a盛岡・岩手郡・紫波郡 31 3月 1951 大通は「新興繁華街」だった(昭和26年3月31日) 昭和26年3月31日の「夕刊いわて」より。 「盛岡繁盛記」というシリーズ物の記事の23回目は大通。 当時は、大通は「新興の繁華街」であり、老舗は何といっても川徳や松屋の二大デパートのある肴町であった。 大通の看板は、中劇・東宝第一劇場・中央ホールの映画館が集まっていることであり、この大通と中の橋通り… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 11月 1950 早くやってほしい施設15傑(昭和25年11月30日) 昭和25年11月30日の岩手新報より。 岩手新報では「早くやってほしい施設」に関して投票をやっていたようだ。 そして11月30日現在の15傑が出たのである。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 14 1月 1950 盛岡は5年後こうなる(昭和25年1月14日) 昭和25年1月14日の岩手新報より。 岩手県観光協会では「盛岡の5年後の将来像」を描いている。 そして、これを国分憲吉知事に提出したのだという。 女子師範の跡地に5階建ての県庁を建設。 現在の県庁には盛岡市役所を移す。 市役所と旧警察練習所は取り壊して緑地帯に。 公会堂はホールを3階に。 その周辺を… 続きを読む
c久慈・九戸郡 7 11月 1949 九戸郡の奥地にも電灯が(昭和24年11月7日) 昭和24年11月7日の岩手新報より。 九戸郡山根村や山形村小国では、それまで電気が通っていなかったが、農林省から補助金が下りることが決まり、「無点灯部落」を脱することができるのだという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 8 3月 1949 大槌港を修築してゆくゆくは「大槌市」に(S24.3.8岩手新報) 大槌港の修築計画があったようで、ゆくゆくは一大漁業基地として「大槌市」にしたいという構想があったようだ。 ちなみにこの時点で岩手県内で市制していたのは盛岡・釜石・宮古・一関の4市。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 8月 1944 蜀黍(コーリャン)からで糖蜜を作れば岩手でも砂糖は自給できる!(昭和19年8月1日) 昭和19年8月1日の岩手日報より。 かつて、東北には「東北開発株式会社」という国策企業があった。 これは、昭和8年の三陸大津波や昭和9年の大冷害など、東北地方を襲った災害や飢饉に対し、国が東北地方の開発の重要性に鑑み昭和11年に「東北興業株式会社」として創設したものである。 だから、国先企業とはいえ… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 2 9月 1934 雫石川改修は進み沢田橋も着工(S9.9.2岩手日報) この時期、「暴れ川」である雫石川の改修工事で大田村や本宮村は水害を免れることができた。 そして、東北一のコンクリート橋である沢田橋も着工し建設途上だった。 沢田橋とは現在の太田橋のこと。 … 続きを読む