a政治・軍事

久慈線・宮古線・盛線が廃止対象に(S56.6.10) c久慈・九戸郡

久慈線・宮古線・盛線が廃止対象に(S56.6.10)

三陸縦貫鉄道問題は、国鉄再建法に基づき、赤字ローカル線の廃止・バス転換を進める中で、鉄道の第三セクターによる運営を巡る議論が続いた。昭和56年6月10日、国鉄は廃止路線を選定し、久慈線、盛線、宮古線などが廃止対象となった。廃止手続きには運輸大臣の承認と協議会が必要で、協議が整わなければ「見切り発車」…
県総合発展計画を策定(S55.9.22) l全県

県総合発展計画を策定(S55.9.22)

昭和55年9月、岩手県は中村知事のもとで初の中期ビジョン「県総合発展計画(55~60年度)」を決定。 「すべての県民が恵まれた環境の下で幸せに暮らせる地域社会」を基本理念とし、 ①基盤整備、②健康で安定した生活、③農林水産業の振興、④商工・観光の発展、⑤人材育成の五本柱を設定。 総投資額は1兆3,0…
県青少年環境浄化条例が施行(S55.7.1) l全県

県青少年環境浄化条例が施行(S55.7.1)

昭和55年7月1日から全面施行された県青少年環境浄化条例は、31項目から成る極めて包括的なものであり、その核心はポルノ雑誌をはじめとする有害図書の販売規制と、それに伴う自動販売機の設置届け出制の義務化という2つの大きな柱に支えられていました。図書類の自動販売機については同年4月から先行して届け出制が…
【参考】大平首相が現職のまま急死(昭和55年6月12日) 備考※1

【参考】大平首相が現職のまま急死(昭和55年6月12日)

大平首相は昭和55年6月以降、病に倒れ入院していたところ、6月12日に死去したのである。 これはあながち岩手県に関係無いニュースというわけでもなく、このことを受け自民党総裁の後釜を選出ということになり、鈴木善幸(山田町出身)が首班に選出されることになる。 https://youtu.be/Im1mQ…
県が政府に天災融資法申請(S54.10.20) l全県

県が政府に天災融資法申請(S54.10.20)

昭和54年、岩手を襲った「災害の年」 ――雹・豪雨・台風が連続、県は天災融資法の発動を政府に申請 昭和54年(1979年)は、岩手県にとって戦後屈指の「災害の年」として記憶される一年となった。2月から10月にかけて、強風、高潮、雹、集中豪雨、そして台風が相次いで県内を襲い、県消防防災課の集計による被…
第35回総選挙(S54.10.7) l全県

第35回総選挙(S54.10.7)

昭和54年10月7日に行われた第35回衆議院総選挙では、岩手県の一区・二区において定員各4名に対し計14名が立候補し、激しい選挙戦が展開された。結果、両選挙区とも自民党が3名ずつの計6議席を確保し、社会党が各区1名ずつの2議席を維持、前回と同様の「保守優勢」の構図となった。一区では自民党の鈴木善幸・…
岩手県知事に中村直氏(S54.4.8) l全県

岩手県知事に中村直氏(S54.4.8)

16年間続いた千田県政に代わり、中村直氏が新知事に就任した。54年4月8日の知事選では、自民党公認の中村氏、無所属の現職・千田正氏、革新系無所属の山中吾郎氏が争い、中村氏が圧勝し、初の自民党知事が誕生した。千田氏は79歳という高齢や選挙態勢の甘さから敗北し、政治生命を終えた。 千田氏は昭和38年に初…
「ロッキード選挙」岩手では?(S51.12.5) l全県

「ロッキード選挙」岩手では?(S51.12.5)

昭和51年12月5日、田中金脈問題やロッキード事件といった戦後長期にわたって続いた保守政治の体質を洗い直し、わが国の政治の80年代の展望をかけた第34回衆議院議員総選挙が行われました。岩手県内では1区と2区を合わせて全市町村で即日開票が行われ、翌6日午前4時35分に新議員の顔ぶれが確定しました。 今…
社会党岩手県本部大会で執行部が総辞職(S51.5.16) l全県

