公演!(S26.8.1夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

美空ひばりが岩手県公会堂で東北地方初公演!(S26.8.1夕刊いわて)

昭和26年8月1日の夕刊いわてに掲載された広告には、戦後日本のエンターテインメント史を象徴する瑞々しい活気が刻まれています。当時の右読み表記で突如来演と記されたその先には、弱冠14歳の美空ひばりの姿がありました。盛岡市の岩手県公会堂で8月10日に開催されたこの公演は、広告内に東北地方初公演という一文…
盛岡市内の時計店「5月6日よりサンマータイムですよ!」(S26.5.5夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市内の時計店「5月6日よりサンマータイムですよ!」(S26.5.5夕刊いわて)

昭和26年5月6日付の「夕刊いわて」に掲載されたこの広告は、戦後の日本が歩んだ一風変わった歴史を今に伝える貴重な資料です。紙面の中央には「5月6日よりサマータイム」という大きな文字が躍り、その下には当時の盛岡を代表する山田時計店、多田時計店、サワグチ、小枝時計店、大橋時計店という五つの商店が連名で広…
各町村長の顔ぶれ(S26.4.24夕刊いわて) l全県

各町村長の顔ぶれ(S26.4.24夕刊いわて)

昭和26年4月24日付の夕刊いわてを眺めていると、昭和の大合併という大きなうねりが押し寄せる直前の、岩手県がまだ数多くの小さな町村で構成されていた頃の熱気が伝わってきます。紙面の上半分を埋め尽くす町村長選挙の当選者一覧は、まさに地方自治の細かな鼓動を記録した貴重な史料です。今では市の一部となった懐か…
盛岡市議会選挙の結果(S26.4.24夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市議会選挙の結果(S26.4.24夕刊いわて)

昭和26年4月24日の夕刊いわてを眺めていると、戦後復興期の盛岡が持っていた熱気と、現代とは異なる街の輪郭が浮かび上がってきます。この記事の一面を飾るのは新人20名が進出したという市議選の開票速報で、当時の市民の政治に対する並々ならぬ関心が伝わってきます。投票率が85パーセントを超えている点からも、…
盛岡市内各店の広告欄(S26.4.23夕刊いわて) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡市内各店の広告欄(S26.4.23夕刊いわて)

昭和26年4月23日発行の夕刊いわてを広げると、そこには終戦から数年が経ち、復興へと向かう盛岡の活気ある日常が鮮やかに描き出されています。 紙面の下部に並ぶ広告を眺めてみると、まず目に飛び込んでくるのは春を謳歌する力強い言葉です。肴町の「花王堂」は、春だサクラの装飾だと景気の良いコピーを掲げており、…
今晩のラジオ(S26.4.1夕刊いわて) l全県

今晩のラジオ(S26.4.1夕刊いわて)

昭和26年4月1日の夕刊いわて。そこにはテレビ放送が始まる前の、人々の生活に寄り添っていたラジオ番組の熱気が凝縮されています。当時のラジオは第一放送と第二放送で役割が分かれ、夕方から夜にかけて実に多様なコンテンツが並んでいました。 番組表を詳細に読み解くと、当時の岩手の夜を彩った放送内容が鮮明に浮か…