e釜石・遠野・上閉伊郡 9 2月 1979 全国民俗芸能大会に遠野の獅子踊りが出場(S54.2.9中日ニュース) 東京の神宮外苑で全国民俗芸能大会が開催され、遠野の獅子踊りも出場。 https://youtu.be/x0J47GGPQjQ … 続きを読む
事件・犯罪・司法 2 2月 1979 【参考】三菱銀行北畠支店「ソドムの市」事件(S54.2.2中日ニュース) 三菱銀行北畠支店で立てこもり事件。 https://youtu.be/XjoS0hbSDXE… 続きを読む
備考※3a-2 3 2月 1978 【参考】岐阜の農村への出稼ぎ(S53.2.3中日ニュース) 寒天で知られる岐阜県山岡町に新潟から大挙して出稼ぎ。 https://youtu.be/paUvZX5UaUM… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 23 3月 1976 佐原問題で宮古市議会で証人喚問(S51.3.23) 昭和51年3月23日、岩手県宮古市の市議会では、市政を揺るがす佐原地区の土地取得問題、いわゆる佐原問題を巡る証人喚問が緊迫した空気の中で行われていました。この問題は、岩手県住宅供給公社が宮古市佐原地区内に保有していた約2,100平方メートルの土地を、保育所用地として市に売却しようとした際、その土地に… 続きを読む
l全県 4 12月 1974 岩手県漁連がソ連大使館に抗議の陳情(S49.12.4) 【岩手漁業の歴史】昭和49年12月4日、ソ連船団の脅威に立ち向かった漁民たちの記録 三陸の海と生活を守るため、岩手県漁連が敢行した決死の直接交渉 昭和40年代後半、三陸沖から北海道沿岸にかけての豊かな漁場は、かつてない危機に瀕していました。1万トン級という、当時の日本の漁船とは比較にならない巨躯を持… 続きを読む
l全県 1 10月 1974 県農政部に飼料緊急対策室設置(S49.10.1) 【記録】昭和49年「畜産危機」の激震―飼料高騰と肉牛暴落が招いた悲劇― 昭和48年から49年にかけて、日本の畜産業は「崩壊」の淵に立たされていました。手元の古い資料には、国際情勢に翻弄された農家の苦悩と、行政が異例の即応を見せた生々しい記録が残されています。 1. 砂上の楼閣だった「輸入依存」 高度… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 12月 1967 松屋デパートの初売りは1月2日から!(S42.12.31岩手日報) 昭和42年12月31日の岩手日報に掲載されたこの広告は、かつて盛岡市内に存在した老舗百貨店「松屋デパート」の新春初売りを告知するものです。当時の盛岡の年末年始風景を今に伝える貴重な資料として、昭和の商業文化の一端を垣間見ることができます。 広告中央に大きく掲げられた「初売福の市」の文字は、まさに新年… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 12月 1967 県立図書館が竣工(s42.12.31岩手日報) 昭和42年12月31日付の岩手日報には、年の瀬にふさわしい「祝・県立図書館竣工」の全面広告が掲載されていました。場所は盛岡市内丸、岩手公園(現在の盛岡城跡公園)内。年明けの昭和43年2月10日に開館予定とされており、県民にとっての新たな知の拠点の誕生が高らかに謳われています。 広告には、当時の岩手県… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 12月 1967 盛岡・メガネの水晶堂「メガネはスイスコーティングで!」(S42.12.30岩手日報) 昭和42年12月30日の岩手日報より。 昭和42年の年の瀬、盛岡市中の橋通にある眼鏡専門店「水晶堂」が岩手日報に出した新聞広告は、視力と快適さへの意識が高まっていた時代の空気を感じさせてくれます。 広告は「スイスコーティング」の技術を大々的に紹介しており、「あなたのメガネをサングラスにします」「現在… 続きを読む
