日中戦争・第2次世界大戦

逓信省「12月1日~3月31日は電力の消費規制を行います!」(昭和16年11月2日) l全県

逓信省「12月1日~3月31日は電力の消費規制を行います!」(昭和16年11月2日)

昭和16年11月2日の岩手日報より。 この時期は日中戦争のさなかでもあり、また冬の渇水期間でもあり、逓信省は電力の消費規制を行うことにした。 期間は昭和16年12月1日~昭和17年3月31日。 これまでもこの種の規制は行っていたが、これを強化するものとなり、取付灯数20灯以上から、取付灯数10灯以上…
岩手医専・岩手病院で防空演習(S16.2.5新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手医専・岩手病院で防空演習(S16.2.5新岩手日報)

昭和16年2月という時期は、その年の12月に控えた太平洋戦争の開戦から遡ることわずか10ヶ月前という非常に緊迫したタイミングでした。当時の日本は前年に日独伊三国同盟を結び、アメリカとの対立が抜き差しならない状況にありましたが、その一方で駐米大使が交渉のために現地へ到着するなど、外交による破局回避を模…
紀元2600年聖戦博覧会の地鎮祭(S15.8.4新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

紀元2600年聖戦博覧会の地鎮祭(S15.8.4新岩手日報)

昭和十五年八月四日の『新岩手日報』には、紀元二千六百年を祝う「聖戦博覧会」の地鎮祭の様子が報じられている。 会場となったのは、盛岡市内丸の商品陳列所前の広場。桜山神社の宮司を招き、盛大に執り行われたという。 Screenshot 記事の見出しには「豪華殿堂輝やく礎」「聖戦博の地鎮祭」とあり、戦時色が…
新岩手日報から8人目の従軍記者(昭和15年1月31日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

新岩手日報から8人目の従軍記者(昭和15年1月31日)

昭和15年1月31日の新岩手日報より。 この時期は日中戦争期であり、連日その戦況が新聞で報じられていた。 誰が情報を発信していたかと言えば、それは各部隊に従軍記者が随行していたからである。 この従軍記者により、郷土出身の将兵の武勲が県民に伝えられていたのである。 そしてここに8人目の従軍記者を送るこ…
米内総理親任式のタイミングで盛岡市民旗行列大会(昭和15年1月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

米内総理親任式のタイミングで盛岡市民旗行列大会(昭和15年1月16日)

昭和15年1月17日の岩手日報より。 総理大臣就任を受諾した米内光政の親任式は1月16日に行われることとなった。 このタイミングで郷里・盛岡市では岩手公園広場で市民旗行列大会が行われた。 この日の朝の最低気温は-16.3℃。 それでも岩手公園は日の丸で埋め尽くされることになった。 親任式の始まった午…
岩手県から3人目の総理大臣に、米内光政生家の近隣住民も盛岡弁で喜びを語る(昭和15年1月15日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手県から3人目の総理大臣に、米内光政生家の近隣住民も盛岡弁で喜びを語る(昭和15年1月15日)

昭和15年1月15日の岩手日報より。 何しろ岩手から3人目の首相が選出されたことに地元は大歓喜である。 そもそも、前任の首相・阿部信行のミッションが日中戦争の収拾であり、それがうまくいないなかったということは周知の事実だったようである。 そして後任は同じ陸軍の畑俊六陸相がなるのだろう。 「銃後民衆の…
燃料代の高騰で盛岡市内の銭湯の休業が相次ぐ(昭和15年1月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

燃料代の高騰で盛岡市内の銭湯の休業が相次ぐ(昭和15年1月14日)

昭和15年1月16日の岩手日報より。 盛岡市内の銭湯は、燃料代の高騰で休業が相次いでいたのだという。 「自宅に風呂があるのが当たり前」という時代ではない。 風呂に入りたければ銭湯に行くというのが当たり前の時代だった。 盛岡市の中心部である菜園には460戸の家があったが、「南部浴場」が休業していたので…
盛岡・城南小学校で日独伊親善図書展覧会(昭和14年8月11日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡・城南小学校で日独伊親善図書展覧会(昭和14年8月11日)

昭和14年8月11日の岩手日報の広告欄より。 盛岡市立城南小学校で「日独伊親善図書展覧会」を行うという。 公演しているのは外務省・文部省・陸軍省・海軍省・ドイツ大使館・イタリア大使館。 完全に国策行事であった。 時代相としては、ベルリンで日独伊三国同盟が調印される前年となる。 しかし昭和12年の時点…
米内内閣の政務次官・鶴見祐輔が来県し対米情勢について語る(昭和14年8月10日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

米内内閣の政務次官・鶴見祐輔が来県し対米情勢について語る(昭和14年8月10日)

