m県外・参考

【参考】売血の「黄色い血」が問題に 備考※1

【参考】売血の「黄色い血」が問題に

昭和39年7月10日公開の中日ニュースより。 3月に発生したライシャワー米大使刺傷事件により、日本国内における売血が問題になった。 当時、売血は貧困層の生活手段となっており、売血のし過ぎによる「黄色い血」や、肝炎が問題になっていた。 https://www.youtube.com/watch?v=B…
中国・武漢訪問記(S39.2.8岩手東海新聞) e釜石・遠野・上閉伊郡

中国・武漢訪問記(S39.2.8岩手東海新聞)

中国の工業化と社会主義建設の現場では、鉄鋼コンビナートの建設が進められていたが、機械が未設置の工場や動力機械が不足している工場もあり、労働者の不満が高まる状況だった。それでも「自力更生」を掲げ、薄板工場や線材工場、パイプ工場の建設が進められていた。労働者は三交代制で働き、休暇を返上して増産に励み、生…
鶴見事故の犠牲となった釜石出身の学生が悲しき帰郷(昭和38年11月12日) e釜石・遠野・上閉伊郡

鶴見事故の犠牲となった釜石出身の学生が悲しき帰郷(昭和38年11月12日)

昭和38年11月12日の岩手東海新聞より。 11月9日の夜に発生した、横須賀線の鶴見事故では161人の犠牲者が出た。 その中には、釜石市出身の学生もいた。 釜石市内のお寺の住職の息子で、横浜市内に下宿しながら立正大学の夜間部に通っていた大学生が事故に巻き込まれたのである。 その遺骨は、11月12日1…
急行列車の愛称名が簡素化されます(昭和38年9月9日) i一関・西磐井郡

急行列車の愛称名が簡素化されます(昭和38年9月9日)

昭和38年9月9日の岩手報知より。 国鉄一関管理所は、東北支社で急行の愛称に使われている名前を10月から簡素化するという。 急行は「第一」「第二」、準急は「1号」「2号」で区別するという。 上野行 常磐線経由:十和田 東北本線経由:おいらせ、八甲田 奥羽本線経由:つがる 盛岡行 いわて 宮古行 陸中…
東京〜八戸〜札幌の定期便が就航 m県外・参考

東京〜八戸〜札幌の定期便が就航

昭和38年6月20日、北日本航空が東京〜八戸〜札幌の定期便を開設。 機材はコンベア240で、ダイヤは以下の通りであったという。 札幌8:30〜八戸9:40〜羽田12:00 羽田13:00〜八戸15:00〜羽田16:30 当日の八戸空港は、札幌市長から八戸市長へのメッセージ公開や、ミス八戸による郷土玩…
岩手でも報じられた吉展ちゃん事件(S38.4.19岩手日報) m県外・参考

岩手でも報じられた吉展ちゃん事件(S38.4.19岩手日報)

【発掘】昭和38年の岩手日報が伝える「吉展ちゃん事件」の衝撃 先日、古い資料を整理していたところ、非常に貴重な新聞紙面を見つけました。 Screenshot 昭和38年(1963年)4月19日付の「岩手日報」です。そこには、日本中を震撼させ、後に戦後最大の誘拐事件と呼ばれた「吉展(よしのぶ)ちゃん事…
国立高専は入学取消が続出 m県外・参考

国立高専は入学取消が続出

昭和38年3月29日の岩手日報より。 昭和36年から「高等専門学校」という制度が始まり、この時点で全国に24校の国立高専が開校していた。 これは技術者不足の解消を目的として全国に開校したもので、各都市で誘致合戦が繰り広げられていた。 ちなみに一関高専は昭和39年の開校なので、この時点ではまだなく、最…
東京のバス車掌募集(昭和37年11月7日) m県外・参考

東京のバス車掌募集(昭和37年11月7日)

昭和37年11月7日の河北新報岩手版より。 東京急行電鉄では、バス車掌の募集広告を出していた。 それは良いのだが、面接場所が仙台や古川の公共職業安定所であると言う。 岩手版なんだだから岩手の職安の広告を出せばいいのではと思うのだが、どうなんだろうか。  …
テアトル八戸で「片目のジャック」「太平洋の虎鮫」公開(昭和36年12月29日) m県外・参考

テアトル八戸で「片目のジャック」「太平洋の虎鮫」公開(昭和36年12月29日)

昭和36年12月29日のデーリー東北より。 テアトル八戸で「片目のジャック」「太平洋の虎鮫」を公開する。 「片目のジャック」(原題:One eyed Jacks)は、昭和36年3月30日公開の米パラマウント映画で、日本での初公開は昭和36年7月8日。 「太平洋の虎鮫」(原題:Submarine Co…
東海道新幹線のレールは釜石製鉄所でも作っていた(昭和36年7月24日) e釜石・遠野・上閉伊郡

東海道新幹線のレールは釜石製鉄所でも作っていた(昭和36年7月24日)

昭和36年7月24日の岩手東海新聞より。 昭和39年に開業が予定されている東海道新幹線のレールは、富士製鉄釜石製鉄所にも注文が来ていた。 そのための価格交渉が国鉄と行われており、国鉄側は国際価格並みを強く希望。 製鉄所側は材質の向上や型の切り替えもあり値上げ意向と食い違っていた。 国鉄側は、年内の7…