k大船渡・陸前高田・気仙郡 25 12月 1967 大船渡でアワビの畜養を始める(昭和42年12月25日) 1967年(昭和42年)12月25日の岩手日報に、大船渡市でのユニークな取り組みが紹介されています。記事によると、大船渡市千丸海岸にある「大船渡海藻類採苗所」では、既存の採苗水槽を活用してアワビの「畜養」を始めたとのことです。 畜養の対象となったのは、赤崎海岸で採取された天然のアワビ約2トン。これを… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 25 12月 1967 田老鉱山にも公害問題でダム建造計画(S42.12.25岩手日報) 昭和42年、岩手県の田老町(現・宮古市)に位置するラサ工業田老鉱山では、銅、マンガン、亜鉛などの金属鉱石が盛んに採掘されていた。しかし、鉱石の選鉱工程で発生する黒い鉱滓(こうさい)が、鉱山下流の長内川を汚染するという深刻な問題を引き起こしていた。 この廃液は長内川を経て、最下流部の乙部地区や海岸の漁… 続きを読む
l全県 25 12月 1967 日活映画で’68年の夢をタックル!楽しさいっぱいの新春番組!!(昭和42年12月25日) 昭和42年12月25日の岩手日報の広告欄より。 日活の正月映画についてのラインナップが載っている。 当時は県内各地の映画館も健在だった。… 続きを読む
b二戸・二戸郡 19 12月 1967 折爪岳に展望台(S42.12.19デーリー東北) 昭和42年12月19日付のデーリー東北には、当時の二戸郡福岡町が整備を進めていた折爪岳の観光展望台が完成したというニュースが大きく報じられていました。標高852メートルの山頂に完成したこの展望台は、高さ7.5メートルの鉄筋コンクリート製で、外側にらせん状の階段を備えた円柱型のモダンな外観が特徴です。… 続きを読む
c久慈・九戸郡 17 12月 1967 父ちゃんが出稼ぎから戻ってくる(S42.12.17デーリー東北) 昭和42年12月17日のデーリー東北という一枚の紙面から立ち上がってくるのは、現代の感覚とは大きく異なる、熱を帯びた東北の冬の光景です。紙面の中心で踊る「とうちゃんが戻った」という見出しは、当時の久慈や九戸地方において、出稼ぎからの帰郷がいかに地域全体を揺り動かす大きなイベントであったかを物語ってい… 続きを読む
b二戸・二戸郡 16 12月 1967 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを町内に配り続けた人(S42.12.16デーリー東北) 二戸郡福岡町で交通安全カレンダーを6年間に渡り配り続けた人が話題に。 … 続きを読む
l全県 13 12月 1967 岩手国体決定の裏で八戸冬季国体を辞退(S42.12.13デーリー東北) この時期、昭和45年に岩手国体を開始することが決まったようだ。 その一方で、八戸国体を辞退していた模様。 八戸の地元紙であるデーリー東北では準備に差があったのではないかと総括している。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 12 12月 1967 盛岡のキャバレー「ソシュウ」に東海林太郎が!(S42.12.12岩手日報) 【昭和レトロ】盛岡・中央通に「直立不動の歌声」が響いた日。 先日、昭和42年(1967年)12月12日付の岩手日報の切り抜きを手にしました。 そこには、今では想像もつかないような、豪華でエネルギッシュな盛岡の夜の記録が刻まれていました。 Screenshot 主役は、かつて盛岡の中央通にあった伝説の… 続きを読む
c久慈・九戸郡 12 12月 1967 久慈地区にし尿処理場を(S42.12.12デーリー東北) 九戸地区結核予防組合は九戸地区保健衛生組合と名を変えて、し尿処理場を建設しようという運びになった。… 続きを読む