昭和14年8月11日の岩手日報より。 米内内閣で内閣政務次官となった鶴見祐輔代議士は、岩手県選挙粛清委員会のため盛岡に来ていた。 そして水沢と一関にも立ち寄ってあわただしく帰京したが、岩手日報の記者に対米問題について語っていた。 米国の通商条約破棄(日米通商航海条約)はあまりに突然の通牒で、アメリカ…
鉄道省「不要不急の旅行は止めましょう!…でも健康の為に徒歩旅行はしましょう」(昭和14年8月9日) m県外・参考

鉄道省「不要不急の旅行は止めましょう!…でも健康の為に徒歩旅行はしましょう」(昭和14年8月9日)

昭和14年8月11日の岩手日報より。 かねて、鉄道省では「不要不急の旅行は止めましょう!」と呼び掛けてきた。 それは、軍需輸送の為に貨物を優先するためである。 ・・・が、運動をしないことで青年たちの健康に差し障っている事も問題とされていたようである。 それで、「青年徒歩旅行コース」として全国に30か…
愛国婦人会岩手県支部が各町村を回り慰問映画会 l全県

愛国婦人会岩手県支部が各町村を回り慰問映画会

昭和14年7月20日の岩手日報より。 愛国婦人会岩手県支部では、映画班を組織し応召軍人の家族などの為に映画会をして歩くことにした。 そのことで愛婦精神を高めようという目的もあったのだ。 そこで、6,000円を投じて16ミリトーキー映写機や18編のフイルムを購入、7月17日には上閉伊郡達曽部村で、18…
県庁職員がトップを切り盛岡高等工業学校の校地整備奉仕作業 a盛岡・岩手郡・紫波郡

県庁職員がトップを切り盛岡高等工業学校の校地整備奉仕作業

昭和14年7月20日の岩手日報より。 この年、戦時中の技術力確保を目的として全国に7校の高等工業学校が開校した。 (室蘭、盛岡、多賀、大阪、新居浜、宇部、久留米) そのうちの1校である盛岡高等工業学校は最初は盛岡夜間中学校(現:杜陵高校)の敷地に仮開校した。 本校舎を上田(現在の岩手大学工学部)に設…
黒沢尻(北上)の踏切の自殺は徴兵検査に不合格を悲観?(昭和14年7月19日) f花巻・稗貫郡

黒沢尻(北上)の踏切の自殺は徴兵検査に不合格を悲観?(昭和14年7月19日)

昭和14年7月21日の岩手日報より。 黒沢尻町(現:北上市)の黒沢尻中学校前の踏切で、列車が驀進中に白面の青年が飛び込み自殺したのだという。 調べるとそれは稗貫郡宮野目村(現:花巻市宮野目)の21歳の洗濯店外交員で、平常通り店から外交に出たまま行方が分からなくなっていたという。 先日の徴兵検査に不合…
なぜ陸前高田の徴兵検査は甲種合格が2割5分しかない?(昭和14年7月19日) k大船渡・陸前高田・気仙郡

なぜ陸前高田の徴兵検査は甲種合格が2割5分しかない?(昭和14年7月19日)

昭和14年7月19日の岩手日報より。 気仙郡3町20村での徴兵検査は7月13日~17日の間に各小学校の校庭で行われた。 甲種合格はの最高は下有住村で73%、最低は高田町で25%であったという。 なぜこうも陸前高田で低かったのか・・・? 各町村の甲種合格の状況は以下の通り。 唐丹村 50% 横田村 4…
朝香宮殿下は花巻・黒沢尻(北上)から釜石へ(S14.7.4新岩手日報) e釜石・遠野・上閉伊郡

朝香宮殿下は花巻・黒沢尻(北上)から釜石へ(S14.7.4新岩手日報)

昭和14年7月4日の新岩手日報の紙面を紐解くと、当時の岩手県が国策の重要拠点としていかに緊張感と活気に満ちていたかが鮮明に浮き彫りになります。 Screenshot この日の報道の中心となっているのは、昭和天皇の叔父にあたる朝香宮鳩彦王殿下の県内視察です。朝香宮殿下は陸軍大将として軍部でも重きをなし…
朝香宮殿下が盛岡市内の軍需工場を御視察(S14.7.3新岩手日報) a盛岡・岩手郡・紫波郡

朝香宮殿下が盛岡市内の軍需工場を御視察(S14.7.3新岩手日報)

昭和14年7月3日の新岩手日報が伝える光景は、戦時下の熱気に包まれた盛岡の姿を鮮明に描き出しています。この記事の主役は、軍人皇族として知られる朝香宮鳩彦王殿下です。 Screenshot 明治天皇の女婿であり陸軍大将の要職にあった殿下は、軍需工業や軍人援護事業の視察を目的に岩手県を訪れました。前夜に…
愛国婦人会は銃後の母や未亡人に相談会 l全県

愛国婦人会は銃後の母や未亡人に相談会

昭和14年7月1日の岩手日報より。 日中戦争が激化している昨今、愛国婦人会岩手県支部では戦地に大黒柱を送っている、または戦死した留守宅の夫人を相手に相談会を開催するという。 7月中旬から8月にかけて、盛岡市や県下30町村で銃後家庭強化相談会を行うという。       &…