社会党岩手県本部大会で執行部が総辞職(S51.5.16)

衆院選における公認候補問題が、社会党の内部対立や派閥抗争によって1年以上も混迷を極めました。この問題は、旧体制からの交代論や現職議員の勇退を巡る意見対立に端を発し、党内の社会主義協会派と反協会派の対立が表面化しました。特に、反協会派が新体制への移行に強く反発し、党本部への異議申し立てや調整工作が繰り…
佐原問題で宮古市議会で証人喚問(S51.3.23) d宮古・下閉伊郡

佐原問題で宮古市議会で証人喚問(S51.3.23)

昭和51年3月23日、岩手県宮古市の市議会では、市政を揺るがす佐原地区の土地取得問題、いわゆる佐原問題を巡る証人喚問が緊迫した空気の中で行われていました。この問題は、岩手県住宅供給公社が宮古市佐原地区内に保有していた約2,100平方メートルの土地を、保育所用地として市に売却しようとした際、その土地に…
苦悩する地方財政(S51.3.14) l全県

苦悩する地方財政(S51.3.14)

昭和50年度の地方財政は、高度経済成長から低成長への移行に伴う構造的変化や、不況による税収減、人件費の増加などを背景に、戦後最悪の危機を迎えた。県と市町村ともに深刻な財源不足に直面し、県は60億円の不足を見込んで財政緊急対策を実施。授業料や施設使用料の値上げを断行し、人件費抑制のため管理職の給与返上…
運輸省が花巻空港拡張を認可(S50.12.23) f花巻・稗貫郡

運輸省が花巻空港拡張を認可(S50.12.23)

昭和五十年十二月二十三日、運輸省が花巻空港の拡張計画を正式に認可した。空港の拡張構想が持ち上がってからすでに六年が経過しており、その間、花巻市と岩手県が推進する一方で、周辺農民を中心とする反対運動が続いていた。現地では座り込みやデモが繰り返され、十月には反対派が県庁を包囲する事態にも発展した。運輸省…
【参考】東京都知事選挙で美濃部vs石原の舌戦(S50.3.14中日ニュース) m県外・参考

【参考】東京都知事選挙で美濃部vs石原の舌戦(S50.3.14中日ニュース)

昭和50年(1975年)の東京都知事選挙は、第8回統一地方選挙の目玉として4月13日に執行され、戦後都政史においても屈指の激戦として知られています。 この選挙の最大の焦点は、2期8年にわたり「革新都政」を敷いてきた現職の美濃部亮吉氏と、自民党が「首都奪還」を期して擁立した作家出身の衆議院議員、石原慎…
県農政部に飼料緊急対策室設置(S49.10.1) l全県

県農政部に飼料緊急対策室設置(S49.10.1)

【記録】昭和49年「畜産危機」の激震―飼料高騰と肉牛暴落が招いた悲劇― 昭和48年から49年にかけて、日本の畜産業は「崩壊」の淵に立たされていました。手元の古い資料には、国際情勢に翻弄された農家の苦悩と、行政が異例の即応を見せた生々しい記録が残されています。 1. 砂上の楼閣だった「輸入依存」 高度…
田野畑〜普代にシーサイドライン開通(S49.4.1) d宮古・下閉伊郡

田野畑〜普代にシーサイドライン開通(S49.4.1)

昭和49年4月1日、岩手県下閉伊郡田野畑村明戸と普代村太田名部を結ぶ観光有料道路「シーサイドライン」が開通し、同月25日には千田知事らが出席して盛大な開通式が行われた。この道路は、田野畑村北山崎から普代村までの男性的で荒々しい断崖の海岸美を生かし、観光ルートとして整備されたもので、県内では八幡平、小…