b二戸・二戸郡 10 12月 1967 久慈に中越パルプが進出?(S42.12.10デーリー東北) 久慈に中越パルプの工場が進出するかもしれないが、そのためには港湾整備が必要という条件。 また、下には小さく一戸町で戦没者慰霊法要が行われた旨の報道。 … 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 種市でかんぼう(干しアワビ)作り始まる(昭和42年12月6日) 昭和42年12月6日のデーリー東北より。 岩手県のアワビは、11月1日から解禁になったが、種市町小子内では、この年も乾鮑(かんぼう)作りが始まった。 乾鮑(かんぼう)は、貝殻からはがしたアワビを塩漬けにして、水洗いをして、大きな釜で煮てから40日間ほど天日乾燥して作るものであり、主に香港に輸出されて… 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1967 昭和42年の久慈市5大ニュース(昭和42年12月6日) 昭和42年12月9日のデーリー東北より。 久慈市は、市勢ニュースを公募していたが、応募総数が142通あり、12月6日の久慈市広報委員会で以下の通りに決まった。 2年連続豪雨災害 川崎製鉄久慈工場閉鎖 岩手国体の柔道会場に決定 久慈中学校や久慈高校の野球部が善戦 久慈市役所の機構改正 &… 続きを読む
b二戸・二戸郡 6 12月 1967 福岡(二戸)・大作神社の修築に奉賛会発足(昭和42年12月6日) 昭和42年12月9日の『デーリー東北』紙は、二戸郡福岡町(現・二戸市)にある大作神社の修築を目的とした奉賛会が12月6日に発足したことを報じている。この神社は、盛岡藩士・相馬大作(本名・下斗米将真)を祀るもので、会場となった福岡町中央公民館には町内外の関係者が集い、老朽化した社殿を後世に伝えるべく修… 続きを読む
b二戸・二戸郡 6 12月 1967 一戸や軽米でスリップ事故続出(S42.12.6デーリー東北) 昭和42年12月6日の『デーリー東北』紙によれば、同年12月5日の早朝、青森県境に近い岩手県北部で凍結した国道4号線を中心に、スリップ事故が相次いだ。 特に深刻だったのは、一戸町小繋から中山にかけての約4キロの区間。午前4時から9時半のあいだに、なんと6件もの事故が連続して発生し、現場は騒然となった… 続きを読む
g北上・和賀郡 5 12月 1967 和賀地方のイイズシ中毒調査(S42.12.5岩手日報) 岩手県内陸部では、発酵したイイズシ(飯寿司)でボツリヌス菌中毒になることが多かったようで、県が調査に乗り出すと。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 4 12月 1967 サケ川開きは大槌川で大漁、織笠川で不漁(S42.12.4岩手日報) サケの川開きが各地で行われたが、大槌川が大漁であるのに対し、織笠川は不漁であったという。… 続きを読む
c久慈・九戸郡 3 12月 1967 玉山村の幼児餓死事件で久慈の専門学校生が地蔵建立のために寄付(昭和42年12月3日) 昭和42年12月4日のデーリー東北より。 この前の月、玉山村で幼い姉妹が父親に置き去りにされて餓死したと言う痛ましい事件が発生した。 この事件は、全国的な反響を呼んだが、久慈市の久慈文化服装学園の生徒会では、玉山村の村長に当てて「死んだ2人の子供のお地蔵さんを立ててやってください」と4300円を送っ… 続きを読む
l全県 3 12月 1967 読者が決める昭和42年の岩手の10大ニュースは?(S42.12.3岩手日報) 昭和42年も12月に入り、10大ニュースを募る時期となっていた。 それで、11月までの主だったニュースを列挙している。 … 続きを読む
b二戸・二戸郡 2 12月 1967 福岡町(二戸)から北海道の虻田に出稼ぎに行っていた女性が帰郷(S42.12.2デーリー東北) 昭和42年12月2日の『デーリー東北』より、印象的な出稼ぎ女性たちの帰郷を報じた記事をご紹介します。 かつての出稼ぎというと、首都圏の建設現場や工場へ向かう男性労働者の姿がまず思い浮かびます。しかし昭和40年代の東北では、それだけにとどまらない、もう一つの出稼ぎのかたちがありました。 それが、東北の… 続きを読む