a盛岡・岩手郡・紫波郡 19 4月 1958 大通り・上田商店で焼け残り品大売出し(昭和33年4月19日) 昭和33年4月18日の岩手日報の広告欄より。 この頃、盛岡の大通で火事があったらしい。 それで焼け残り品を大セールということになったらしい。 ところでこの上田商店というのは、あの 〽ファッションシャトー ウエダ ファッションシャトー ウ・エ・ダ ・・・のあれ? … 続きを読む
l全県 19 4月 1958 亀を売りましょう! 昭和33年4月19日の岩手日報の広告欄より。 仙台市内の卸売業者であるが「亀を売りましょう!子供さんが喜びますよ!」と。 令和の今だと、このような売り方をしていると「命を『面白く売れる』とは何ごとですか!」などと、動物愛護的な所からクレームが来かねない調子のような気がする。 でもこの時代は昭和33年… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 4月 1958 信用金庫の職員が一家3人殺して逃亡(昭和33年4月18日) 昭和33年4月18日に日が変わった丑三つ時。 盛岡市の寺町である新馬町の長屋から、住人の主婦の悲鳴が上がった。 「誰か来てーーーッ!」 何事かと思って眠りを破られた長屋の住人が集まってくる。 「どうしました?」 「何でもないんです」 ああ、そういえばここには19歳の養子がいたんだった。 喧嘩でもした… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 18 4月 1958 タクシーに乗るならトヨペットコロナをお選びください 昭和33年4月18日の岩手日報に掲載された広告より。 広告主は岩手トヨペット。 この時点ですでに、県域単位の販社を持っていたのだ。 そしてコロナをタクシーに使用しているタクシー会社も掲載している。 盛岡タクシーはそうではなかったのね・・・ … 続きを読む
c久慈・九戸郡 4 3月 1958 久慈で母子福祉基金を元手にきんつば屋を成功させる(S33.3.4デーリー東北) 久慈で生活苦にあえいでいたシングルマザーが母子福祉基金できんつば屋を始めて成功したと。 … 続きを読む
m県外・参考 23 2月 1958 八戸・丸美屋の決算期棚ざらえセール!(昭和33年2月23日) 昭和33年2月23日のデーリー東北より。 八戸の丸美屋では決算期棚ざらえセールを行うという。 純粋に青森のニュースではあるが、久慈や軽米あたりからは買い物に行ったかも知れないので。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 20 1月 1958 種市モグリが海外から次々求人(昭和33年1月20日) 昭和33年1月20日のデーリー東北より。 この当時、日本のサルベージ界のシェアを独占していたという種市町の「種市モグリ」が海外の求人が相次いでいるというニュース。 貴重な外貨の獲得源となっていたという。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 19 1月 1958 種市保育園の新築が急ピッチ(昭和33年1月19日) 昭和33年1月19日のデーリー東北より。 種市町の種市保育園の新築は旧ピッチで進んでおり、4月の開園を見込んでいた。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 18 1月 1958 久慈に葉タバコ収納庫(昭和33年1月18日) 昭和33年1月18日のデーリー東北より。 久慈地方では、昭和30年から葉タバコの生産を始めたというが、このほど収納庫が完成したのだという。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 18 1月 1958 久慈川の用水改良が6年越しに完成へ(昭和33年1月18日) 昭和33年1月18日のデーリー東北より。 久慈川の用水改良工事は、岩手県の土地改良事業の中でも最大のプロジェクトと位置付けられていたが、その難工事が大詰めに達したという。 この工事の完成により、年間2,700石の増産が見込めるという。 ところで、この2,700石とは、現在の基準で言えばどのくらい?と… 続きを読む
c久慈・九戸郡 17 1月 1958 種市港に第1ケーソン竣工(昭和33年1月17日) 昭和33年1月17日のデーリー東北より。 種市港は修築工事を進めていたが、このほど第1号ケーソンが竣工したという。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 13 1月 1958 九戸郡大野村に酪農学校開校へ(昭和33年1月13日) 昭和33年1月13日のデーリー東北より。 九戸郡大野村に、酪農学校を開校するという。 作物の育つ見込みの低い山間部では、酪農は大いに期待されていた。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 12 1月 1958 痔(ガッチャキ)はなおる!(S33.1.12デーリー東北) 昭和33年1月12日のデーリー東北を開くと、現代の洗練された広告とは一線を画す、凄まじい熱量を持った紙面に目が釘付けになります。何より圧倒されるのは、紙面の半分近くを占拠せんばかりの巨大な「ぢ」という一文字です。そのすぐ横には「はなおる!」という力強い言葉が添えられており、悩みを抱える読者へ真っ向か… 続きを読む
c久慈・九戸郡 11 1月 1958 久慈・玉の脇川に砂防ダム(昭和33年1月11日) 昭和33年1月11日のデーリー東北より。 この時期、玉の脇漁港はサバの漁場として注目を浴びていたようである。 しかし、玉の脇川の土砂が流出し、岸壁付近が年々浅くなって行っていることから、玉の脇川に砂防ダムを建設していた。 そして二年掛かりで建設し、第一砂防ダムが完成したというのである。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 5 1月 1958 完成間近の久慈職業安定所の庁舎(昭和33年1月5日) 昭和33年1月5日のデーリー東北より。 久慈公共職業安定所の庁舎はすっかり古くなっていたので立て替えることにした。 中旬には移転の予定であるという。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 4 1月 1958 久慈市内各店舗の年始広告(昭和33年1月4日) 昭和33年1月4日のデーリー東北より。 基本的に、デーリー東北の広告は八戸市内の企業や店舗の広告であるが、たまには久慈市内の企業の広告も出るものである。… 続きを読む
m県外・参考 1 1月 1958 漢詩で新年を寿ぐやたら教養の深い八戸のキャバレー(昭和33年1月1日) 昭和33年1月1日のデーリー東北より。 七言絶句となっているが韻をふんでいるかは不明。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 17 11月 1957 久慈に砂鉄鉄瓶工場(S32.11.17デーリー東北) 昭和32年11月17日付のデーリー東北の紙面には、当時の久慈地方における地場産業の活気と、人々の期待が熱烈に記されています。 Screenshot 砂鉄鉄瓶を主力とする久慈市新町の山王堂、すなわち久慈新町株式会社が新工場を完成させたというニュースは、まさに当時の地方経済の明るい希望でした。久慈地方特… 続きを読む
c久慈・九戸郡 12 11月 1957 久慈のアワビ入札は低調(S32.11.12デーリー東北) 久慈沿岸に冬の訪れを告げるアワビ解禁。これに合わせて九戸郡漁連が開いた久慈地区のアワビ入札会には、小袖・野田・玉川をはじめ10の漁協が参加し、会場は初荷らしい熱気に包まれた。 Screenshot しかし今年の相場は、関係者の予想とは裏腹に伸び悩んだ。 生鮑の入札価格は―― 最高 855円/貫、最低… 続きを読む
c久慈・九戸郡 5 11月 1957 豚の産地・野田村で「豚霊塔」を建立し豚供養(S32.11.5デーリー東北) 豚肉の産地・野田村では「豚霊塔」を建立して、豚の霊を慰めるという。 ちなみに、現在では野田村の豚は「南部福来豚」として売り出されている。… 続きを読む
c久慈・九戸郡 1 11月 1957 久慈高校にチェーンソー導入(S32.11.1デーリー東北) 久慈高校は大正9年に久慈農林学校として開校し、当時は普通科も農林科も併設していた。 その久慈高校に、チェーンソーを導入したというニュース。 … 続きを読む